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メヒコ旅行記1

前回のあらすじ: 06年1月、仁木稔はメキシコの大地を踏んで15分と経たないうちに、入国審査官に拘束された(飛行機を降りてから入国審査のゲートまで10分以上も掛かったのは、空港内で道に迷ったからである)。一体なんの容疑なのか。仁木の運命や如何に。

 まず、書類を書かされた。一枚の紙に、ローマ字表記で日本語の質問が書いてあり、そこにローマ字で回答を書く、というものである。質問は日本語の挨拶とか住所、生年月日、旅の目的といったもので、日本人かどうかを確認するためらしい。
 しかし、どうやら日本語をまったく知らない人物がフレーズブックか何かを丸写ししたようである。ローマ字表記といってもスペイン語式で、OJAYOGOZAIMASU(おはようございます)とか、OTANYOBIWAITUDESUKA(お誕生日はいつですか)とか。疑問符はスペイン語式に前後ではなく、文末だけに付いていたように思う。
 書き終わって用紙を渡すと、審査官と助手はもう一枚の紙と照らし合わせた。たぶん、答えのマニュアルが書いてあるんだろう。助手はエバ・メンデスをややふっくらさせたような、きつい感じの美人だった。

 続いて、所持金の額を訊かれた。審査官はかなり流暢な英語を話したが、こちらから質問しようとしても、「いいからこちらの質問に答えろ」とぶっきらぼうに言うだけである。現金で幾らTCで幾ら、と答えると、彼は次のように述べた。You bring enough cash.Do you have a credit card?  Noと答えると、Why?と訊く。「失くすと困るから多く持ってきてるんだ」と答えるが、納得してもらえない。
 現金とTCを提出するよう言われる。エバ・メンデス似の助手がそれらを数え、次いで私も数えさせられる。住所、生年月日、旅の目的等を口頭で質問される。私の答えを、審査官は先ほどの用紙と照らし合わせている。

 10畳ほどの広さの部屋は新しく小奇麗だったが、審査官と同じ制服を着た連中が10人前後もたむろしている。審査官と助手を除いて私に注意を払う者はなく、喫煙しながら談笑している。仕事はどうした。
 ふと見ると、審査官は煙草の吸いさしをデスクの端に置いている。あれ?と思って広いデスクを確認したが、灰皿はない。メヒカーノたち(少数だが女性もいた)は助手のお姉ちゃんも含めて全員煙草を吸っているが、やはり室内に灰皿は見当たらない。最後に視線を下げると、真新しいリノリウムの床は案の定、焦げ跡だらけであった。ただし掃除はまめにやっているようで、吸殻や灰はほとんど落ちていない。たぶん建前は禁煙ってことになってるんだろうなあ。

 そうやって周囲を観察する余裕はあったが、緊張はしているのでただでさえ下手な英語がますますぎこちなくなる。審査官が尋ねた。Are you nervous? Yeahと答えると、Why?ときた。ああ、この人絶対に心配してくれてるんじゃないよ、疑ってるんだよ。何を疑ってるんだか知らないけど。
「なぜこんなことになっているのか解らないからだ」と答える。またしても、「おまえは質問に答えればいんだ」と返される。再度、現金とTCを数えさせられる。そして再び、審査官は先刻の言葉を繰り返した。You bring enough cash.Do you have a credit card?
  ここでようやく、私は彼が何を言わんとしているかに気づき、次のように述べた。「私はライターである。日本では大概のライターはクレジットカードを作れない。だから私はenough cashを持ち運んでいるのだ」

 審査官と助手の顔に、納得の表情が同時に浮かんだ。審査官はぞんざいに手を振って言った。OK,go.

 えええええ? そんなんで納得するの? そもそも、なんの容疑だったんだ。助手が現金とTC、パスポートを返してくれる。審査官はすでに私に関心を失っている。長居は無用と、私もさっさとその場から立ち去った。

 この旅行には、オプションで二日めにテオティワカン遺跡とグアダルーペ寺院の日本人ガイド付きコースを付けていたのだが、その日本人ガイドのSさん(メヒコ市在住)にこの件を話すと、「そんなケースは聞いたことがない。なんの容疑か、僕にも解らない」と言っていた。本当に一体なんだったのか、最後まで解らず仕舞いである。
 とりあえず、大して面倒な目に遭ったわけではないので、おもしろい体験ができたと思いつつも、一方では「クレジットカードを作れる身分だったら、こんなことにはならなかったんだろうなあ」とも思うのであった。

 メヒコ旅行記、もう4、5回続く予定です。

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