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参考文献録

『生埋め――ある狂人の手記より』 サーデグ・ヘダーヤト 石井啓一郎・訳 国書刊行会 2000
 こないだ読んだ『サーデク・ヘダーヤト短篇集』よりもおもしろかった。『短篇集』は、所収作品の大半が主人公もしくはそれに次ぐ主要人物の自殺(もしくは自殺の可能性のある死)で終わってるんで、安っぽい印象なんだよな。

 この『生埋め』もペシミズムは一貫してるんだけど、作品そのものはヴァラエティに富んでいる。
また所収作品すべてに共通した感想は、ヘダーヤトが西洋の小説を非常に読み込んでいること、そこから得たものを当時のイランに於ける事象(伝統的なものも新しいものも)とよく融合させていることだ。この印象は、『短篇集』所収作品よりも強い。

「幕屋の人形」:人形愛が主題。パリに留学したイラン人の青年は、一体のマネキンに恋をする。
「この娘は彼に何を語りかけることもない。偽りの愛を語って彼を欺く怖れもない。彼を振り回すこともしなければ、嫉妬に狂うこともない。いつも黙っていて、いつも同じように美しい。彼の究極の思いと願望を具現してくれるのだ。(中略)何よりこの娘は何も話さず、意思を表すこともない。」
 故郷に帰ってもマネキンを愛し続ける主人公に、婚約者である従妹はなんとか彼に振り向いてもらおうと、髪型から体型までマネキンに似せようと涙ぐましい努力をする。主人公もそれに気づき、罪悪感に苛まれる。

 所収7作品のうち6作品は1930年代初めのものだが、「タフテ・アブーナスル」だけは1942年の作。
 イランでアケメネス朝の遺跡を発掘していたアメリカ人たちが、石棺に納められていたミイラを発見する。一緒に納められていた古文書によると、それはアケメネス朝の帝王であり、なぜペルシアでミイラかというと、呪術によって仮死状態にされたからであった。
 考古学者たちが興味本位で、古文書どおりに復活の儀式を行うと……という、まるっきりのホラー小説、というより1932年の『ミイラ再生』(元祖ミイラ映画)か。映画好きだったそうだからな(『短篇集』にはキングコングを詠った詩がある)。
 しかし、映画でミイラが(ミイラの姿のまま)人間を襲うのは『ミイラ再生』続編の『ミイラの復活』が最初だそうだ。僅差でヘダーヤトが先行してたかもしれない(とすれば、ヘダーヤトは「人間を襲うミイラ」のプロットの元祖なのかもしれない。まあそうだとしても、後世への影響という点からすると元祖とは言えないが)。

「捨てられた妻」:イランの地方を舞台にした、タイトルどおりの話。救いのない話だが、結末は奇妙な解放感がある。

「深淵」:親友の突然の自殺によって主人公の人生が狂う、という筋で、ヘダーヤトが好む「自殺もの」に分類できるといえばできるが、『短篇集』所収の「自殺もの」よりは展開や心理描写が巧い。

「ヴァラーミーンの夜」:これまで読んだヘダーヤト作品で、ヨーロッパで教育を受けたエリートのイラン人が母国に感じる齟齬、疎外感といったものを扱ったり、または間接的に感じ取れるものはなかったが、これはそうした齟齬をテーマにしている。
 なかなかおもしろかったが、オチ(主人公の末路)は当時(の欧米文学)でも少々陳腐だったんじゃないか?

「生埋め」:自殺もの。パリに留学しているイラン人青年が、人生に嫌気がさして自殺を試みる、その手記である。
 この作品の2年前に、ヘダーヤトはパリで入水自殺未遂をしている。間違いなくその体験がベースになっており、まあつまり、かなり「痛い」作品なわけだが、世間体を気にする主人公が、あの手この手で体裁の悪くない死を迎えようと苦闘するさまは、むしろブラックユーモアの様相を呈している。

「S.G.L.L」:意外にもSFである。もっともディストピアものなので、らしいといえばらしいが(スペースオペラだったりしたら、びっくりだ)。
 ディストピアものが興隆したのは1920年代だそうである。1930年代以前のSFは、あんまり読んだことがないんだけど、紀元4000年紀(オマル・ハイヤームの時代から3000年後という設定である)の文化や社会の描写は、明らかに欧米のSFをかなり読み込んでいると思わせる。
 それらの描写のうち、言及される科学技術だけ取っても、かなり洗練されたものだろう。まあ訳文に拠るところも大きいかもしれないが。古いSFが古臭く感じられるのは訳文も一因ではあるから。
 真に独創性があるのは、この未来の社会が「真に幸福な社会」であることだ。全体主義だったり、極端な階級社会だったりはしない。老いも病も貧困も労働も不平等も抑圧も、すべて克服されている。
 その結果、「目的のない人生」は人々を苦しめ、「自殺は多くの人々の心を捉えるように」なった。「科学も、イデオロギーも種々の哲学論も、人間の魂の痛みを鎮めることはでき」ない。人類の選択は「生存の必要という軛からの解放、即ち己の種の地上からの絶滅破壊」というものだった。
 とはいえ、人類の一斉自殺となると、どんな方法を取ろうと「野蛮で惨たらしい」ものになってしまう。科学者たちの選んだ手段は、20年かけて開発した「特別の血清」によって人類の生殖能力を性欲ごと取り去ってしまうことだった。

 性欲がなくなった人間は、「不思議な安堵と平和」を手に入れ、死への渇望もなくしてしまう。そのまま、一人残らず寿命を迎えるまで静かに穏やかに余生を過ごせばいい、というわけである。その施術の後でも、なおも死を望む者がいるとすれば、彼らは「適者生存survival of fittest」ならぬ「suicide of fittest」(この句は原文でも英語で表記されている)を行う者、つまり自分の意志によって死を選ぶことのできる「適者」ということになる。
 この「特別な血清」の名はゼールム・ゲーゲン・リーベス・ライデンシャフトSerum Gegen Liebes Leidenschaft(抗発情性血清)、すなわちS.G.L.Lである。

 主な登場人物の名は、スーサンにテッド、ラーク博士でありイラン色は薄いが、オマル・ハイヤームの詩にヘダーヤトが見出した死への憧れが通奏低音となっている。破滅への予兆として、ダマーヴァント山(世の終わりに蘇るという蛇王ザッハークが封印された山)の噴火が挙げられてるのは御愛嬌か。

 スーサンを愛するテッドは、人間は本当は死を望んでいない、と主張する。そんな彼の「生への憧れ」を彼女は否定するが、しかしS.G.L.Lによる穏やかな滅亡にも懐疑的で、人間は「生存闘争struggle for exitence」ならぬ「struggle for deth」、死ぬための闘争を行うべきだと述べる。
 彼らがそれぞれの主張に従って、S.G.L.Lの投与に逆らうという展開にはならず、全人類への投与は実施される。しかしその結果は……
 結末は破滅ものになっていると言えるが、破滅ではないという解釈も可能である。

 古典ホラー、古典SFのアンソロジーを新しく編集することがあるなら、それぞれ「タフテ・アブーナスル」と「S.G.L.L」を入れてもらいたいなあ、とか思ったり。

オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』感想

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『マカーマート』 アル・ハリーリー 堀内勝・訳注 平凡社東洋文庫 2008-2009
全3巻。
 バスラ(イラク南部)のアル・ハリーリー(1054-1122)が1110年頃完成させた、50篇からなる物語集。アブー・ザイドという老人が他人を騙して金品を巻き上げる、という筋だが、その手口の大部分は、

  1. 禁欲や敬虔さを説いて人々を感動させ、お布施をせしめる。
  2. 貧者や身体障害者に身をやつして人々の同情や侮蔑を誘った上で、見事な詩や弁舌を披露して驚嘆させ、施しをせしめる。
  3. 妻や息子と組んで互いを訴え、それぞれの機知と教養で法官を感嘆させ、褒美をせしめる。

 のいずれかである。2の偽装はもちろん、1は他人に無欲を説いておいて自分は貰った金で大いに飲み食いし、3は偽りの訴訟だから、紛れもなく詐欺ではあるのだが、肝要なのは詩作や弁舌の巧みさなので、お堅い知識人たちにも人気があったのだそうである。
 ここでの「巧みな詩や弁舌」はほとんどの場合、内容そのものよりも押韻や語呂合わせ、掛詞が重視される。つまり、わずかな例外を除いて、翻訳は非常に困難である。

 訳者の堀内氏が取った手段は、押韻/語呂合わせ/掛詞の箇所には原音を付すというものなのだが、冒頭の訳者序言は、これをラテン文字表記にすることを宣言している。アラビア語には日本語にない子音が幾つもあるので、カタカナ表記だとそれらの音の区別が付かないから、というのがその理由である。
 が、要は「ムフタッフーナ」と「ムルタッフーナ」、「リサーニ」と「ジャナーニ」のように、語呂が合っていることが判ればいいのであって、子音の細かい区別を示す必要などどこにもない。   
実際、1巻所収の話はラテン文字ではなくカタカナで原音を表記してある。
 どうも翻訳が長期間にわたり、その間に方針が変わったらしい。で、いかなる理由によるものか、最初に訳した分はラテン文字表記に直すことなくカタカナ表記のままである。

