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参考文献録

『アラビアン・ナイトメア』 ロバート・アーウィン 若島正・訳 国書刊行会 1999(1983)
the arabian nightmare
『アラビアン・ナイト必携』(原著1994年、邦訳1998年)の作者の小説第一作。

 知識や批評能力は創作行為と関連してはいるが別物だということは、多くの人が解っているだろう。しかしもし他者の作品をあれこれ論評する人が実際に創作を行って、それが箸にも棒にもかからなかったとしたら、やはり多くの人が「自分のことは棚に上げといて……」と思わずにはいられないだろう。
 その点、『アラビアン・ナイトメア』は『アラビアン・ナイト必携』の著者(この二作品の著者が別人だと仮定して)の批評に充分耐え得る小説である。

 英国の青年バリアンは、シナイ砂漠の修道院への巡礼としてカイロを訪れたその日から、悪夢に悩まされることになる。カイロには、「アラビアの悪夢」という謎の伝染病が蔓延しているという噂だった。患者は毎晩夢の中で果てしない苦痛を味わうが、目覚めるとその夢を完全に忘れ去っている。だから誰が患者なのかはわからず、したがって噂が真実なのかどうかもわからない。
 バリアンは夢の内容を憶えているので、「アラビアの悪夢」病に罹っているわけではない。しかしそれゆえに、夢と現実の境界は速やかに消失していく。彼はカイロから出ようと街中を歩き回るが、出ることは叶わない(その苦闘もまた夢なのかもしれない)。

 都市の「闇」の領域を舞台とした作品といえる(「魔都もの」とでも呼ぶべきか)。魔術師まがいの怪しい学者とか怪しい教団とか怪しい組織とか、そういうんが人里離れた場所にじゃなくて、都市に巣食って暗躍してる。
 そういう外枠で、謎が謎を呼ぶ展開なわけだけど、著者の関心は夢(悪夢)と現実の混淆を描くことにあるので、結末で謎が解き明かされるわけではなく、謎解きを期待する人向けではない。まあ一応解明される謎もあるけど。

 私としては、メインとなっている夢と現実の混沌、あるいは怪しい連中の陰謀とかよりも、後半に挟み込まれる挿話「しゃべる猿の物語」が大層おもしろかった。アラビアンナイト風なのはむしろこのパートであり(猿にされた青年の物語はアラビアンナイトに収録されている)、『アラビアン・ナイト必携』の著者の真骨頂というべきだろう。
 時間潰しに語られた物語から、別の物語がどんどん派生していく。一つの物語が結末を迎えたところで、聞き手が「だが、どうして主人公は○○○について知ってたんだ?」といった質問をするので、語り部はそれについて新たな物語を語り始める。そのうち聞き手は大胆になってきて、一つの物語の途中で、「待ってくれ、そもそも×××なのはどうしてなんだ?」などと口を挟む。語り手はそれを拒みもせず、「私としたことがそれを話すのを忘れていた」と、中断して別の物語を始める……という具合に果てしなく展開していくかと思わせる。

 実際にはそうならずに強制終了されてしまうのだが、エンデの『果てしない物語』が、一つの物語から多数の(無数の)物語が果てしなく派生していく可能性を示しただけに留まったのに対し、『アラビアン・ナイトメア』は「無限の派生」を途中までとはいえ、実際に見せてくれる。

 この無限に展開していく挿話がメインであればよかったのに、と思う。外枠の「アラビアの悪夢」や怪しい連中の陰謀の物語とは一応繋がりがあるのだが、かなり曖昧な繋がりだし、挿話のパートのおもしろさに比べて、メインのほうは生々しい夢とも非現実的な現実ともつかない場面がずっと続いているので少々しんどい。自分がわりとよくそういう状態に陥るんで、その時の気分を強制的に蘇らされるというか。

 もう一つ難を言うなら、主人公バリアン、およびかなり重要な人物であるマイケル・ヴェインのキャラクターが曖昧なことだな。バリアンは巡礼の振りをして実はフランスのスパイだが、その動機を含めて過去がまったく語られないし、ヴェインは神学生崩れで現在はカイロの学者(魔術師)「猫の父」の手先だが、その波乱万丈の過去は駆け足で語られるだけだ。
「人物の掘り下げが足りない」とかそういう阿呆な物言いはしたくないんだが、しかしなんかなあ、もうちょっとこう……

 キャラを立たせることの功罪については措いとくとしても、問題なのは彼らが15世紀末の西洋人らしくないということだ。15世紀末の西洋人らしさとは何かというのも措くが、お蔭で舞台となるカイロも、別に15世紀末に設定しなくても、十字軍終了後、ナポレオン以前だったらいつの時代でもいいじゃないかと思えるんだよね。

 なお、ムハンマドの教友(直接の信者)の一人にアブー・フライラと呼ばれた人物がいるが、これは「仔猫の父」という意味で、彼が大変な猫好きだったことに由来する(ムハンマドも猫好きだったそうである。だからムスリムは猫好きが多い)。『アラビアン・ナイトメア』の「猫の父」は猫を実験に使ったりする奴だから、この名前は相応しくない。

『アラビアン・ナイト必携』感想

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