異形の守護者
08年8月の記事に加筆修正。
『ラ・イストリア』の元のタイトル。刊行の際、担当氏に却下される(理由:地味)。
何はともあれ、「異形」と「守護者」は、HISTORIAシリーズに於ける重要なキーワードである。なぜなら本シリーズは、災厄により変異した世界の変異した人々の物語であり、1870年代に於けるダーウィニズムとメンデリズムの出会いを起点とする改変された歴史――すなわち異形のHISTORIAだからだ。そしてまた、物語を織り成す人々は、「守る/守られる」関係を軸とする。
GUARDIA グアルディア
スペイン語、イタリア語で「守護者」。英語のguard(名詞)、guardian。原義は「見張り」。警備員、衛兵、近衛兵(親衛隊員)も指す。
『グアルディア』では伝説の英雄の名として登場。旧時代の大量破壊兵器である生体甲冑の記憶が伝説化したと推測される。
その伝説に因み、レコンキスタ軍総統アンヘルの護衛ホアキン・ドメニコの通称として用いられてもいる(正式な役職名ではない)。またアンヘル自身も、時に「守護天使」Ángel de la guardaと呼ばれる。
『ラ・イストリア』では、グロッタ(洞窟)で生体端末と旧時代の知識を守る人々は、時としてグアルディア(番人)と自称した。
GARDIEN ガルディアン
フランス語。意味はスペイン語、イタリア語のguardiaと同じ。
『ラ・イストリア』に於いて、フランス系北米人のカロリーヌは、生体甲冑に変身したフアニートをLe gardien monstrueuxと呼ぶ。スペイン語ではEl guardia monstruoso(エル・グアルディア・モンストルオーソ)。monstruosoは「異形の、怪物じみた」で、すなわち「異形の守護者」となる。また作中、生体甲冑はしばしば「モンストルオmonstruo」(怪物/化け物/異形)と呼ばれる。
ГВАРДИЯ グワルディア
帝政ロシアの親衛隊。guardiaを語源とすると思われる。転じて「精鋭部隊」も指すようになる。革命後もБелая гардия「白衛軍」、Красная гардия「赤衛軍」といった形で使われる。
『ミカイールの階梯』では、ソ連(および帝政ロシア)の模倣国家である中央アジア共和国で、身体能力が優れた者を輩出する一族が、「獲得形質遺伝による進化」のモデルとして担ぎ上げられ、グワルディア(精鋭部隊)の名称を与えられた。無論、帝政ロシア・ソ連のグワルディアに因んでである。
また、第一章でユスフ・マナシーが彼らを「若き精鋭部隊」と呼ぶが、Молодая гардияすなわち『若き親衛隊』は、ナチス占領下のウクライナに於ける少年少女パルチザン組織の実話を元にした小説。短期間でほぼ全員が逮捕され、拷問ののち処刑、という悲惨な末路が美化されている。この小説はおそらく19世紀ロシア文学やゴーリキーなどの作品とともに、「古典」として中央アジア共和国で復刻されていたであろう。
グワルディアは後に「疫病(えやみ)の王」の親衛隊となる。また、その赤い髪から「クズル・バシュ(赤い頭)」とも呼ばれるようになるが、これはサファヴィー朝ペルシア(1501-1736)のイスマイル1世(1487-1524)の親衛隊の名称である(赤い飾りの付いたターバンを被っていたことから)。イスマイル1世自身もクズル・バシュも非常に狂信的であり、当時隆盛を誇っていたイスラム神秘主義を徹底弾圧した。
また中央アジア共和国のキタイ系住民は、グワルディアをやはり赤毛に因んで「紅衛軍」と呼ぶようになる。言うまでもなく、文化大革命期の悪名高いガキどもの組織である。共産党に煽り立てられ、その威を借りて非道の限りを尽くしたが、文革が終わって用済みになると、内モンゴルなどの辺境に追放されるという、これもなかなかに過酷な境遇に落とされた。
旧時代の歴史に通じたユスフ・マナシーは、これらの名称の由来を承知の上で、持ち前の悪趣味から、大いに宣伝して広める。しかし作中でこれらを最初に口にした者たちは、そんな由来など知らないのである。
こうした「過去の記憶」を、それを知らないはずの者たちが「思い出す」という現象は『グアルディア』でも描かれている。これはこのシリーズが「いずれ語られる物語」ではなく、「語られた物語」であることと関連している。
グワルディアの各成員(精鋭/親衛隊員)を指す語はгвардеец グワルデイツ(男性形)、гвардейца グワルデイツァ(女性形)。リュドミラ・グワルデイツァは序盤、ハーフェズであるフェレシュテ・ミカイリーの護衛を務め、後半ではフェレシュテのために戦う。
HAFEZ ハーフェズ
ペルシア語で「守護者」、「保管者」。guardia(guardian, gardian)が「見張り」すなわちwatcherであるのに対し、keeper。イスラムに於いては「コーランの暗唱者」の称号でもある。
『ミカイールの階梯』に登場するミカイリー一族は、「旧時代の遺産の守護者」が使命であると称する。その使命の象徴として彼らが戴くのが、ハーフェズと呼ばれる者たちである。「ハーフェズ遺伝子」と呼ばれる特殊な遺伝子(一見、なんの形質も発言させない)を受け継ぐよう、生殖操作によって生み出される。
「ミカイーリ Mikaili」とは「ミカイールMikailに属するもの(ミカイールの眷属)」の意味であり、ミカイールはミカエルのアラビア語/ペルシア語形であり、イスラムに於いてもユダヤ・キリスト教徒同様、ジブリール(ガブリエルのアラビア語形、ペルシア語形はジェブリール)と並んで重要な天使である。
またフェレシュテ(ペルシア語で「天使」)、レズヴァーン(天国の門衛を務める天使の名)など、ハーフェズたちは原則として天使に関連した名を与えられる。
「守る/守られる」というモチーフは、『グアルディア』で最も執拗に繰り返され、かつ重複している。
伝説の守護者(グアルディア)すなわち生体甲冑の力を持つ青年JDとその「娘」カルラ。守護天使(アンヘル・デ・ラ・グアルダ)たるアンヘルとその護衛(グアルディア)。あるいはアンヘルの幼馴染であり護衛でもあったユベール。ラウルと彼が守れなかったジェンマ……
これに対し、『ラ・イストリア』では生体端末/ブランカ(すなわちアンヘルの祖)を守るクラウディオ、ブランカを守るフアニート(彼がグアルディア伝説の原型となる)、家族を守るアロンソ、アロンソを守らなかった父親、とよりシンプルな形で表される。
『ミカイールの階梯』では、前述のようにモチーフの繰り返しは見られるが、前二作ほど前面に押し出されてはいない。
「守る/守られる」モチーフに付随して、『グアルディア』と『ミカイール』にはさらに幾つかのモチーフの反復が見られる。性の境界上にある人物。機械として造られた人物。天使の名を持つ、あるいは天使を思わせる容姿の人物。金髪碧眼白皙の少女。血の絆。『ラ・イストリア』には、これら付随モチーフは明確ではない。また、『グアルディア』と『ミカイール』の間にも、かなりの変奏が認められる。
モチーフの反復は、今後も見られるであろう。大風呂敷の外縁部に位置する(「語り手問題」よりは内側)「謎」へと繋がる伏線だが、収拾できるかどうかわからない伏線なので、現時点では「単なる偶然」ということにしておいてください(なお、先祖‐子孫だとか生まれ変わりだとか、そういうオチではありません)。
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