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参考文献録

『サマルカンドの金の桃――唐代の異国文物の研究』 エドワード・H・シェーファー 吉田真弓・訳 勉誠出版 2007(1963) (「東西交渉」)
golden peach of samarkand
 副題どおり、唐の人々の「異国好み」を論じており、第1章「唐朝のきらめき」で概観、以下第19章まで、唐代にもたらされた物品や生物(奴隷や捕虜、朝貢物としての人間から動植物まで)について、項目を設けて紹介している。
 事典的な構成で、一つ一つの事物についての解説は簡潔で平易で、それでいてかなりマニアックな領域まで及んでいる。唐代シルクロードに興味はあるけどよくは知らない人から詳しい人まで楽しめるだろうと思う。アメリカ人の視点による解説という点も新鮮だ。

 フィクションでもノンフィクションでも、欧米人が異文化について記述したもの(の邦訳)を読むと、その文化独自の事物を欧米人に馴染みのある事物の名称に訳し、それを邦訳者がそのままカタカナ語にしてあることが多い。琵琶やウードを「リュート」、横笛は一律「フルート」、裳は「スカート」、細身の刀剣は「サーベル」といった類だな。畳を「草のマット」、餅を「米のケーキ」とか。
 英語だとそう訳すのか、と感心することもあるが、なんでもかんでもカタカナ語で済ます邦訳者に呆れることもしばしばだし、そもそも原著者の訳自体が不適切だと思われるものも少なくない。昨日の『唐シルクロード十話』なんかは恰好の例だな。

 その点、本書の著者は「言語に対して非常に敏感で、外来語はすべて語源を探り、正確な英語に置き換えることを旨として」おり、それに応えて邦訳者の吉田氏も「安易なカタカナ語は使用しないという方針で」翻訳に臨んでいる。
 大変素晴らしい姿勢である。お蔭で、本書は大変漢字が多い。「突厥」「亀茲」「于闐」といった民族名・地名だけでなく、「駱駝」「羊」「山羊」「駝鳥」など日本語の動物名などもちゃんと漢字で表記されている。私は漢字が好きであり(嫌いだったら東洋史なぞ専攻していない)、日本語の動植物名がカタカナ表記になっているのは特に嫌いである。生物学関係でもないのに、ヒツジ、レイヨウ、サル、スギ等、カタカナ表記になってる本が多すぎるんだよ。

 だがしかし、なぜか本書にはルビが一切ない。犛牛(ヤク)、鬱金香(サフラン)、党項羌(タングート)等、()内に付してるものもあるが、徹底されていない。「花剌子」をホラズムと読める人がそういるとは思えんし、だいたいこの表記は唐代じゃなくて元代だ。
 内容自体は初心者でも大丈夫だが、日本語訳が大丈夫じゃない……

 訳者あとがきにもあるように、原著が古いので学説も古いのは致し方なし。それを差し引けば、非常に詳細で精確である。太宗の長男で奇行の多かった「突厥狂い」の李承乾を、「太宗の少し頭のおかしい皇子」と断じてたりする。

 本書は『唐シルクロード十話』の参考文献の一つだが(本書からそのまま引っ張ってきたと思われる挿話が幾つもあった)、バリー・ヒューガードの『霊玉伝』でも「サマルカンドの金色の桃」が言及される(本書の原題にあるgolden peachは「金色の桃」のことである)。
 ほかにも『霊玉伝』には「ソグド人の旋回舞踏の女性」が登場し、玉乗りをしているのだが、『サマルカンドの金の桃』もソグドの旋回舞踏すなわち胡旋舞を玉乗りとしている。踊り子たちの衣装を『サマルカンドの金の桃』では「真っ赤な衣に刺繍で飾った袖、緑色のダマスク織りのパンタロン、赤い鹿革の長靴」としていて、『霊玉伝』のほうも(今手許にないので確認できないが)同じような衣装だったと思う。

 胡旋舞と呼ばれた舞踏には二種類あって、一つは普通の旋舞、もう一つは玉乗りだった。後者は明らかに本場ソグドの民族舞踏ではなく、当時の中国では曲芸はすべて西域伝来と見做されていたので、玉に乗ってくるくる旋回することも「胡」旋舞と呼ばれたのだろう。かつては胡旋舞=玉乗りだとする日本人研究者が少なからずいたが、欧米でも同様だったのだろう(で、バリー・ヒューガードはその学説の正否はまったく気にしないだろう)。
 しかし『サマルカンドの金の桃』では、胡旋舞を玉乗りだとしたすぐ後に、安禄山や楊貴妃も胡旋舞を舞ったことを述べているんだが、「安禄山や楊貴妃が玉乗りをした」ということに疑問を持たなかったんだろうか。腹が膝まで垂れ下がるほどの大デブと汗かきの小デブが高速で旋回するダンスが得意だった、というのんにもだいぶ無理があるが、玉乗りをした、というほうがさらに無理があるじゃないか。

『唐シルクロード十話』感想

『霊玉伝』感想

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