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参考文献録

『フェルハドとシリン』 ナーズム・ヒクメット 石井啓一郎・訳 慧文社 2002(1948)
 トルコ出身の詩人ヒクメット(1902-1963)による戯曲。
 タイトルでは全然気がつかなかったのだが、ニザーミーの『ホスローとシーリーン』に基づいた物語である。イランではシリン(シーリーン)という名はかなりポピュラーだが、トルコやアラブでは少なくとも一般的ではないようだ。だからペルシア語圏以外で「シリン」といったら、『ホスローとシーリーン』のヒロインしかいないわけだ。

 本書は『ホスローとシーリーン』の中の、シーリーンに恋した天才的な工匠ファルハードが、彼女を得るために、「岩山を穿って水路を開く」という難題に挑む挿話を基にしているが、フェルハド(ファルハードのトルコ語形)が天才的な工匠でシリン(シーリーンのトルコ語形)が高貴な女性、彼女を得るためにフェルハドが岩山に水路を開く、という要素を除けば、『ホスローとシーリーン』とはまったく別物の話となっている。
 すなわち、サーサーン朝皇帝ホスロー2世(在位590-628)は登場しないし、シリンもアルメニア女王の姪ではなくアルゼン(架空の国? アルメニアの古名とかではないようだ)の女王メフメヌ・バヌの妹ということになっている。
『ホスローとシーリーン』は元からあった伝説に基づいているが、『フェルハドとシリン』は別系統の伝説等が存在するわけではなく、ヒクメットが自由に創作したもののようだ。

『フェルハドとシリン』のテーマは、同じニザーミーの作品でも『ホスローとシーリーン』より『ライラとマジュヌーン』に近い。前者では男女の駆け引きが延々と続くが、後者ではライラに恋するあまりマジュヌーン(ジンに憑かれた者、狂人)になった青年が、彼女と会うことを禁じられたまま延々と恋焦がれ続ける。

『フェルハドとシリン』では、まず女王メフメヌ・バヌが死に瀕する妹シリンを救うため、謎の老人の力によって自らの美貌を手放す。メフメヌ・バヌの顔は醜く変わり果て、シリンは病が癒えただけでなく姉の美貌を得る。
 回復したシリンのために離宮が造られる。建設現場を見学に訪れた姉妹は、工匠たちの一人フェルハドに同時に恋をする。そしてフェルハドは、醜い顔を覆い隠した姉ではなく、絶世の美貌を露わにした妹に恋をする。

 メフメヌ・バヌは嫉妬に身を焦がすが、激情のままに振る舞うのではなく、シリンを与える条件として、水が汚染された都のために山に水路を穿つことをフェルハドに命じる(山があまりにも険しいため、工事はたった一人でするしかない)。
 何年も経つうちに、フェルハドは聖者として国中の人々の尊敬を集めるようになる。彼はレイラ(ライラ)への恋に狂ったメジュヌン(マジュヌーン)と比較される。
 さらに歳月が経ち、シリンへの愛ゆえに鎚を振るうフェルハドにとって、人々に水をもたらすためのこの苦役はシリンへの愛そのものとなる。ついにシリン自身が彼を訪れて姉の赦免を伝え、一緒に帰ろうと誘うが、フェルハドは拒絶する。彼にとっては、この先20年はかかる苦役を遣り遂げることこそが、シリンへの愛なのである。

 イスラム神秘主義思想では、恋人への愛は神への愛に埋没してしまう。恋人は神の被造物であり、被造物を愛することは神を愛することにほかならない。だから愛の対象である恋人は、ただの象徴に過ぎない。
『ライラとマジュヌーン』はそこまで神秘主義思想を明確に打ち出してはいないものの、愛の対象であるライラが象徴的な存在に過ぎないことは明白である。ある時、さすらい歩くマジュヌーンは「ライラ マジュヌーン」と書かれた紙片を見つける(ライラとマジュヌーンのことは人々の間で広く語り伝えられていたのである)。マジュヌーンは「ライラ」の文字を破り捨ててしまう。愛の究極の形は恋人(対象)との一体化であり、そうなればもはや対象すら必要なくなる、ということである。

 そういうわけだからなのか、ライラもシリンも非常に個性が乏しい。『ホスローとシーリーン』でシーリーンの意思の強さと揺れる心を描いたニザーミーだが、『ライラとマジュヌーン』では、ライラの魅力はほとんど美貌しか語られていない(その美貌も死の間際に失われてしまう)。
『フェルハドとシリン』でも、シリンは姉から譲られた美しい顔以外、魅力といえるものは一切ない。軽率なのはまだ15歳だからということにしても、美しいのは顔だけで、身体は「姉と並べば、杉の傍らにある柳のよう」である(中東では美女の肢体は杉に喩えられる)。一方、姉メフメヌ・バヌは顔こそ醜くなったものの美しい肢体を保ち、女王としての権力とそれに相応しい威厳も備えている。
 ヒロインへの愛はもっと大きなものへの愛の仮の形だから、ヒロインに個性は必要ないのである。ニザーミーもヒクメットも、どこまで意図してるのかは不明だが。

 神秘主義思想は、恋人(被造物)への愛を神への愛に発展させるが、ヒクメットが恋人(個人)への愛を博愛に発展させているのは、社会主義者だからなんだろうな。本作を獄中で執筆した3年後の1951年、ソ連に亡命し、63年にモスクワで没している。しゅ、粛清されなくてよかったね。まあ国際的な著名人だったようだから無事だったんだろう。
 粛清どころか、この『フェルハドとシリン』を基にバレエが『愛の伝説』が創作され、訳者の石井氏は中学生の時(1970年代後半)、ボリショイバレエの来日公演をTVで観たという。ググったら、『愛の伝説』は近年もロシアのバレエ団で上演されている。

 石井氏は本書をトルコ語原書から訳しているし、先日読んだ『サーデグ・ヘダーヤト短篇集』と『生埋め』もペルシア語原書から訳している。で、大学はイスパニア語学科卒業である。世の中には凄い人がいるなあ。てゆうか、『わたしの名は紅』もこの人に訳してもらいたかったなあ。

『ホスローとシーリーン』感想

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