 序言の宣言の大上段振りとこの不徹底のギャップが気持ち悪いなあと思いつつも、お蔭で1巻は読みやすかった。2巻以降は序言の宣言どおり、原音はラテン文字で表記されており、これがやたらと読みにくい。
 この作品は「耳で聞く文学」なので日本語表記にしてしまったら意味がない、というのが著者の主張で、つまりラテン文字表記の部分は声を出して読め、ということらしく、序言ではアラビア語の発音の解説も行っている。
 しかしアラビア語の知識のない読者が、摩擦音だの強勢子音だの咽頭奥音だの言われて、果たしてどれだけ理解できるものだろうか。sの強勢をS、tの強勢をT、普通のhと咽頭奥音のHといった具合に大文字小文字で表すのはまあいいとしてだ(著者の独自の表記法?)、xが小文字になったり大文字になったりしてるのは、なんの区別だ。

 アラビア語の知識がない読者を置いてけぼりにするつもりがないならカタカナで表記すべきだろうし、置いてけぼりにしてまうというならいっそ原語(アラビア文字)を表記してくれたほうがよっぽど判り易い。とにかく読みづらかったんだよ、このラテン文字表記が。

「原音に近い表記」へのこだわりというと、以前観たオペラの字幕の人を思い出してまうなー。もちろん、あれほどひどくはないけど。
 この原音表記問題も含めて、注や解説など全体に微かに(「微か」程度だが)漂う独り善がり臭がなんとも。

 まあしかし、これだけ訳すのは想像を絶する労苦があっただろうし、「邦訳困難」な作品の訳文というのは得てして日本語として残念なことになりがちなものだが、この堀内氏の訳文は(日本語の部分だけなら)なかなかに軽快で読みやすく、おもしろかった。詩も流麗だし。

 マカーマートは一種のジャンル文学であって、アル・ハリーリーの本作はその最高傑作とされているそうだが、こうした各種の「マカーマートもの」がスペインのユダヤ人によって翻訳・翻案され、16世紀スペインのピカレスク文学の源流となったそうである。

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『八妖伝』 バリー・ヒューガート 和邇桃子・訳 早川書房 2003(1991)
eight skilled gentlemen
 シリーズ3作目の本書は、前作までの曖昧さ(作者が意図してやってるのか、単なる無知なのか、知ってるけど無頓着なのかが判然としない)がほぼ解消され、「似非中華風」世界観が首尾一貫している。いや、中国文化について詳しいとは決していえないので(専門は中世シルクロード文化史)、ただの印象でしかないんだが。訳者の和邇氏に是非元ネタを解説してもらいたいものだ。

 ともかく第1作『鳥姫伝』では無秩序な雑学レベルでしかなかった著者の知識が、本作では完全に衒学に陥っているのは間違いない(第2作『霊玉伝』はその途上)。
 まさしく陥っているわけで、前半は頻繁に薀蓄が挟み込まれていたが、後半は薀蓄すらなくなり、読者は完全に置き去りである。知識は詰め込めるだけ詰め込まれているだけでしかなく、作品の一部として機能しているとは言い難い。
 茶の密売を目論む高官たちの暗躍と、八匹の太古の妖怪たち(八妖)の暗躍とが巧く噛み合っていない。どっちも中途半端なんだよな。八妖の登場も駆け足だし。

 今回はキャラクターも弱く、ヒロインも悪役も印象が薄い。料理愛好家にして殺人鬼という涂宿六も、強烈なキャラクターになりそうだったにもかかわらず、なんだかよくわからないままに退場する。
 前作までの歴史改変もの要素が結構おもしろかっただけに、本作は中国神話ネタを詰め込めるだけ詰め込んだ結果、唐代という時代設定が完全に無意味になってしまっているのも残念だ。

 あと、一応ミステリ仕立てのシリーズである以上、3作すべてが「実は○○(キャラクター)は××(神仙もしくは怪物)だった」というオチなのは如何なものかと。
 諸事情により全7作の予定が、3作になってしまったのだそうである。そのことは気の毒だと思うが、ま、この辺りが潮時だったんじゃなかろうか。

 漢族による先住民迫害について幾度も言及されてるのは、やはり現代の中国政府を暗に批判してるんだろうな。『鳥姫伝』が書かれた70年代から、単に著者の知識が増えただけでなく、もはや異文化を「ワンダーランド」として無邪気に弄ぶ時代ではなくなってるわけだ。
 現代の民族観をそのまま過去に当て嵌めるのはどうかと思うけどね。少なくとも唐宗室は中華の皮を被った異民族だし。

『鳥姫伝』感想
『霊玉伝』感想

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「飲茶の世界――茶以前から煎茶・点茶へ」 筒井紘一 (『長安――絢爛たる唐の都』 角川書店 1996) (「唐代」)
 94年の「大唐長安展」記念講演会の講義録。ほかに7名の講義録を所収。遣唐使や平安京とは関係のない内容の「権力と宗教の都――宮殿・仏寺・苑囿」(田中淡)、「黄泉の地下宮殿――壁画に彩られた陵墓群」(田辺昭三)、「唐代長安の石刻――その社会的・政治的背景」(礪波護)の三篇も読んだが、ノートを取ったのは筒井氏の講義録のみ。

 講義内容をあまり推敲せずに掲載したようで、話がとっちらかっててまとめにくかった。「飲茶の創生について述べてみる」とか言いつつ、述べてないし。参考文献や註もない。お茶については背景程度に知っておけばいいから、この程度で構わないんだけど。

 唐宋代のお茶といえば、学部時代のゼミで専門に研究してる子がいたなあ。以下、余談。
 私が史学科東洋史専攻を選択したのは、まあ歴史が好きだったというのは確かにあるんだが、それ以上に、「将来なんの役にも立たなさそう」な分野だったからである。いや、「役に立つ=価値がある」という価値観が嫌いな高校生だったんですよ。禄でもない餓鬼だな。
 ともあれ、「将来なんの役にも立たなそう」という見込みは大当たりで、私が直接知る東洋史専攻卒業生のうち学んだことが就職に直接役立った人は、大学院卒業後に講師になった先輩を除けば(それも一人だけだ)、上述のお茶専門の子だけである。
 東洋史専攻の同輩の中では抜きん出て優秀な学生だったので、院に進むものと誰もが予想していたのだが、そうせずに誰もが知るお茶の会社に就職した。今頃どうしてるかなあ。

 私はといえば、当時から小説家志望だったが、東洋史で学んだことが役に立つような小説を書く気など毛頭なかった……今現在いろいろと役に立ってるよなあ。
 学んだことが役に立つような小説にするつもりでネタを考えてるわけじゃないし、そもそも書いてる小説からして一部の人たちの楽しみ以外なんの役にも立たないわけだから、まあ初志貫徹できてるとはいえるけど。

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『人間と音楽の歴史 イスラム』 ヘンリー・ジョージ・ファーマー 音楽之友社 1986 (「音楽 中世アジア」)
musikgeschite in bildern
 原書の刊行年不明(1976という数字があるんだが、ドイツ語はまったくわからんので刊行年なのか不明)。邦訳者の記載なし。「日本語版制作協力者」として、内藤正典、黒田多美子、内藤直子、玉川裕子の名が記載されている。
 主に図版とその解説で構成されている。概ね年代順だが、目次がないので不便。ウード、スルナーなどの楽器名をリュート、オーボエなどヨーロッパの楽器名に置き換えてあるのでややこしい(邦訳者によるフォローはあるが)。絵画や浮彫などで表現された楽器は当然ながら細部の様子は不明なので、余計に解説がわかりにくい。復元図とか、現代の同類のイスラム楽器の写真とかも付けてくれればいいのに。

 扱ってる時代はサーサーン朝の600年頃から16世紀まで。16世紀を下限とした理由を、この時代に「イスラム世界の音楽生活の発展が終焉」した、としている。後に続く文章からすると、どうも著者は「イスラム世界の音楽」を「アラブ世界の音楽」とほぼ同義としているようである。
 イスラム音楽を、ペルシャや中央アジア、ビザンティンなどから多大な影響を受けつつもあくまでアラブ音楽を基盤とするものであると定義し、イスラム世界が分裂し、それぞれの地域固有の文化が発達し始めた9、10世紀にはすでにアラブ諸国の文化的後退が始まり、その後もモンゴルの侵入、トルコの台頭、イベリアからの撤退など、「政治的・文化的後退」は続き、16世紀以降、「イスラム音楽」はもはや発展を止めた、ということらしい。
 というわけで、トルコ音楽等は当然扱われていない。どっちみちノートを取ったのは10世紀頃までだけど。

