知性機械
08年8月の記事に加筆修正
シリーズの基本設定の一つ。衛星軌道上に浮かぶ、十二基の巨大コンピュータ。これらが地上を監視し、膨大な情報を処理することによって、遺伝子管理局の支配体制を支えている。十二基にはそれぞれ管轄地域があり、複数の監視衛星およびその地域で稼動するすべてのコンピュータを管理する。本体は直径300mの球体外殻に納められている。
21世紀初頭に地上で建設された後、打ち上げられた。地上に戻ってくることも可能だが、着陸できるのはそれぞれ元あった場所(建設場所)に限られる。動力源となる核融合炉などの設備(地中にある)との連結が必要なため。衛星軌道上では別の動力源を用いているわけである。
現段階で判明している各国語での呼び名は、英語ではinteligence。スペイン語ではインテリヘンシアinteligencia(より正確には定冠詞がついてla ingeligencia)、ロシア語ではインテレクトинтеллект。これだけだと実際には、単に「知性」って意味なんだが、そこはそれ。
ペルシア語(作中では「タジク語」)ではマーシーネ・フーシュ(ラテン文字表記:mashine hush。mashine ~の機械、hush 知性)で「知性機械」。
『グアルディア』と『ラ・イストリア』に於いて、ラテンアメリカ(中南米)地域を管轄する知性機械は「サンティアゴ(聖ヤコブ)」と呼ばれる。これは通称(俗称)である。正式名称については、今のところ言及されていない。ほかに言及された知性機械は、ヨーロッパ地域とアングロアメリカ(北米)の二基。通称はそれぞれ「聖ヤコブ(ヨーロッパ)と聖ヨハネもしくは聖アンドレアス(北米)。
要するに十二使徒の名で呼ばれていたわけだが、これはキリスト教圏内に限られる。北米出身のカロリーヌ・ティシエによると、定着していたのはラテンアメリカの聖ヤコブとヨーロッパの聖ペテロくらいだった(そもそも十二使徒の成員からして諸説ある)。文化、地域、時流などによって、十二基の通称はさまざまだったと思われる。
ヨーロッパが「聖ペテロ」だったのは、彼が最初の弟子であり、また初代ローマ教皇と見做されているからであろう。また、ラテンアメリカが「聖ヤコブ」なのは、彼がスペインの守護聖人だからスペイン系の多いラテンアメリカで好まれたためであろう。さらには、アステカの主神ウィチロポチトリは聖ヤコブに習合されていることも無関係ではあるまい(ウィチロポチトリは軍神であり、聖ヤコブも異教徒を撃退した軍神的性格を持つ)。
なお、知性機械サンティアゴの帰還場所(建設場所)は、ベネスエラのギアナ高地(スペイン語ではグヤナGuyana)にあり、スペインの聖地コンポステーラ(Conmpostela「星の野」の意。聖ヤコブの遺骸が祀られているとされる)の名を付けられている。誰の命名かというと、遺伝子管理局だろうな。
北米の知性機械の通称は、22世紀以前は聖ヤコブの弟、聖ヨハネ(セイント・ジョンSaint John)が一般的だった。しかし23世紀半ばには、それまで幾つもあった少数派の一つでしかなかった聖アンドレアス(セイント・アンリュー Saint Andrew)が主流となる。
聖アンドレアスは、聖ペテロの弟である。通称の変化の要因は、大災厄に伴うさまざまな情勢の変化である。1.中南米との関係悪化、2.ヨーロッパからの大量難民、の二つによって、中南米(聖ヤコブ)よりヨーロッパ(聖ペテロ)寄りになり、3.さらにヨーロッパ難民の中でもアングロサクソン系が台頭したため(聖アンドレアスはスコットランドの守護聖人)、などが挙げられる。
なお、サンティアゴ(聖ヤコブSantiago)の英語形はセイント・ジェイコブSaint Jacob。
「インテリヘンシアinteligencia」には、「知性」のほか、「天使/神/霊魂」の意味がある。そのため『グアルディア』では、民衆は「知性機械inteligencia聖ヤコブ(サンティアゴ)」を「サンティアゴの霊魂」すなわち聖人自身だと見做した。
ちなみにSantiagoの一般的なカタカナ表記には「サンティアゴ」と「サンチャゴ」の二つがあるが、スペイン語圏での発音もこの二つである。きちんと発音すると「サンティアゴ」で、簡略化というか音便化すると「サンチャゴ」になるのだろう。
