パブリック・エネミーズ
すでに2010年だが、鑑賞したのは昨年末なので。
1934年に31歳で死んだ実在の銀行強盗ジョン・デリンジャーの晩年を描いたドラマ。当時は超有名な犯罪者だったそうだが、活動期間は2年間ほど。もはや派手な犯罪を何年も続けられるような時代じゃなかったからな。
based on a true storyには興味がない、というか、制作サイドも宣伝サイドも「実話であること」に寄り掛かりがちなのが嫌い(特に宣伝サイドは例外なく寄り掛かっている)。その態度の裏にあるのは、フィクションよりノンフィクションのほうが「偉い」という格付け、実話が基になってようが「作品」になった時点で創作が混じっていることへの無自覚だ。
もちろん、based on a true storyが惹句として有効なのは、観客の責任でもある。だから『ファーゴ』のthis is a true storyの惹句に、無数の観客(と宣伝部)が釣られたのであった。
実話であることに寄り掛かって作られた映画は、だいたい作品として失敗する。その点『パブリック・エネミーズ』は、はまあ脚本も演出もごく手堅く、いい意味でオーソドックスな映画である。
悪い意味でのオーソドックスにならなかったのは、やはりジョニー・デップに拠るところが大きいんだろうな。true storyに興味はないのに鑑賞したのは、ジョニー・デップがどんな演技をするかに興味があったからである。
出演作をすべて観ているわけではないが、この俳優は実は演技のパターンが2つしかない。①「迷子の仔犬の目をした青年」、②「イカレ野郎」。
①は『シザーハンズ』から始まって、『妹の恋人』『デッドマン』『アリゾナ・ドリーム』『ギルバート・グレイプ』など初期の役柄はほとんどこれに当て嵌まる。
②は『ラスベガスをやっつけろ』が極北で、ここまでイカレていて、およそ親しみというものを感じられない野郎はこの一作だけで、後は適宜ヴァリエーションを加えて親しみを持てるキャラクターを創造している。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや『レジェンド・オブ・メキシコ』は②のヴァリエーションだが、全体としては①と②の混合「迷子の仔犬の目をしたイカレ野郎」が一番多いだろう。特に不惑が近くなってきてからは。「青年」というか「大人になれない大人」の『ネバーランド』(撮影時40歳)以降、②の混ざっていないパターン①は演じていなかった。
いずれにせよ、「エキセントリックで社会不適合な変人」役が巧い、というわけだ。
で、①でも②でもない役柄となると、途端にものすごく凡庸になる。普通のお父さんを演じた『ニック・オブ・タイム』はもちろん、『フェイク』『ノイズ』『ナインスゲート』『ショコラ』『フロム・ヘル』『耳に残るは君の歌声』『ブロウ』といった「エキセントリックで社会不適合だが変人というほどではない」役も全然ぱっとしない。特にジャック・スパロウ直前の2、3年間にそういう役が多かった。要は低迷期だわな。
一年以上前から、映画誌等に『パブリック・エネミーズ』のスチールは公開されてきたのだが、それを見る限り、ジョン・デリンジャーのキャラクターは明らかに「エキセントリックで社会不適合だが変人というほどではな」かった。映画自体も非常に堅実そうである。
果たしてデップは凡庸に落ちてしまうのか、それとも新しいパターンを開拓できるのか。
結論を言うと、凡庸にもならず、新しいパターンも開拓しなかった。パターン①のヴァリエーションの一つとして、「エキセントリックで社会不適合だが変人というほどではない」銀行強盗を演じてのけたのであった。引き出しは増やさず、引き出し自体を大きくしたのである………まあ、それも大した才能ではあるな。
脚本・演出から音楽・撮影・美術等、良くも悪くもすべてが堅実でオーソドックスで突出したものが一つもない映画であり、キャストも主役とヒロイン以外、目立つ役者がまったくいなかったのであった。
いやー、クリスチャン・ベイルがね、主人公を追う捜査官という準主役的ポジションなんだが、苦悩とか焦燥とか、相変わらず巧いのに相変わらず埋没してるんだよ。報われないキャラクターなので、合ってるといえば合ってるんだが。
ほかにも、フーヴァー長官とかもっと印象的なキャラクターにできそうなものなのにな。演じた役者は下手ではなかったが、どうも若造っぽくて。
ヒロインのマリオン・コティヤールは、出番は少ないがなかなか印象的だった。どっちかというとファニーフェイスなのだが(てゆうかスティーヴ・ブシェミに似てる……)、フランス人とネイティヴ・アメリカンのハーフでギャングの女というエキゾティックで薄幸な役柄によく嵌まっていたし、正統派美人でないところが30年代当時のファッションと相俟って、却って退廃的な雰囲気を醸し出していた。
あと、一人だけ登場する女性保安官が、出番はほんの数分で、目立つところも何もない役なのに妙に印象的だなあと思ったら、リリ・テイラーでした。久し振りに見たよ。
以下、一応ネタバレ注意。
終盤、ジョン・デリンジャーは捜査員が迫っていることを知らず、クラーク・ゲーブル主演の『男の世界』を鑑賞する。ゲーブルが死刑執行直前に述べる台詞に、デリンジャーは微笑を浮かべる。そして映画館を出た直後、銃殺される。
「悔いのない人生だった」(うろ覚え)というその台詞にデリンジャーが共感し、自身も悔いなく人生を終えたことを暗示するという流れは、かなりあざというというか平凡だ。とはいえ一切説明を入れず、ただデップの微笑のみで表現する演出は悪くなかった(彼の演技力も)。
公開直前、いろんな媒体で「ラブ・ストーリー」だとやたらに強調され、作品紹介もジョン・デリンジャーと恋人の「逃亡劇」ということになっていた。実際には、ヒロインの出番ほとんどないから(それなりに重要な役どころではあるけれど)。「逃亡劇」でもないし(一緒に逃亡するシーンはほんの数分だよ)。
要するに「若い女性」客を当て込んでるんだが、そうするのが一番効果的、それしか方法がない、と思ってるわけで、随分と「若い女性」を馬鹿にしたものである。もちろん、それに釣られて映画館に足を運んだ「若い女性」は、ラブ・ストーリーでも逃亡劇でもないものを目にすることになる。1800円かそこらを払って観た「ラブ・ストーリーでも逃亡劇でもない映画」を楽しめたなら結構なことだが、ただ失望しただけだったら言わずもがな。
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