 最近の研究によると、従来、サーサーン朝ペルシアで製作されたと思われていた銀製品のうち、中央アジアや中国、ロシアとかで出土した物のほとんどは、実は中央アジアのソグド人によって作られた物だと判明したという。だから、本書で扱われてる「サーサーン朝銀器」も、イラン出土以外の物はそうなんだろうな。

 著者について、経歴等一切解説はないのだが、後日、岸部成雄の1936年の論文「琵琶の淵源」(『唐代音楽の歴史的研究 続巻』所収)で、「アラビアの豊富な文献を利用してアラビア音楽を徹底的に研究している」と紹介されてるのを偶々見つけた。

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『長安の都市計画』 妹尾達彦 講談社選書メチエ 2001 (「唐代」)
 文章をきちんと見直してない箇所が散見される。あと、王都を「建築」する、って変じゃないか?
 陰陽五行とか王朝儀礼とかは必要ないので流し読み。必要な範囲は盛唐までだが、それだけだとあまりにも情報が少ないので、9世紀以降についても多少ノートを取る。

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「世界都市長安における西域人の暮らし」 妹尾達彦 (『シルクロード学研究叢書』9 2004) (「唐代」)
 前半の都市計画プランとか王朝儀礼については、上記の『長安の都市計画』の要約。後半ようやく「長安における西域人の暮らし」となり、『長安の都市計画』と被ってないのでノートを取る。まあそんなに目新しい情報もなかったのでメモ程度だけどね。

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『東方奇譚』 マルグリット・ユルスナール 多田智満子・訳 白水社 1984(1938/1976)
nouvelles orientales
初版は1938年、1976年に改訂。

「老絵師の行方」「マルコの微笑」「死者の乳」「源氏の君の最後の恋」「ネーレイデスに恋した男」「燕の聖母」「寡婦アフロディシア」「斬首されたカーリ女神」「コルネリウス・ベルクの悲しみ」
「老絵師の行方」が中国、「源氏の君の最後の恋」が日本、「斬首されたカーリ女神」がインド、「コルネリウス・ベルクの悲しみ」がオランダ、ほかはすべてバルカン・ギリシアが舞台。

 中国、日本、インドを舞台にした三篇は、いかにも西洋人の空想によるものとはいえ、各国の雰囲気がそれなりに出ているように思う。訳文に拠るところも大きいのかもしらんが。
 しかし、日本人だと「白」と表現する肌の色も、「琥珀」色になってまうのね。「きわめて色の薄い」琥珀ではあるのだけど。

 バルカン・ギリシアの五篇は、これまたいかにも土俗的な雰囲気。悪くはないが、その土俗的なところに作者が安住してしまっているように思えて、読んでるこっちがなんとなく居心地が悪いのは、フランス人の作者にとって中国・日本・インドが架空の土地も同然のまるっきりの異国であるのに対して、バルカン・ギリシアの距離の近さによるものだろうか。「身近な異国」に対して、そんなにも安易に(少なくともそう見える)幻想を投影しちゃってることにだ。19世紀以前ならまだしも、20世紀だしな。
 まあ、そういうんが気になってしまうくらい優れた作品群ではあるということだな。ほかの欠点が目に付きすぎれば、作者と舞台の距離なんか気にならないだろうし。

 著者によると「東方」ものではない「コルネリウス・ベルク」をこの短編集に収めたのは雰囲気が他の8篇と共通するから、だそうである。老いた画家の凡庸な絵と対比されるのが17世紀前半にオランダで大流行したチューリップなのだが、チューリップが東方のものだということには直接にも間接にも一切言及してないので、特に関連付けてはいないようである。
 実際のところ、当時のチューリップ流行は東洋趣味とどの程度関係があったのかなあ。

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『桑原隲蔵全集』第二巻、第三巻 岩波書店 1968 (「東西交渉」)
「紙の歴史」(1911)、「隋唐時代に支那に來住した西域人に就いて」(1926)、「支那人を指すタウガス又はタムガジといふ稱呼に就いて」(1922)  (第二巻)

 発表年次が明治大正で表記されている。西暦に換算できなくて、いちいち「東方年表」のお世話になるのが情けない。平成も西暦に換算できない……というより毎年毎年、今年が平成何年だったか憶える前に一年が過ぎてしまう……。
まあいずれも古い論文ではあるんだけど、それでも少しは参考になるのである。

「ペルシア灣の東洋貿易港に就て」1916 (第三巻)
 こういう昔の論文で少々困るのは、地名人名等の表記が現在の通例と違うことなんだよな。アブー・バクルが「アブ・ベクル」、ウマルが「オーマル」くらいならまだしも、マスウーディーが「マスーヂ」、ヤズデギルドが「イヅデゲルド」となると、誰それ? 幸い本稿はラテン文字表記も併記してあるが。

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「ソグド人の移住聚落と東方交易活動」 荒川正晴 (『岩波講座世界歴史15 商人と市場――ネットワークの中の国家』 岩波書店 1999) (「東西交渉」)
 北朝~唐代。目新しい情報はそんなにないんだけど、いくらかノートを取る。

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『霊玉伝』 バリー・ヒューガート 和邇桃子・訳 早川書房 2003(1988)
the story of the stone
『鳥姫伝』続編。相変わらず博覧強記で、相変わらずでたらめ。

 このシリーズがいまいち微妙なのは、このでたらめぶりが、計算されたものなのか、無知によるものなのか、それともいい加減さによるものなのかが判然としないところだ。
 例えば、「ソグド人の旋回舞踏の女性」がちらっと登場するのだが、この旋回舞踏は「玉乗り」である。「ソグドの旋回舞踏」すなわち胡旋舞を玉乗りだとする史料はあり、唐代の中国では玉乗りも胡旋舞と呼ばれたようだが、少なくとも本来のソグドの胡旋舞ではない。ヒューガートが胡旋舞=玉乗りとしたのは、このことを知った上で敢えてなのか、知らないからなのか、知ってるけどどうでもいいからなのか。
 この、すっきりしない感がいちいち引っ掛かって、いまいち楽しめないんだよな。

 エジプトのミイラが登場するのは、アメリカ人には馴染みのないキョンシーをイメージしやすくさせるためだろう(ハリウッドのミイラは人を襲うからな)。しかし中国には幾らでも残酷な刑罰があるのに(唐代にはそれらがだいぶ緩和されたのだが)、サーサーン朝の処刑法である「人間の生皮を剥いで中に藁を詰めて人形にする」を出した意図が不明。「羊皮紙」と「粘土板」へのこだわりも意味不明だ。
 それからこれは訳の問題だが、せっかく頑張って「ミイラ(乾屍)」「マンドラゴラ(恋茄子)」「タール(瀝青)」等、漢語を使ってるのだから、地名も「エジプト(埃及)」「ソグド(胡?粟特?)」「バクトリア(大夏)」等とやったほうがよかったんじゃないか。エジプトの神々やギルガメシュにも現代中国語の漢字表記を使え、とまでは言わんが。

 唐の太宗の時代に『紅楼夢』があったり、則天武后がすでに死んでることになってるのは全然構わないんだが、前作での設定(「秦」が国家内国家として存続してたりとか)が「なかったこと」になってるのが、じんわりと気持ち悪いのは、きっと私に設定厨の気があるからだということにしておこう。

 まあともかく時代錯誤は前作以上だが、明らかに前作の時より作者の知識は増大しており、前作に散見された無個性な、悪い意味での無国籍的なガジェットやイメージはかなり影を潜め、「似非中華」の世界観はかなり一貫している。あと、技巧も向上してる。てゆうか、前作のあれはやっぱり下手だったんだな。

 本編序盤に登場したヤク中の美少女が重要な伏線かと思ったら全然そうじゃなかったのを除けば(ほかにもツッコミどころはあるが、ネタバレになるのでやめておく)、構成やガジェットにも破綻や悪い意味での冗長さが減っている。序章のシャーロック・ホームズのパロディも悪くない。
 ただ、結末はきれいに締められているとはいえ、前作のようなカタルシスはない。

『鳥姫伝』感想
『八妖伝』感想

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参考文献録

『イスマーイール派の神話と哲学――イスラーム少数派の思想史的研究』 菊地達也 岩波書店 2005 (「シーア派」)
 日本や欧米に於けるイスラム・イメージのステロタイプの一つが「暗殺教団」なわけだけど、イスマーイール派自体についてはほとんど知られてないだろうな。次作にはイスマーイール派ではなくてイスマーイール本人(755頃没)を登場させる予定なのだが、彼についてはほんとに資料が少ない。
 信憑性ゼロの伝承でもいいから、何かないかと本書を読んでみたわけだが……いや、まあそんなに期待してなかったからいいんだけどさ。

 とりあえず判ったこと:いろんな分派のあるイスマーイール派だが、9世紀以降の史料によれば、イスマーイール当人を重視するのは最初期の一派(「純粋イスマーイール派」と呼ばれる)だけで、あとの分派はことごとく息子のムハンマドを重要人物と見做し、イスマーイールのことは全然顧みなかった。で、最初期(8世紀後半)のイスマーイール派については、当時の史料がまったく残ってないのでほとんど何もわからん状態だということ。