各知性機械の管轄する領域の境界は、おそらく明確に線引きされているわけではなく、少なくとも幅数百キロにわたって領域が重なり合う境界地帯があると思われる。
『ミカイールの階梯』にも知性機械が登場する。その管轄範囲、マルヤム・ミカイリーによると「ファールス(ペルシア)湾からアルタイ山脈まで」。推定される地域はイラン、アフガニスタン、旧ソ連中央アジア、新疆ウイグル自治区など。境界地帯として、バルカン、アナトリア、カフカス、パキスタン、中国の甘粛、青海、内蒙古なども含まれるであろう。つまり、ユーラシアのイスラム圏(ムスリムが一定以上の人口を占める地域)からアラブ世界および南アジア、東南アジアを除いた範囲。
最もよく使われていた通称は、「ミカイール Mikail」だった。当然ながらムスリムたちによる呼び名で、ユダヤ/キリスト教の大天使ミカエルに当たる、イスラムの偉大な天使である(アラビア語でもペルシア語でも発音は「ミカイール」)。
ほかに明らかにされている通称は、「聖シモン」と「馬(天馬)」。前者はキリスト教徒によるもので、ロシア語(作中では「ルース語」)では「セミョーン Сеmён」。後者はキタイ(中国)人およびモンゴル人による。
「聖シモン」は、彼がペルシアで殉教したという伝説に因むのだろう。どの程度使われていた通称なのかは不明。ヨーロッパや南北アメリカなど他地域のキリスト教徒たちはこの名で呼んでいても、現地のキリスト教徒たちはミカイール(ミカエル)の名で呼んでいた可能性もある。なお、ロシア語でミカエルは「ミハイル Михаил」。
「馬」は十二支に因む(モンゴルでも干支は使用される)。かつて西域と呼ばれたペルシア、中央アジアは名馬の産地であり、テングリ大山系(天山)中の大草原で産する馬は、その見事さから「天馬」と呼ばれた。また、玄奘三蔵も『大唐西域記』に於いて、この地を「馬主の国」と呼んでいる。「馬」はこの地域を管轄する知性機械の通称として、相応しいものと言えるだろう。
イスラムに於いては、ミカイールはジブリール(ユダヤ/キリスト教のガブリエル)と並んで重要な天使ではあるが、より重要なのはムハンマドに啓示を与えたり、彼を階梯(ミィラージュ/メァラージュ)で天へと導いたジブリールのほうである。
このことから推測されるのは、「ジブリール」と呼ばれた知性機械があるということである。その管轄地域はおそらく、ペルシア湾より西のアラブ世界 (アラビア半島および北アフリカ)であろう。
また、中国人とモンゴル人が十二支を知性機械の通称に当てていたということは、中国文化圏およびモンゴル文化圏は一基の知性機械の管轄地域であると推測される。その知性機械の通称は、まず間違いなく「龍」であろう。
これまでに登場もしくは言及の知性機械とその通称
・ 中南米(ラテンアメリカ): 「サンティアゴ(聖ヤコブ Santiago)
・ 北米(アングロアメリカ): 「セイント・ジョン(聖ヨハネ Saint John)」
「セイント・アンドリュー(聖アンドレアス Saint Andrew)」
・ ヨーロッパ: 「聖ペテロ」
・ イラン・トルコ・中央アジア: 「ミカイール(Mikail)」
「聖シモン」/「馬(天馬)」
存在が推測される知性機械とその通称
・ アラブ世界(アラビア半島・北アフリカ): 「ジブリール(Jibril)」
・ 東アジア・北アジア: 「龍」
昔のSFでは、巨大コンピュータはなぜか自爆装置が付いているのがお約束だったが(「敵に渡すくらいならいっそのこと……」だからなのか、「男のロマン」だからなのか)、知性機械には自爆装置はありません。
レーザー照射衛星が打ち上げられた本来の目的は不明だが、知性機械が万が一落下した場合、破壊して地表への被害を少なくすることも想定されていたと思われる。
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以下、ネタばれ注意。
『ミカイールの階梯』の「階梯(メァラージュ)」に該当する改造体(の末裔)は、各地に存在する可能性があり、彼らは知性機械にアクセスして地上へ呼び戻すことができるかもしれない。ただし、2644年までの時点で降臨した知性機械はない。
『グアルディア』でサンティアゴの生体端末は破壊され、『ミカイールの階梯』で階梯の能力は消失した。つまりこの二つの地域では、地上から知性機械へのアクセスが不可能になったということである。
