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参考文献録

『遥かなる野望』 ジョゼ・フレーシュ 番由美子・訳 ランダムハウス講談社 2005(2003)
le toit du monde
 えーと、原題は「世界の屋根」か。ヒマラヤが主な舞台になってるようだから、まんまヒマラヤのことだな。
 ギメ美術館の中国セレクションの学芸員という経歴を持つ著者による、則天武后を主人公とした歴史小説『絹の女帝』(l’imperatrice de la soie 発音記号は面倒なので省略しました)三部作の第一部。

 参考資料として読んだものは、参考になろうとなるまいとすべて記録してるわけだけど、途中までしか読まなかったものは記録すべきか否か、迷うところだな。まあとりあえず、本文550頁の文庫本の半分までは読んだわけだし。

 太宗の後宮にいたヒロインが、太宗の死により尼寺へ送られたことで熱心な仏教徒となり、さらに不本意ながら高宗の後宮に召され、仏教を中国の国教とするのが仏から与えられた使命だと信じるに至る。そこに仏教、マニ教、ネストリウス派キリスト教、ゾロアスター教の各教団の思惑が入り乱れ……と、粗筋だけ聞くとおもしろそうなんだけどね。
 文章も構成も、全体から細部に至るまで、いちいちことごとく凡庸かつ拙劣で、しかもまわりくどく要領を得ない。
 いやー、私は趣味で読む小説に関しては好き嫌いがかなり激しいんだが、資料として読む小説に関してはあまり選り好みをしないというか、いろいろ耐性が高いんだけどねえ……これは耐えられんかった。物事には限度というものがあります。

 専門家だけあって知識がないことはないんだが、その薀蓄というか解説というかが、いちいち引っ掛かってなあ。当時の中国は人口が世界最多の国だってことを、なんで則天武后が知ってんだとか(そうだと「思っている、信じている」のと「知っている」のは違うだろ)。「小乗仏教」という呼称が、侮蔑を含んだ他称だと解説するんだったら、その信徒たち(最高位の僧まで含む)に「小乗仏教」と自称させんのはどうよ、とか。

 街並の描写が碌に行われてないのは知識の欠如の現れだろうし、盗賊が出没するような地を最高位の聖職者がたった一人で、しかもその宗教集団の存亡に関わるような重要な宝物やら文書やらを携えて旅するってのは、知識というより思考力の欠如だな。
 乾燥地帯で葡萄酒が壺じゃなくて樽に入れられてるのは、知識と思考力の双方の欠如。たとえ知識がなかったとしても、ちょっと考えればわかるだろう。

 歴史は必然よりも偶然に負っている割合が大きいから、必然の部分さえ無視しなきゃ、フィクションでいくらでも改変すればよろしい。木の少ない土地では樽が大量に作られることはない、というのは「必然」である(別に歴史に限定されないが)。

 他山の石にせんとなあ、と思わされたという点では、「参考」になったのか?

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