 次作の設定に多少なりとも影響しそうな情報:これまで読んだ本ではイスマーイールの弟は一人だけということだったが、ほかにもう二人いた。そんだけ。

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『海が創る文明――インド洋海域世界の歴史』 家島彦一 朝日新聞社 1993 (「東西交渉」)
 必要な情報はウマイヤ朝末期までだが、それだとあまりにも少ないので補足として10世紀頃まで。というわけで参照したのは全体の3分の2ほど。航海スケジュールや各地の特産物について結構詳しいのはありがたい。
 ただ、シーラーフ港の繁栄をウマイヤ朝末期からとしている(史料に登場するのは9世紀半ば以降)根拠が示されてないんだよな。まあ次作の設定には関係ないことなんだけど。

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参考文献録

『安禄山――皇帝の座をうかがった男』 藤善真澄 中央公論新社 2000 (「唐代」)
 人物往来社から1966年に刊行されたもの。先日読んだ『安禄山と楊貴妃』と同じ著者による。安禄山を主題にした本(日本語の)がほかにないから仕方ない。内容も『安禄山と楊貴妃』と被ってる部分もあるんだけど、まあ被ってない部分もあるのでノートを取る。

 日本では天平宝宇2年(758)、従来「アメノシタシラススメラミコト」に当ててきた「天皇」を「皇帝」に改めることにし、その第一号が「聖武皇帝」(諡号)だった。その2年後、帰国した遣渤海使から、安禄山が謀反し「大燕聖武皇帝」と自称している、という情報がもたらされた。朝廷は驚愕し、しかし諡を変えるわけにはいかないから、とにもかくにも「皇帝」だけ「天皇」に戻した。
 そして、そのまま皇帝号の使用は頓挫してしまったという。へー。

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『文化と帝国主義』 E.W.サイード 大橋洋一・訳 みすず書房 1998-2001(1993)
culture and imperialism
 原題(表記できるもの)も記録するつもりでいるんだが、時々忘れる。全2巻。
 イギリスとフランスとアメリカの帝国主義について。アメリカについては、やはり湾岸戦争が中心になっているのだが、10年後の状況にもそのまま(というかさらに悪化して)当て嵌まるのがなんとも。
 本書で除外されてるロシア(帝政)・ソ連の帝国主義については、カルパナ・サーヘニーの『ロシアのオリエンタリズム』がある。

 エドマンド・ウィルソン(1895-1972)については佐藤亜紀氏による紹介でしか知らないので、それはもう明らかにフィルターが掛かっているのだが(馬鹿な批評家・馬鹿なアメリカ人)、本書でそのフィルターに上塗り。
 ウィルソンによるキプリング批判が引用されている。キプリングの『キム』が駄目なのは、キムが「自分が行っているのは、常に仲間であると見做してきた人々を、侵略者のイギリス人の奴隷にする手助けであるということ」を悟らないから(読者はそれを期待しているのに)、だそうである。キプリングは、故郷インドに対する母国英国の政策は悪しき帝国主義だという「葛藤に向き直ろうとしないから」駄目なのでそうである。

 サイードに言わせれば、この「葛藤」は、「キプリングがそれに向き直ろうとしないから解決できないのではなく、キプリングにとって、そのような葛藤などはなから存在しないがゆえに、解決のしようがなかったのである」。
 ウィルソン(のような批評家)は小説に対し、まず「こうでならなければならない」型を想定し(彼の場合は、作品内で何か問題が提示され、結末までにそれが解決または克服されなければならない)、その型に当て嵌まれば良い小説、型から外れれば駄目な小説、というわけだ。自分が想定した型に嵌ってるか嵌ってないか、それ以外のものは一切目に入らない。

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参考文献録

『サーデグ・ヘダーヤト短篇集』 石井啓一郎・訳 慧文社 2007
 カヴァー折り返しにヘダーヤト(1903-1951)の二枚の肖像写真が掲載されている。一枚目は、レンズの分厚そうな丸眼鏡を掛けた、いかにも近代アジアの凡庸な官吏といった印象の写真(実際には凡庸どころか役人としてはまったく無能)、もう一枚はひどく気取ったポーズを取った(眼鏡なし)、戦前のヨーロッパ映画スターのブロマイドもどきといったところだ。
 本人が望む肖像は明らかに後者だが、そんなふうにも、そしてまた前者(凡庸な官吏)のようにも生きられなかったのが彼の不幸である。

 10の短篇および3つの詩からなるこの作品集のうち最も多数を占めるのが、著者の最も顕著な特徴といえる厭世的な作品で、そのほとんどが主人公もしくはそれに準ずる人物の死で終わっている。
 訳者の解説では、虚無的・不条理的といった形容も使われていたが、そう呼ぶにはいささか単純だという気がする。まあ言葉の厳密なイメージというのは人それぞれだが。ヘダーヤトがカフカに傾倒していたから、そういう形容を選んだのかもしれないが、カフカが「虚無的・不条理的」だというなら、死をある種の決着としているヘダーヤトは、なおさら違うんじゃないかと。

 ともかく暗澹として絶望的な話ばかりなのは確かで、そういうのんは山と積み上げられると一山幾らという感じで安っぽくなるよなと私は思うのである。このタイプの7つの短篇のうち、唯一誰も死んでない(少なくとも作中では)「慕情の幻影」は、なかなか皮肉の効いた展開で、こういうのなら虚無的と呼んでもいいんじゃないかと思う。ただ、終盤で視点がぐらつくのは、技巧の未熟によるものだろうか。

 第二のタイプは、寓話的な短篇1つと3つの諧謔的な詩で、いずれもシニカルな内容だが「キングコングの物語」は『キングコング』の筋がほとんどそのまま述べられているだけ(のように見える)にもかかわらず、奇妙にもアラビアンナイト風に装われている。

「拝火教徒」と「最後の微笑」は、アラブ・イスラムに対抗するものとしてイラン文化を打ち出したナショナリズムを反映したもので、訳者解説にもあるとおり、ある種の単純さは否めない。しかしそれとは別に、「最後の微笑」でのアッバース朝初期の大宰相の一門が「隠れ仏教徒」だった、という発想や、イスラム的世界観に反発を抱くムスリムの仏教観はおもしろかった。

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参考文献録

『ネルヴァル全集Ⅱ』 筑摩書房 1975
『オリエンタリズム』から拾った「カリフ・ハケムの物語」と「暁の女王と精霊の王ソロモンの王」のみ読む。他の収録作は「火の娘たち」「シルヴィ」「ヴァロワの民謡と伝説」「オクタヴィ」「イシス」「『東方紀行』抄」。
まあ正確に言うと、「カリフ・ハケム」と「暁の女王」は『東方紀行』の一部である。どちらもネルヴァルが旅の途中で聞いた物語という設定の下に書かれた、独立した物語であり、枠物語といっていいかもしれない。

「カリフ・ハケムの物語」 前田祝一郎・訳 1851
 ハケムとは、エジプトのファーティマ朝第6代カリフ、ハーキム(在位996-1021)。イスラムの異端であるドルーズ派では開祖にして神と崇められる。ドルーズ派の族長がネルヴァル(ドルーズ派に肩入れしていた)に語るカリフ・ハケムの生涯、という体裁で書かれている。

 カリフ・ハケム(ハーキム)について、訳者による解説ではよくわかんなかったのだが、『イスマーイール派の神話と哲学』(菊地達也)によると、彼は幼少で即位し、政治は宰相が牛耳るところとなったが、在位4年で宰相を殺害し親政を行う。当初は異教徒に対しても寛容な善政を敷いたが、数年で異教徒弾圧に転じる。この頃からお忍びで夜の街をうろつくなどの奇行が目立つようになる。1010年代の終わり頃には一部の熱狂的な信奉者の支持を得て自己神格化に至り、1021年、謎の失踪を遂げる。
 跡を継いだ息子のザーヒルは、ハーキムの信奉者たちを徹底的に弾圧するが、生き延びた者たちが、ドルーズ派を形成した。

 ハーキムについてのドルーズ派の伝承を知らないので、ネルヴァルがどの程度創作したのかは不明。
 おどろおどろしい伝説に包まれた人物だから、やろうと思えばいくらでもおどろおどろしい話を拵えられたんだろうけど、その辺はわりと抑制されている。どぎつさはよくも悪くもオリエンタリズムの特徴だが、この作品の場合は抑制されていてよかったと思う。
 これを読んだだけではドルーズ派に対するネルヴァルの姿勢はよくわからないが、作品自体はわりとおもしろかった。

