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参考文献録

『カリーラとディムナ――アラビアの寓話』 イブヌ・ル・ムカッファイ 菊地淑子・訳 平凡社東洋文庫 1978 (「イスラム文化」)
 インドの寓話『パンチャタントラ』が6世紀にペルシア語訳されたものが、8世紀半ばにペルシア人によってアラビア語に訳されたもの(『マハーバーラタ』から採用した物語も含む)。

 何重もの枠物語で、王の求めに従って哲学者が寓話を語るというのが一番外側の枠である。寓話のほとんどは動物たちが主人公となっている。
 動物が人間のように考えたり振る舞ったりする寓話は世界各地に見出せるが、ペルシアにもアラブにも、そのように動物をある意味人間と対等に扱う精神風土はなかったそうである。だからこのアラビア語版の序章でも、訳者イブヌ・ル・ムカッファイはわざわざ次のように説明している。

 知識人たちが自己を理解させるために、あらゆる工夫を凝らし、その想像力を最大限に生かそうとするのは、いつの時代にも見られる現象である。インドの学者たちに、鳥獣の言葉を借りて、優麗にして完璧な言語の精髄ともいうべき本書を述作させたものも、同様の情熱であった。
 彼らが動物に語らせた理由は二つあった。完全に自由な表現が許されることと、広い領域から題材を選ぶことができるということである。

 つまりペルシア人にとってもアラブ人にとっても、動物寓話というのはまったく異質な、驚くべきものだったらしい。『カリーラとディムナ』は広く読まれたが、結局イスラム圏に動物寓話は根付かず、この後、少数の試みを除いて、新たな動物寓話が書かれることも、異文化圏から持ち込まれることもなかった。
 確かに、これまで読んだイスラムの説話や伝承に、人間のように考えたり行動したりする動物が登場することはほとんどない。人間が動物の言葉を理解できるというパターンなら幾つかあるが、これはソロモン王の伝説からの派生だろう。

 日本の昔話と同じ話が幾つかあった。「猿の生き胆」とか「鼠の嫁入り」とか。ほかに、川面に映った自分の影を別の犬だと思った犬の話や、鼠が猫に鈴を付ける相談をする話など、イソップと共通のものも。
 凍えている小さな蛇を憐れんだ男が、懐に入れて温めてやったところ、蛇は身体が動くようになるや男を毒の牙で噛み、「こうするのが私の本性だ」と言った、という話は類似したのんが『アラビアンナイト』にあった。ほかにアラブ・ペルシアの説話と共通する話はないようだ。

 一箇所、「あまりにも下品」という邦訳者の一存で短縮されている。70年代くらいまでだと、こういう「自主検閲」を受けてる古典作品の邦訳が時々あるよな。

 イブヌル・ムカッファイはペルシア人貴族で、異教徒のまま有能な書記官としてウマイヤ朝に初期として仕え、750年にウマイヤ朝が滅ぶと改宗してアッバース朝に仕えたが、757年に不明の理由によって処刑された。表向きの理由は背教者の疑いを掛けられたからだが、真相は不明。「最も残酷な方法」で処刑されたと伝えられるが、その方法も諸説あって不明だそうである。
 解説より、イブヌル・ムカッファイの略伝をノートに取る。

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