知性機械inteligenciaは、人工知能inteligencia artificialではない。「人間のような能力」を持つコンピュータの開発を、遺伝子管理局は早々に諦め、中央処理装置に「生体パーツ」を用いることにしたのである。
「知性機械(インテリヘンシア)はSF映画に登場する意思を持った怪物的コンピュータなんかじゃない。人間のプログラミングに愚直に従うだけの機械だ。そして生体パーツはインテリヘンシアそのものではない。あくまで部品だ。推論や判断、認知の統合など、演算機械(コンピュータ)には不可能な能力が必要とされた時だけ、電気的或いは化学的刺激を受け、使役される。ただそれだけの存在だ」(『グアルディア』第十章より)。
また、万が一にでも知性機械を乗っ取ることがないように、生体パーツのニューロン活動は厳重に管理されている。
生体パーツには、劣化防止のためのメトセラ因子のほか、コンピュータの部品として特化されたさまざまな因子が組み込まれている。こうした先天的改造に加え、感覚器からではなく知性機械から入力される情報に対応した後天的な組織化によって、常人の脳とはニューロン配列が相当に異なっているとされる。
したがって、情報を認知し、学習や推論を行うという意味では「意識」はあるが、普通の意味での精神や自我(自己意識)が存在しうるかは不明。
「ハイメ Jaime」とは、知性機械サンティアゴの「中央処理装置の生体パーツ」(これが正式名称と思われる)にアンヘル(とほかのアンジェリカたち)が付けた通称である。聖ヤコブのスペイン語形は「サンティアゴ」だが、ヤコブは「ハイメ/ハコボJacobo/ディエゴDiego」の三つの形がある。ヤコブの英語形は「ジェイコブJacob/ジェームズJames」となる。
知性機械の本体は球体の外殻に納められているが、サンティアゴの場合、球体内の上半分はキリスト教修道院を模した構造になっている。そしてウルトラ・バロック(メキシカン・バロック)様式の聖堂内には十字架やキリスト像、聖母像などの本尊はなく、代わりに安置されているのは生体パーツである。
これだけでも充分悪趣味だが、サンティアゴの建造者たちは生体パーツに顔を残した。あたかも「死ヲ記憶セヨmemento mori」ならぬ「生ヲ記憶セヨmemento vivere」とでも言うかのようようである。西洋のメメント・モリの伝統は、「髑髏」を介してメキシコの先住民文化と結び付く。古代メキシコには、半面が生者、半面が死者(髑髏)という伝統的なモチーフがあった。
ハイメの顔が仮面のように静止しているのは、顔面の運動ニューロンが切断されているからであろう(おそらく感覚ニューロンも)。「顔面の筋肉が動く」情報が脳に送られることにより、ハイメの機能にわずかでも変化が生じる可能性を危惧したためと思われる。
「同調因子」は生体パーツの機能とは無関係で、十二基のうちハイメだけがこの遺伝子を先天的に持っていたのは、まったくの偶然である。23世紀初頭、この同調因子を利用して、「生体端末」が開発された。
『ミカイールの階梯』に登場した「ハーフェズ(守護者)」が持つ「ハーフェズ遺伝子」は、この「同調因子」と同じものである。知性機械サンティアゴの生体端末はサンティアゴの中央処理装置の生体パーツ(ハイメ)と直接同調しているが、ハーフェズたちは知性機械ミカイールの中央処理装置の生体パーツとは直接繋がっていない。ミカイールの中央処理装置の生体パーツは同調因子(ハーフェズ遺伝子)を持っていないからである。
したがって、ハーフェズたちの体験情報を「管理者たち」へと送る中継の役割を果たしているのは、個々のハーフェズのクローン脳である。伝承では、ハーフェズの影であるジン(妖魔)と呼ばれる。
すべての知性機械の「中央処理装置の生体パーツ」には、不老長生の遺伝子群であるメトセラ因子が組み込まれている。つまりサンティアゴ同様、「自殺願望」を有する可能性がある。もし「管理者たち」が知性機械を保持しようとしているのなら、この「不具合」は見過ごせないはずである。管理者たちの動向は、シリーズの今後で明らかになるであろう。
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