「暁の女王と精霊の王ソロモンの物語」 中村真一郎・入沢康夫・訳 1851
「カリフ・ハケム」は短篇だが、こちらは中篇。イスタンブールのカフェで伝説語りの芸人が語り聞かせるままをネルヴァルが記した、という設定で、本来は章の合間にカフェの聴衆の描写などが挟まっていたのを省略してある。
 オリエントものではあるがイスラム時代ではなく、ソロモン王とシバの女王バルキス(ビルキス)の物語。ただし旧約聖書だけではなくクルアーンやアラブの伝説、さらには原註によれば『タルムード』などにも拠っている。

「カリフ・ハケム」より構成や作者の意図が解り易い。主要登場人物はソロモン、シバの女王、ソロモンの神殿を建設する棟梁アドニラムで、敢えて端的に言えば、この三人の三角関係が主軸である。
 アドニラムはカインの子孫とされている。カインの末裔たちは芸術家であり、決して報われることのない運命の下にある。ネルヴァルのキリスト教への反感(反ユダヤ志向は窺えない)を背景に、シバの女王はアドニラムに惹かれ、そしてソロモンは嫉妬する、という非常にわかりやすい構図だが、三人の造型はそう単純でもなく、それなりに長所と短所が描かれている。かなりおもしろかった。

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参考文献録

『幻想の東洋――オリエンタリズムの系譜』 彌永信美 青土社 1987 (「オリエンタリズム」)
 史学畑出身の人らしいけど、文章や論調が歴史系でもどっちかってーと哲学史とか神秘思想史とか美学史とかそういう系統の感じで、最初はやや読み難かった。著者自身、あとがきで「劇的な文体」で書いてしまったのではないか、と「反省」しているが、この「劇的」というのと私が感じた文体の違和感は同じものだろうと思う。読んでくうちに慣れたけど。

 それ自体、亀裂や異質性を抱えた「ヨーロッパ」がいつから、どのようにして自己を「西洋(オクシデント)」と位置づけるようになったのか、という疑問をまず提起し、「ヨーロッパ=西」という概念が確定した時点でヨーロッパの外、ヨーロッパにとって異質な事物はすべて(現実の地理でそれがヨーロッパの東であろう西であろうとお構いなしに)「東洋」に分類される、とする。だから、アメリカもアフリカも「インド」なのである。
 つまり、日本人が自らを「東洋」だと認識するのは、自らを「西洋」だとするヨーロッパ人の概念に従っているのだ、ということになる。そのヨーロッパ中心主義に「東洋人」が気づかないのは、「西/東」という分類が一見相対主義的だからである。もしその相対主義的な装いを剥ぎ取って、わかりやすく「ヨーロッパ=中心=文明/非ヨーロッパ=周縁=野蛮」という分類だったら、それを甘受する「非ヨーロッパ」人はいないだろう。

 サイードの『オリエンタリズム』は、「オリエント=ヨーロッパ(オクシデント)にとって他者すべて」とはせず、オリエント=アラブ・イスラムと限定することで、その内容を限定されたものにしてしまった上に、問題の所在を曖昧にしてしまった。
 アラブ・イスラム以外のオリエント(ヨーロッパにとっての他者)のうち、ペルシャ以東、サハラ以南のアフリカ、アメリカ、オセアニアなどはヨーロッパとの接触が遅かったので、少なくとも『オリエンタリズム』に於いては、除外してもそれほど問題はなかっただろう。しかしユダヤ人というヨーロッパの「内なる他者/オリエント」問題を無視したのでは、やはり一面的にしかならない。東洋学という意味でのオリエンタリズムが、ヘブライ語の研究から始まったことには言及してるのに。

 本書はサイードに無視されたこの二つの問題(「オリエント=ヨーロッパにとっての他者すべて」と「内なる他者/オリエントとしてのユダヤ人」)について、アラブ・イスラムおよびユダヤ以外のオリエント(サハラ以南のアフリカ、アメリカ、インド以東)との接触が堅固なものになる16世紀までを扱う(もちろん、アラブ・イスラムについても扱う)。『オリエンタリズム』では取り上げられなかった「オリエンタリズムの系譜」として、なかなかに読み応えのある本だった(ただし、本書の内容は85-86年に『現代思想』に連載されたものであり、1986年の『オリエンタリズム』邦訳版よりも早い)。

 本書の出発点は、16世紀のキリスト教カバリスト、ギヨーム・ポステル(1510-1581)がなぜ「仏陀はキリストである」と言い出したか、という疑問である。全16章(+序とエピローグ)は古代ローマから始まって16世紀のポステルの時代に至る「オリエンタリズムの系譜」が順序よく論じられていく。
 ヨーロッパの精神史(思想史、宗教史)については全然疎いので、いずれ詳しく調べたい。というわけで巻末参考文献録から、20冊余りを拾う。まあ読むのは当分先だが。

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参考文献録

『イスラム・ネットワーク――アッバース朝がつなげた世界』 宮崎正勝 講談社選書メチエ 1994 (「東西交渉」)
 再読。前回読んだのは、6年前の今頃か。
 先日読んだ同じ著者の『世界史の誕生とイスラーム』(2009)も同テーマなわけだけど、本書は8・9世紀のムスリム商人による交易(インド洋貿易中心)に限定してあって内容が絞れてる分、読みでがある。註もかなり充実してるし。二次資料が多いけど。まあお蔭で参考になりそうな本を何冊か拾えた。

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『千夜一夜物語 ガラン版』 井上輝夫・訳 国書刊行会 1990
「バベルの図書館」というシリーズの1冊として刊行されてるんだけど、この「バベルの図書館」シリーズがどういったものなのか、本書のどこにも説明がない。どうやらボルヘスによる編纂で、イタリアの出版社から出ているものらしい。

 そういうわけで序文がボルヘスが書いてるわけだが、のっけから「私はことあるごとに東洋が西洋の伝統のひとつであることを思い知らされる。」と来た。
 ボルヘスは3、4冊しか読んでなくて、その印象としては「言うほどすごいか?」である。おまえはボルヘスを解ってない、と言われたら、まったく反論のしようはございません。しかしタンゴについてのエッセイを読んだ限りでは、少なくとも音楽に関しては鈍感だよな、と思わざるを得ない。
 で、上記の発言を反語でもなんでもなく、まったく無邪気に行ってるのを見ると、鈍感なのは音楽に関してだけじゃないんじゃないか、という気がしてくるのであった。

 千夜一夜は平凡社東洋文庫版(アラビア語原典版からの訳)を全巻(外伝は除く)と、バートン版を何冊か読んでいる。バートン版を読んだのは小学生の頃で、図書館で、誰かが借りっ放しなのか盗んだのか途中の巻がごっそり抜けてたので、全巻は読んでない。「アラビアン・ナイトってこんなにエッチで変な話だったの!?」と驚き呆れたものだった。20年ほども経って東洋文庫版を読み、記憶にあるバートン版との相当な違いに、エッチで変なのはバートンだったのだと思い至る。

 千夜一夜の「発見者」であるにもかかわらず邦訳の出ていないガラン版から、「盲人ババ・アブダラの物語」と「アラジンの奇跡のランプ」を所収。なぜこの2つを選んだのか不明。「ガランの創作」ということで「アラジン」を選ぶなら、「アリババと四十人の盗賊」とセットにしてほしいものだ(「盲人ババ・アブダラの話」も東洋文庫版にはなかったが)。
 この二作だけなんで、ほかの版との比較もできないし、つくづく編集方針が不明。マルドリュス版でも読もうかな。

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参考文献録

『鳥姫伝』 バリー・ヒューガート 和邇桃子・訳 早川書房 2002(1984)
bridge of birds
 はははははは、これはひどい。

 もちろん、考証がどうとか的外れなことは言わん。とりあえず知識は膨大である。
 しかしそれはまったく体系的でない雑学で、よくこんなことまで知ってんなあってことまで知っている半面、ごく基本的な知識を欠いている(ようだ)。古文書(中国の)が「羊皮紙」だったり「粘土板」だったりするのも、意図的な錯誤というより基礎知識の欠如によるものに思える。どうもこの作品のカオス的状況は、意図した錯誤と無知による錯誤の混沌によるところが大きいようである。
「中華風というと聞こえのいい似非中華ファンタジー」で概ね一貫しているのはよろしいが、時々イマジネーションが枯渇するらしく、「中華風」じゃない凡百のファンタジーと代わり映えのしないガジェットやイメージが混じる。秦王の地下迷宮とか、その辺のダンジョンとどう違うの、という感じだ。

 文章も錯綜しているのは、部分的には意図的なのだろうけれど、特に複雑な仕掛けとか複雑なアクションとか複雑な駆け引きの描写が、何がどうなってるのか理解不能ものになってるのは、やっぱり下手だからだな。
 もっともこれらのうち、「複雑な符牒」とか「複雑な勝負」とかが理解不能なのは、明らかに意図したものでもある。
「異民族の文化(風習、儀式、ゲーム、武術、舞踏等から考え方や喜怒哀楽に至るまで)には、我々(作者と読者)には基本的に理解できないものであり、理解する必要もない」という姿勢で行われる「異民族の文化」描写は、最近でこそ露骨にやると顰蹙を買うが、少し前まで大手を振って罷り通っていた。「日本人とは斯くも理解不能である」的な日本人論とか。そこで描かれる「日本人」の心性や習慣や儀礼は、日本人にとっても理解不能であった。
 その流れを汲んで、少し前まではフィクションの中の「異民族」も、その民族が実在しようが実在しまいが、「我々(作者と読者/観客)には基本的に理解できないものであり、理解する必要もない」奇妙な風習や心性や儀式その他を盛んに行っていたのであった。

