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参考文献禄

『マルコ・ポーロの見えない都市』 イタロ・カルヴィーノ 米川良夫・訳 河出書房新社 1977(1972)
le citta invisibili

『東方見聞録』のパロディ、と紹介されてるが、別に『東方見聞録』の構成や記述等に倣っているわけではない。マルコ・ポーロがフビライ汗に、数十に及ぶ(めんどくさいので数えてない)都市の見聞を報告するという体裁で、各報告はごく短くて1~3頁、時々インターバルとしてマルコ・ポーロとフビライとの遣り取りが挟まる。

『東方見聞録』が中世以来の架空の旅行記の系譜上にあるのは明らかで、中心的な地域の風物や政治情勢についてはかなり正確だが、辺地に行くほど出鱈目になって、「プレスター・ジョンの手紙」とかと大して変わらなくなる。
 そしてこの『見えない都市』も、『東方見聞録』の正確な部分ではなく架空旅行記の部分を継承している。だから架空の都市を語らせるのに、マルコ・ポーロとフビライという設定を持ち出す必然性はあんまりないような気がする。

 まあアレクサンドロス大王、十字軍、大航海時代から20世紀に至るまで、長距離移動をした西洋人の中で、「征服欲」と無縁なのっていったらマルコ・ポーロしかおらんよな。いや、ほかにも大勢いたんだろうけど、有名なのは彼だけだ。
 あと、イタロ・カルヴィーノもイタリア人だから、という見方は単純すぎるだろうか。まあともかくマルコ・ポーロとフビライ汗は次のような遣り取りもしている。

「まだ一つだけ、そちが決して話そうとしない都市が残っておるぞ」
 マルコ・ポーロは首を傾げた。
「ヴェネツィアだ」と、汗は言った。
 マルコは微笑した。「では、その他の何事をお話し申し上げているとお思いでございましたか?」
 皇帝は眉一つ動かさずに言った。「だが、そちがその名を口にするのをついに聞いたことはなかったぞ」
 ポーロは答えて――「どの都市のお話を申し上げるときにも、私は何かしらヴェネツィアのことを申し上げておるのでございます」

 
 語られる都市は互いに微妙に関連しあっている。本当にごく微妙な関連で、新たな都市について語られる時、それまでに語られてきた都市の余韻が微かに微かに響いているような塩梅である。だから一つ一つの都市の印象はぼやけてしまい、作中でも次のように述べられている。

 フビライ汗はすでに気がついていたが、マルコ・ポーロの都市はいずれも似通っており、その間の移行にはあえて旅の労苦すら必要ではなく、要素の入れ替えでこと足りるというふうでもあった。

「そちの申す都など存在はせぬ。おそらくはただの一度も存在したことなどはなかったのだ。もちろん、もはや存在することもない。なぜそのような気慰めの作り話を面白がっておるのだ?」

「そのほうが語って聞かせるその国々をことごとく訪ねる暇が、いつそのようにあったのか不思議なことよ。そのほうは一歩もこの庭から動いた様子さえないように朕には思えるのだが」

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