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参考文献録

『ネルヴァル全集Ⅱ』 筑摩書房 1975
『オリエンタリズム』から拾った「カリフ・ハケムの物語」と「暁の女王と精霊の王ソロモンの王」のみ読む。他の収録作は「火の娘たち」「シルヴィ」「ヴァロワの民謡と伝説」「オクタヴィ」「イシス」「『東方紀行』抄」。
まあ正確に言うと、「カリフ・ハケム」と「暁の女王」は『東方紀行』の一部である。どちらもネルヴァルが旅の途中で聞いた物語という設定の下に書かれた、独立した物語であり、枠物語といっていいかもしれない。

「カリフ・ハケムの物語」 前田祝一郎・訳 1851
 ハケムとは、エジプトのファーティマ朝第6代カリフ、ハーキム(在位996-1021)。イスラムの異端であるドルーズ派では開祖にして神と崇められる。ドルーズ派の族長がネルヴァル(ドルーズ派に肩入れしていた)に語るカリフ・ハケムの生涯、という体裁で書かれている。

 カリフ・ハケム(ハーキム)について、訳者による解説ではよくわかんなかったのだが、『イスマーイール派の神話と哲学』(菊地達也)によると、彼は幼少で即位し、政治は宰相が牛耳るところとなったが、在位4年で宰相を殺害し親政を行う。当初は異教徒に対しても寛容な善政を敷いたが、数年で異教徒弾圧に転じる。この頃からお忍びで夜の街をうろつくなどの奇行が目立つようになる。1010年代の終わり頃には一部の熱狂的な信奉者の支持を得て自己神格化に至り、1021年、謎の失踪を遂げる。
 跡を継いだ息子のザーヒルは、ハーキムの信奉者たちを徹底的に弾圧するが、生き延びた者たちが、ドルーズ派を形成した。

 ハーキムについてのドルーズ派の伝承を知らないので、ネルヴァルがどの程度創作したのかは不明。
 おどろおどろしい伝説に包まれた人物だから、やろうと思えばいくらでもおどろおどろしい話を拵えられたんだろうけど、その辺はわりと抑制されている。どぎつさはよくも悪くもオリエンタリズムの特徴だが、この作品の場合は抑制されていてよかったと思う。
 これを読んだだけではドルーズ派に対するネルヴァルの姿勢はよくわからないが、作品自体はわりとおもしろかった。

「暁の女王と精霊の王ソロモンの物語」 中村真一郎・入沢康夫・訳 1851
「カリフ・ハケム」は短篇だが、こちらは中篇。イスタンブールのカフェで伝説語りの芸人が語り聞かせるままをネルヴァルが記した、という設定で、本来は章の合間にカフェの聴衆の描写などが挟まっていたのを省略してある。
 オリエントものではあるがイスラム時代ではなく、ソロモン王とシバの女王バルキス(ビルキス)の物語。ただし旧約聖書だけではなくクルアーンやアラブの伝説、さらには原註によれば『タルムード』などにも拠っている。

「カリフ・ハケム」より構成や作者の意図が解り易い。主要登場人物はソロモン、シバの女王、ソロモンの神殿を建設する棟梁アドニラムで、敢えて端的に言えば、この三人の三角関係が主軸である。
 アドニラムはカインの子孫とされている。カインの末裔たちは芸術家であり、決して報われることのない運命の下にある。ネルヴァルのキリスト教への反感(反ユダヤ志向は窺えない)を背景に、シバの女王はアドニラムに惹かれ、そしてソロモンは嫉妬する、という非常にわかりやすい構図だが、三人の造型はそう単純でもなく、それなりに長所と短所が描かれている。かなりおもしろかった。

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