 いや、『鳥姫伝』を読んでいて、80年代半ば頃に読み漁った異世界や異星を舞台にしたファンタジー/SF(つまり刊行は80年代半ば以前)がしきりと思い出されたのですよ。「日本風異世界」を舞台にした珍作ファンタジー「黄昏の戦士」シリーズ(70年代後半)とか。
 で、読み終わって原書の刊行年を見てみたら、1984年だった。執筆に何年も掛かったそうだから、「我々には理解できないし理解する必要もない」異文化表現が色濃くて当然なわけだ。
 こういう異文化「無」理解とそれに基づく表現は、90年代に入ってようやく下火になり現在に至る……と思うんだが、私はその頃から90年代末までの10年近く、SFやファンタジーを含めてほとんど小説を読まずに過ごしてしまったので、実際の推移はどうだったのか知らない。

 まあ、そういった異文化「無」理解が問題なのは、「我々の文化」の優越を前提にしているからだけじゃなくて、文化と遺伝を混同した擬似遺伝学的な思想が根底にあるからだが、それはそれとして、昨今の「異文化は理解できるものです、理解しなくてはいけません」的な強要もどうかと思うけどね。理解の強要というより、理解できたと思い込むことの強要というか、或いは異文化を「我々が理解できるもの」に改変して表現したりとか。
 
 それはともかく、『鳥姫伝』の「歴史改変SF」としての設定は、なかなか素晴らしいと思ったんだけどなあ。隋滅亡の原因は煬帝じゃなくて文帝の妃の皇祖娘子なる悪女で、煬帝は操られてるだけだった、とか、秦は滅びずに代々の王は地下迷宮に立て籠もり、中国の王朝が幾つも交代するのを尻目に「国家内国家」として栄えてきた、とか。
 ところが、この鳴り物入りで予告された秦王の地下迷宮(阿房宮+始皇帝陵?)が、そこらのファンタジーのダンジョンと変わらない(というかむしろしょぼい)のが明らかになった中盤以降、唐帝国に於ける皇祖娘子や秦王の位置付けが曖昧になり、「歴史改変」設定は宙に浮いてしまう。で、そのまま最後まで回収されないのであった。やれやれ。

『霊玉伝』感想
『八妖伝』感想

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参考文献録

『増訂 長安の春』 石田幹之助 平凡社東洋文庫 1967
 旧かな旧字。現代かなづかいの講談社学術文庫版のほうは、少なくとも5回は読んでるはず(「胡旋舞小考」に至っては何回読み返したかわからん)。「増訂」分のみ読む。
「唐代風俗史抄」「唐史襍鈔」「唐史関係諸考補遺」「唐代燕飲小景」「唐代北支那に於ける一異俗」「無題二則」「唐代の婦人」「唐代図書雑記」「唐代雑事二則」「橄欖と葡萄」

 中心となるのは軽い読み物として書かれたもので(著者いわく「書き散らした」)、あまり綿密に調べていないので、後日補足として書かれたものも一緒に収められている。
 綿密に調べていない、という言い方は語弊がある。二次資料で読んだことを一次資料で確認してない、とかじゃなくて、一次資料(漢籍)の内容をすっかり憶えていて、その記憶だけで書いているのである。
 最近続けて古い論文を読んだので改めて思うことだが、昔の研究者は一次資料を本当によく読み込んでいる。それも、どの本に何が書かれてるのか前もって知ってて確認するために読むんじゃないからすごいよなあ。

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『イスラム世界の成立と国際商業――国際商業ネットワークの変動を中心に』 家島彦一 岩波書店 1991 (「東西交渉」)
「やじまひこいち」と読むんですね、この人は。『イブン・ファドラーンのヴォルガ・ブルガール旅行記』を訳した人だ。

 イスラム以前、ムハンマド~ウマイヤ朝、アッバース朝(11世紀まで)、補足的に11世紀以降、という構成。
 次作に必要なのはウマイヤ朝末期についての情報なんだが、本書でも述べられてるとおり、当時やそれ以前の記録がほとんどないので、しょうがないからアッバース朝初期のんで代用する予定なのである。ないよりはましだ。

「誰某によると」とアラブ史家の名前がしばしば挙げられているが、いつ頃の人なのか説明がない。あと、アッバース朝にはこうなった、とか、ああなった、とか書かれていて、それがアッバース朝のいつのことなのかわからなかったりとか。

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参考文献録

『唐代伝奇集』 前野直彬・編訳 平凡社東洋文庫 1963-64
 全2巻。上巻は比較的長い作品、下巻は短い作品を集めたもの。
『抱朴子』から『捜神記』まで一通り読んできたが、上巻の作品群はそれら前代までの説話と比べてそれなりに独創性があっておもしろかったが、下巻は説話的な作品が多く、前代までのものとあんまり代わり映えがしないので途中で飽きた。
 下巻には「杜子春」と「山月記」それぞれの元ネタ、それにファン・ヒューリックの『観月の宴』の元ネタ「魚玄機の物語」が収められている。

 あと、これも下巻所収の「麺を食う虫」は石田幹之助の「西域の商胡、重価を以って寶物を求むる話」(『長安の春』)に挙げられてたのんだな。
 石田氏の論文は、「西域の商人が、中国人には価値のわからない宝を見出し、高額で買い取る」という唐~五代の小説に多く見られる類型について考察したものだが、『唐代伝奇集』にはこの類型に当て嵌まる話は上述の「麺を食う虫」しか収められていない。
 その代わり多かったのが、「何か怪異があって、中国人にはその謎が解けないが、偶々近くにいた西域人が解説してくれる」または「何か不思議な物があって、中国人にはその謎が解けないが、偶々近くにいた西域人が解説してくれる」。
 石田氏が論じた説話のパターンは後者が変化したものであるのは明らかだ。また前者だと西域人はたいがい僧侶だが、後者だと商人或いは富豪である。

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『神女――唐代文学における龍女と雨女』 エドワード・H・シェーファー 西脇常記・訳 東海大学出版会 1978(1973)
the divine woman: dragon ladies and rain maidens in T’ang literature
 英語だとwoman, lady, maidenと全部違うわけね。dradon ladyはハリウッドに於ける典型的な中国女(残忍な美女)の呼び名でもあるわけだが、まあとにかく。

 著者はアメリカの中国学者で、欧米の唐代文化研究では第一人者であるという(刊行当時)。東洋学を専門にする前は人類学を学んでいたという経歴を反映してか、まず中国神話に於ける女神の系譜を論じるところから始まる。
 龍を天(気象)と地(地上の水)、両面の属性を持つものとし、天の属性は男、地の属性は女に結び付けられる、という論考はごくオーソドックスなものだが、アメリカ人の学者がアメリカ人の読者に向けて解説する中国神話、というのはなかなか新鮮な印象を受けた。

 扱ってるのは唐代(およびその前の南北朝)の文学だが、詩が中心で散文(伝奇小説など)には一章を割いてるだけ(200頁弱の本文のうち40頁)。まあ似たような話が多いのでそれほど紙幅も必要ないということで、それは私も『唐代伝奇集』を読んで実感したばかりである。

 訳者の西脇氏はあとがきで「中国文学に関しては門外漢」と述べているが、相当下調べはしているようである。原註に挙げられた漢籍や中国人による論文のタイトルも、ちゃんと原題に直してあるし。「門外漢」による邦訳には、私でさえ気づくような酷い間違いが偶にあるからな。「ハオリムシ」を「硫黄酸化細菌」だとか言ってたり、『紅楼夢』を『石物語』とか言ってたり(『紅楼夢』の別名が『石頭記』なので英題がstone storyとなってるのを邦訳者が知らずに直訳)とか。

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参考文献録

『愛蔵版 アルケミスト』 パウロ・コエーリョ 山川紘矢/山川亜希子・訳 角川書店 2001(1988)
the alchemist
 邦訳自体は1994年に地湧社から出たもの。英訳からの重訳。
 ポルトガル語原題は訳者後書きによると「エル・アルケミスタ」ということだが、どうやらo alquimistaが正しいらしい。ポルトガル語は知らんがoは「エル」とは読まんわな。スペイン語だとel alquimistaになるが、どっちみち発音は「エル・アルキミスタ」だ。
 あと、「ヴェドウィン」て表記は何?(ベドウィンならぬ架空の民族だとか言うんじゃあるまい)

 後書きでは「『星の王子さま』に並び称される」とか紹介されてるし、どうやらある方面では自己啓発本として読まれてるらしい。「星の王子さま」も「自己啓発本」も、鼻で笑わずにはいられない習い性だが、まあ本書で語られる「教訓」は押し付けがましくなく、また宗教や異文化の取り扱いも適切でよろしいんじゃありませんか?

