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ラテンアメリカの人とか文学とか2

『グアルディア』『ラ・イストリア』の背景となる史実について。07年6月の記事を加筆修正の上、カテゴリー変更(「諸々」から「HISTORIA」へ)。

『グアルディア』では「コンポステーラ参詣団」がベネスエラのリャノス地方を遠征するが、これを書く上で参考にしたのは、1817~1820年のリャノスに於けるボリーバルの戦い。1814年にボーベスに率いられて第二次共和制を崩壊させたリャノスの槍騎兵たちが、この時はボリーバルの忠実な配下となってスペイン軍と戦った。

 もう一つ参考にしたのが、バルガス・リョサの『世界終末戦争』――ではなくて、その題材となった19世紀末のカヌードスの反乱。
 当時の優生学には大別して二つの潮流があった。一つは断種法に代表される悲観的・排他的傾向を持つもので、人種や階級別に優劣をつけ、自らを優秀なグループだと見做す者たちが劣ったグループからの「汚染」を懸命に防ぐ、というものでである。
 もう一つは楽観的傾向を持ち、生活環境の改善などで人間の形質も改善可能、とする。

 優生学に於いて中南米、特にブラジルはヨーロッパからは「人種混淆」と「熱帯風土」がもたらす「人間の生物学的退化」の絶好の見本として扱われていた。19世紀末にブラジル辺境で起きたカヌードスの反乱は、まさにブラジルの知識人たちにとってヨーロッパの優生学者たちの正しさを証明するものだった。
 そこで国民の形質改造に取り組むことになるのだが、その方法というのが「優生学の実践とは、公衆衛生の実践にほかならない」。つまり、国民の生活環境を改善するにしても、経済政策など基盤の部分からではなく、清掃やスポーツの奨励、といった小手先の「改善」に留まった。
 また白人移民の大量受け入れも、国民形質の「底上げ」として推し進められた。

『世界終末戦争』には、スコットランド人の自由主義者が登場する。ブラジルの共和制に対するフォーク・カトリシズムの反乱を、自由主義の革命だとこの男が勘違いすることで、実に奇怪で珍妙な捻れが現出するわけだが、加えて彼はガル骨相学に傾倒している。
 バルガス・リョサがわざわざそんな設定をこしらえたのは、理論に基づき人の性格や運命を「判定」する彼をブラジルの農民たちが予言者だと見做す、というけったいな状況を作り出すためではなく、「反乱」がブラジルの社会に与えた影響(当然、優生学思想を含む)を知っていたからだろう。骨相学は、優生学の父親とは言えないまでも伯父くらいの関係にある。

「コンポステーラ参詣団」を率いる伝道師ホセ・ルイス・バスコンセロスは、20世紀前半のメキシコの思想家ホセ・バスコンセロスを元ネタにしている。
 ホセ・バスコンセロスについて最初に知ったのは、メキシコ壁画運動との関連でだ。メキシコの初代文部大臣(1921~24)で運動の創始者である彼は実は新古典主義の人で、つまり構想していたのも「そういうもの」だったと知って(そして、実際に制作された壁画は「ああいうもの」である)、「変な人だなあ」と思ったのが第一印象。で、そこから伝道師ホセ・ルイス・バスコンセロスというキャラクターが、ほとんど一瞬にして生まれた(だから「モデル」ではなく「元ネタ」)。

「宇宙的人種」を知ったのはその後である。
 19世紀末から20世紀初頭の中南米各国の人種観および優生学は、上述のブラジルと概ね同じ状況で、「人種混淆」と「熱帯風土」によって劣悪な状態にある国民の形質を、生活環境(公衆衛生)の改善と白人移民の大量受け入れによって「改善」しようと努力していた。白人の血を引いたムラート(混血)同士が交配を続けていけば、そのうち「純粋な白人」も生み出されるはず、という説を唱える学者もいた。

 そんな中メキシコでは、1882年生まれのホセ・バスコンセロスが、混血を肯定しようと否定しようと、あくまで人種的にも文化的にも白人=ヨーロッパが至上、とされるドグマに強い不満を抱いていた。そして西欧中心主義への批判として、「混血こそ至上」とする論を展開する。それが1925年発表の論文「ラサ・コスミカ La raza cósmica」である。razaはrace人種で、cósmicaはcosmic。「宇宙」のほかに「永遠」「調和」といった意味もあるから、「普遍的人種」とでも訳しておくのが穏当だろう。が、内容のトンデモ振りには「宇宙的人種」のほうが相応しい。
 抄訳だが高橋均氏の「宇宙的人種」(『現代思想臨時増刊 総特集 ラテンアメリカ 増殖するモニュメント』1988)から引用すると、「人類史は今日にいたるまで、四つの支配的な人種の交代を経てきた。最初に黒人種が南方にレムリアと呼ばれる文明を築き、次いで、今日アメリカ原住民と呼ばれる赤い膚の人々がアトランティス文明を築き、次いで黄色人種が中華帝国を築き、そして今日、ヨーロッパから拡大した白人種が世界を牛耳っている。」
「北米人は……白人種の純粋なカーストを保持することを大原則としている。これに比較して、ラテン人は異人種と共感する能力に富み、原住民や黒人と大規模な混血を遂げてきた。この特性を自覚してさらに推進するなら、新大陸において、ラテン人の手によって、地上のすべての人種の血が混ざり合い、第五の人種、宇宙的人種が産み出されることになろう。」

 アングロ人種・文化よりラテン人種・文化を上位に、ヨーロッパよりアングロアメリカよりラテンアメリカを上位に、純血より混血を上位に置くこの主張は、メキシコの国是となり、やがて中南米全土に広がり、中南米は「混血の大陸」となっていく。しかし実際には中南米のどの国でも、白人以外の人種および混血の人々が置かれていた貧困や不平等はほとんど改善されなかった。
 そもそもバスコンセロス自身からしてが、「宇宙的人種」は反ヨーロッパ・反北米の方便でしかなく、自国や他国の混血層の状況や文化に目を向ける気はまったくなかったのである。

 ただ奇妙なことに、方便に過ぎないと自覚していたにもかかわらず、同時に「宇宙的人種」の夢物語を本気で信じていたように思われる。夢物語を信じていたから、現実に目を向けようとしなかったのであろう。
 そしてその夢物語が、中南米全土(植民地時代から有色人種がほとんどいなかったウルグアイとアルゼンチンまでも)を覆い、「混血の大陸」という神話が生まれるのである。

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 前述のように、バスコンセロスはメキシコ壁画運動を立ち上げたが、その際想定していたのはギリシャ・ローマやルネサンスの芸術だった。ところがリベラ、シケイロス、オロスコらが実際に描いたのは「こういう絵」である。

 さぞや不本意だったと思いきや、どうやらバスコンセロスには、これらの絵が自分の望みどおりの古典的な西洋絵画に見えていたらしいのである。まったくもって、どうかしている。

 バスコンセロスのみならず、ボリーバルといいセルバンド・デ・ミエルといい、この「どうかしてる」加減が「ラテンアメリカらしさ」の真髄であろう、と思う。

ラテンアメリカを描く上で参考になった作品(の一部):

カルロス・フエンテス諸作品

サム・ペキンバー諸作品

「エル・マリアッチ」他2作

「フリーダ」 澤井健「LA CALACA」

「サンタ・サングレ」

「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」

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06年2月のメヒコ旅行の記録

「ラテンアメリカの人とか文学とか1」

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