 舞台はスペイン~北アフリカ。スペインはイスラム文化の影響が色濃い地として描かれる。時代設定は前近代かと思ったら、ライフルや「クロームメッキのピストル」が登場する。意図的に時代をぼかしているようだが、そういう、話を幻想的・お伽話的にするのに都合のよい舞台としての「なんちゃって前近代」(或いは「なんちゃって中世/古代」)は嫌いだ。
 自分に都合のいい設定にするために考証ははしょり、しかし中世や古代といった特定の時代の「ありもの」の雰囲気だけは都合よく拝借している根性が気に食わない。ファン・ヒューリックの「ディー判事シリーズ」は、敢えて近世以降の中国に於ける「なんちゃって唐代」という設定でそれなりに作り込んでるようだけどさ。
 同じ理由で「なんちゃって中東/ヨーロッパetc」も嫌い。本作は中盤の北アフリカの町までは、スペインと北アフリカの緊密に結び付いた空気、といったものがそれなりに出ているが、それも少年が砂漠に旅立つまでだ。

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「タラス戦考」 前嶋信次 (『東西文化交流の諸相 民族・戦争』 誠文堂新光社 1982) (「中央アジア中世」)
 所収論文のうち参考にしたのはこの一本だけ。ほかは「古代アラビアの二民族――アードとサムード」「アラビア世界と暗殺」「ハッティーンの決戦――サラディンと十字軍」「元代戦象」「中世バグダードの文化とその滅亡」

 本書巻頭「はしがき」によると、本論文の発表は1958-59年、「私としては気力の充実していたころのもの」だそうで、実際、大変に力の入った内容である。タラス河畔の戦いに関する日本語の論考で、これ以上詳しいものは今のところないようだ。

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パブリック・エネミーズ

 すでに2010年だが、鑑賞したのは昨年末なので。

 1934年に31歳で死んだ実在の銀行強盗ジョン・デリンジャーの晩年を描いたドラマ。当時は超有名な犯罪者だったそうだが、活動期間は2年間ほど。もはや派手な犯罪を何年も続けられるような時代じゃなかったからな。
 based on a true storyには興味がない、というか、制作サイドも宣伝サイドも「実話であること」に寄り掛かりがちなのが嫌い(特に宣伝サイドは例外なく寄り掛かっている)。その態度の裏にあるのは、フィクションよりノンフィクションのほうが「偉い」という格付け、実話が基になってようが「作品」になった時点で創作が混じっていることへの無自覚だ。
 もちろん、based on a true storyが惹句として有効なのは、観客の責任でもある。だから『ファーゴ』のthis is a true storyの惹句に、無数の観客(と宣伝部)が釣られたのであった。

 実話であることに寄り掛かって作られた映画は、だいたい作品として失敗する。その点『パブリック・エネミーズ』は、はまあ脚本も演出もごく手堅く、いい意味でオーソドックスな映画である。
 悪い意味でのオーソドックスにならなかったのは、やはりジョニー・デップに拠るところが大きいんだろうな。true storyに興味はないのに鑑賞したのは、ジョニー・デップがどんな演技をするかに興味があったからである。

 出演作をすべて観ているわけではないが、この俳優は実は演技のパターンが2つしかない。①「迷子の仔犬の目をした青年」、②「イカレ野郎」。
 ①は『シザーハンズ』から始まって、『妹の恋人』『デッドマン』『アリゾナ・ドリーム』『ギルバート・グレイプ』など初期の役柄はほとんどこれに当て嵌まる。
 ②は『ラスベガスをやっつけろ』が極北で、ここまでイカレていて、およそ親しみというものを感じられない野郎はこの一作だけで、後は適宜ヴァリエーションを加えて親しみを持てるキャラクターを創造している。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや『レジェンド・オブ・メキシコ』は②のヴァリエーションだが、全体としては①と②の混合「迷子の仔犬の目をしたイカレ野郎」が一番多いだろう。特に不惑が近くなってきてからは。「青年」というか「大人になれない大人」の『ネバーランド』(撮影時40歳)以降、②の混ざっていないパターン①は演じていなかった。
 いずれにせよ、「エキセントリックで社会不適合な変人」役が巧い、というわけだ。

 で、①でも②でもない役柄となると、途端にものすごく凡庸になる。普通のお父さんを演じた『ニック・オブ・タイム』はもちろん、『フェイク』『ノイズ』『ナインスゲート』『ショコラ』『フロム・ヘル』『耳に残るは君の歌声』『ブロウ』といった「エキセントリックで社会不適合だが変人というほどではない」役も全然ぱっとしない。特にジャック・スパロウ直前の2、3年間にそういう役が多かった。要は低迷期だわな。

 一年以上前から、映画誌等に『パブリック・エネミーズ』のスチールは公開されてきたのだが、それを見る限り、ジョン・デリンジャーのキャラクターは明らかに「エキセントリックで社会不適合だが変人というほどではな」かった。映画自体も非常に堅実そうである。
 果たしてデップは凡庸に落ちてしまうのか、それとも新しいパターンを開拓できるのか。

 結論を言うと、凡庸にもならず、新しいパターンも開拓しなかった。パターン①のヴァリエーションの一つとして、「エキセントリックで社会不適合だが変人というほどではない」銀行強盗を演じてのけたのであった。引き出しは増やさず、引き出し自体を大きくしたのである………まあ、それも大した才能ではあるな。

 脚本・演出から音楽・撮影・美術等、良くも悪くもすべてが堅実でオーソドックスで突出したものが一つもない映画であり、キャストも主役とヒロイン以外、目立つ役者がまったくいなかったのであった。
 いやー、クリスチャン・ベイルがね、主人公を追う捜査官という準主役的ポジションなんだが、苦悩とか焦燥とか、相変わらず巧いのに相変わらず埋没してるんだよ。報われないキャラクターなので、合ってるといえば合ってるんだが。
 ほかにも、フーヴァー長官とかもっと印象的なキャラクターにできそうなものなのにな。演じた役者は下手ではなかったが、どうも若造っぽくて。

 ヒロインのマリオン・コティヤールは、出番は少ないがなかなか印象的だった。どっちかというとファニーフェイスなのだが(てゆうかスティーヴ・ブシェミに似てる……)、フランス人とネイティヴ・アメリカンのハーフでギャングの女というエキゾティックで薄幸な役柄によく嵌まっていたし、正統派美人でないところが30年代当時のファッションと相俟って、却って退廃的な雰囲気を醸し出していた。

 あと、一人だけ登場する女性保安官が、出番はほんの数分で、目立つところも何もない役なのに妙に印象的だなあと思ったら、リリ・テイラーでした。久し振りに見たよ。

 以下、一応ネタバレ注意。

 終盤、ジョン・デリンジャーは捜査員が迫っていることを知らず、クラーク・ゲーブル主演の『男の世界』を鑑賞する。ゲーブルが死刑執行直前に述べる台詞に、デリンジャーは微笑を浮かべる。そして映画館を出た直後、銃殺される。
「悔いのない人生だった」(うろ覚え)というその台詞にデリンジャーが共感し、自身も悔いなく人生を終えたことを暗示するという流れは、かなりあざというというか平凡だ。とはいえ一切説明を入れず、ただデップの微笑のみで表現する演出は悪くなかった(彼の演技力も)。

 公開直前、いろんな媒体で「ラブ・ストーリー」だとやたらに強調され、作品紹介もジョン・デリンジャーと恋人の「逃亡劇」ということになっていた。実際には、ヒロインの出番ほとんどないから(それなりに重要な役どころではあるけれど)。「逃亡劇」でもないし(一緒に逃亡するシーンはほんの数分だよ)。
 要するに「若い女性」客を当て込んでるんだが、そうするのが一番効果的、それしか方法がない、と思ってるわけで、随分と「若い女性」を馬鹿にしたものである。もちろん、それに釣られて映画館に足を運んだ「若い女性」は、ラブ・ストーリーでも逃亡劇でもないものを目にすることになる。1800円かそこらを払って観た「ラブ・ストーリーでも逃亡劇でもない映画」を楽しめたなら結構なことだが、ただ失望しただけだったら言わずもがな。

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参考文献録

『マニ教と東洋の諸宗教――比較宗教学論選』 矢吹慶輝 佼成出版社 1988 (「ペルシア」)
 えーと、解説によると、著者は1879年生、1939年没の浄土宗僧侶。所収の論文は1926年から1940年に掛けて発表されたもので、刊行にあたって旧かな旧字を改訂。
 二部に分かれ、第一部「マニ教とは何か」はまあいいとして、第二部「東洋の諸宗教」は僧侶だけあって、ほとんど仏教史に占められている。第一部にしても、古いものだけあって、あんまり参考にはならない。全然ならないわけではなく、少々メモを取る。それに10世紀のイスラム史料の抄訳まで付いている。

『中国における回教の傳來とその弘通』 田坂興道 東洋文庫 1964 (「東西交渉」)
 1957年に没した著者の遺稿集。旧かな旧字。引用してある漢文は白文である(句読点はあるが)。「東洋文庫刊」といっても平凡社東洋文庫ではなく、奥付を見ると代表者は「榎一雄」であり、「非賣品」とのことである。
 上下巻で総頁数は1700頁もあるが、上巻四分の三から後は元代以降についてなんで必要ない。『マニ教と東洋の諸宗教』と同様、古い内容ではあるんだけど、まあちょこちょことは参考になる。特に、漢籍史料の詳細な検討は最近の論文では省略されてることが多いからな。
 こうした先達たちの努力のお蔭で日本のイスラム学、シルクロード学の現在があるわけで、実にありがたいことである。

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参考文献録

『観月の宴』 ファン・ヒューリック 和邇桃子・訳 早川書房 2003(1968)
poet and murder
 ディー判事シリーズ、早川版の3冊目。前の2冊よりもおもしろかった。キャラクターも類型的だが、わかりやすくキャラ立ちしていて読み易い。
 背景設定は「近世中国から見た漠然とした昔(をさらに西洋のシノロジストのフィルターに通したもの)」だから、2尺玉とか3尺玉といった感じの花火がばんばん打ち上げられてても構わないんだけど、毎回著者後書きでは「唐代の中国に辮髪も喫煙や阿片の習慣もない」「15世紀には現在と同じ形の算盤があったが、それ以前はどうだったか不明である」等の断りが入れてあるのに、打ち上げ花火についてはフォロー無しかい。

『NHKスペシャル文明の道3 海と陸のシルクロード』 吉田豊/森部豊/景山悦子 NHK出版 2003 (「中央アジア中世」)
 テーマが二つあって、一つはローマの東方交易、もう一つはソグド人。わかるよーなわからんよーな組み合わせだな。構成もなんか変だし。
 参考にしたのはソグド人に関する記事だけなので、それらの記事の執筆者たちだけを著者として挙げておく。中国や旧ソ連中央アジアの最新(刊行当時)の発掘調査・研究成果の紹介があり、簡略なものだが大変ありがたい。

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参考文献録

『オリエンタリズム』 E・W・サイード 板垣雄三/杉田英明・監修 今沢紀子・訳 平凡社 1986(1978)
orientalism
 文庫版(1993)のほう。再読。
 前回読んでから7、8年は経っている。当時よりいろいろ知識が増えたのは客観的事実だが、それ相応に理解力も増加していてほしいものである。
 この本の以前と以後では、「オリエンタリズム」の意味がまったく変わってしまったのだよなあ。そう考えると、邦訳が原著刊行から8年も経ってからというのは遅すぎやしないか。

 巻末に付された1985年の論文「オリエンタリズム再考」に、サイードの批判者たちについて述べた、こんな一文があった。

 こうした考え方は、「西洋的」オリエンタリズムに異議申し立てを行うイスラム教徒、ないしはアラブの議論の内部に潜むとされる、一種のルイセンコ学説を攻撃する上で好都合であった。

 こんなところで「ルイセンコ学説」の名に遭遇するとは思ってなかったんで、ちょっとびっくりした。
 えーと、この「サイードによるオリエンタリズム批判=ルイセンコ学説」という比喩は、「サイードによるオリエンタリズム批判=お粗末な獲得形質進化説」じゃなくて、「サイードの批判=欧米の正しい科学に対抗する目的だけで持ち出されたお粗末な疑似科学」って意味だよな?

『安禄山と楊貴妃――安史の乱始末記』 藤善真澄 清水書院 1984 (「唐代」)
 新書。日本人が書く一般向けの歴史書の中には、文体が妙に主観的というか感情的というか講談調(?)なのんが多い。読み易さを狙ってるんだろうけど、私には読みにくいよ。
 論考まで講談調なのんは話にならんが、本書は論考自体はそれほど問題はないようではある。が、推測で書いてるところが大きい上に、どこまで史料で確認できることなのか、著者の推測に過ぎないのかがはっきりしない。これもよくあることなんだけどさ。
 まあ客観的にみえる文体を選択するというのも、論考を客観的に見せかける作為だと言えんこともないけど。

 ノートを取ったのは安禄山が挙兵するとこまで(全6章中4章まで)だが、一応全部目を通す。安史の乱の情報は758年には日本にも伝えられ、万が一安禄山が日本まで侵攻してきた場合に備えて大宰府の守りを固めた、というのは初めて知った。
 いや、ねーよ、と思うのは後知恵であって、考えてみれば白村江の敗戦(663)から100年と経ってないわけだから、「中国が攻めてくるかも」という危惧は、たぶん元寇直前とかよりもずっと切実だったんだろうなあ。

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参考文献禄

『マルコ・ポーロの見えない都市』 イタロ・カルヴィーノ 米川良夫・訳 河出書房新社 1977(1972)
le citta invisibili

『東方見聞録』のパロディ、と紹介されてるが、別に『東方見聞録』の構成や記述等に倣っているわけではない。マルコ・ポーロがフビライ汗に、数十に及ぶ(めんどくさいので数えてない)都市の見聞を報告するという体裁で、各報告はごく短くて1~3頁、時々インターバルとしてマルコ・ポーロとフビライとの遣り取りが挟まる。

『東方見聞録』が中世以来の架空の旅行記の系譜上にあるのは明らかで、中心的な地域の風物や政治情勢についてはかなり正確だが、辺地に行くほど出鱈目になって、「プレスター・ジョンの手紙」とかと大して変わらなくなる。
 そしてこの『見えない都市』も、『東方見聞録』の正確な部分ではなく架空旅行記の部分を継承している。だから架空の都市を語らせるのに、マルコ・ポーロとフビライという設定を持ち出す必然性はあんまりないような気がする。

 まあアレクサンドロス大王、十字軍、大航海時代から20世紀に至るまで、長距離移動をした西洋人の中で、「征服欲」と無縁なのっていったらマルコ・ポーロしかおらんよな。いや、ほかにも大勢いたんだろうけど、有名なのは彼だけだ。
 あと、イタロ・カルヴィーノもイタリア人だから、という見方は単純すぎるだろうか。まあともかくマルコ・ポーロとフビライ汗は次のような遣り取りもしている。

「まだ一つだけ、そちが決して話そうとしない都市が残っておるぞ」
 マルコ・ポーロは首を傾げた。
「ヴェネツィアだ」と、汗は言った。
 マルコは微笑した。「では、その他の何事をお話し申し上げているとお思いでございましたか?」
 皇帝は眉一つ動かさずに言った。「だが、そちがその名を口にするのをついに聞いたことはなかったぞ」
 ポーロは答えて――「どの都市のお話を申し上げるときにも、私は何かしらヴェネツィアのことを申し上げておるのでございます」

 
 語られる都市は互いに微妙に関連しあっている。本当にごく微妙な関連で、新たな都市について語られる時、それまでに語られてきた都市の余韻が微かに微かに響いているような塩梅である。だから一つ一つの都市の印象はぼやけてしまい、作中でも次のように述べられている。

 フビライ汗はすでに気がついていたが、マルコ・ポーロの都市はいずれも似通っており、その間の移行にはあえて旅の労苦すら必要ではなく、要素の入れ替えでこと足りるというふうでもあった。

「そちの申す都など存在はせぬ。おそらくはただの一度も存在したことなどはなかったのだ。もちろん、もはや存在することもない。なぜそのような気慰めの作り話を面白がっておるのだ?」

「そのほうが語って聞かせるその国々をことごとく訪ねる暇が、いつそのようにあったのか不思議なことよ。そのほうは一歩もこの庭から動いた様子さえないように朕には思えるのだが」

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参考文献録

「中央アジアオアシス定住民の社会と文化」 吉田豊(『アジアの歴史と文化8 中央アジア史』 竺沙雅章・監修 間野英二・責任編集 同朋舎/角川書店 1999) (「中央アジア中世」)
 複数の執筆者による論考を編集した本から、1、2本くらいしか参考にしなかった場合は、こういう形で記録することにします。まあ適宜、臨機応変で。
「中央アジアオアシス」と言いつつ、イスラム化以前のソグディアナについてのみ論じる。こういった本の詳しい内容紹介なんて、そうあるもんじゃないから、タイトル(本や各章の)だけから必要な資料を探すことになる。「外れ」はよくあります。とりあえずこれは外れではなかった。

『マニ教とゾロアスター教』世界史リブレット4 山本由美子 山川出版社 1998 (「ペルシア」)
 このシリーズは分量(100頁足らず)の割りに内容が充実している。この本もそうではあるんだが、一番必要だった8世紀以前の中アジアに於けるマニ教についての記述がなくてがっかり。

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