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参考文献録

『ハジババの冒険』 J・モーリア 岡崎正孝/江浦光治/高橋和夫・訳 平凡社東洋文庫 1984(1824)
the adventures of hajji baba of isphan
 全2巻。

 この参考文献録は、ブログを書いてる時間がない・書くことがないが、それでは侘しいという理由で、もともと付けてた読書録から資料として読んだものだけ公開することにしたものであり、決してひと様に本をお勧めするためのものではないんだが(それでもなるべく内容には言及するよう努めているが)、今回の本は力強くお勧めさせていただきますよ。
 いや、これまで読んだ東洋文庫の文芸本って、たいがいググると幾つかは感想が見つかるものなんだが、この『ハジババの冒険』は100件目まで遡ったうち感想はたった1件。なんで? 普通におもしろいのに。というわけ。

 作者のジェイムズ・モーリアは父方はフランス系、母方はオランダ系で1780年ごろトルコで生まれ、少年時代にイギリスに帰化。成人後、再び中東に赴く。1816年まで東インド会社に勤務し、イランには計6年間滞在した。
『ハジババの冒険』は、中東での体験を基に書かれた、イラン人ハジババの一人称による半生記を著者が訳した体裁の小説である。エスファハンで床屋の息子に生まれた主人公が、ちょっとした冒険心からイスタンブル行きの隊商に加わるが、あっという間に盗賊に捕らわれ、以後、紆余曲折の人生を辿る。

 主人公ハジババは暴力こそあまり好まないが、人を騙すことをなんとも思っていない舌先三寸の青年である。ただし、遭遇する人々の半数くらいは彼を上回る詐欺師や悪徳官僚・聖職者なので、始終痛い目を見ることになる。
 著者はフランスの作家ルサージュのピカレスク小説『ジル・ブラース物語』(1724年。岩波から邦訳が出ている)を参考にしたそうだが、イスラム圏には『マカーマート』や『千夜一夜』の「女ペテン師ダリラとその娘の女いかさま師ザイナブとが、 蛾のアフマードやペストのハサンや水銀のアリとだましあいをした物語」など、西洋に先んじてピカレスクものが存在する(というか、イスラム圏のものがスペインのピカレスク小説の原型だという説も)こともあってか、19世紀初頭当時のイラン人の一人称小説として不自然さは感じられない。

 各章のタイトルは「第1話 ハジババの生い立ちと教育」、「第2話 ハジババ、旅に出たが、トルコマン族に襲われ、捕まる」、「第3話 ハジババ、剃刀で幸運を拾う」、「第4話 ハジババ、前の主人の金を取り戻し、わがものとする」、「第5話 ハジババ、盗賊に加わり、故郷を襲う」、「第6話 三人の捕虜と分捕り品のこと」……といった具合で、転がるように話が進んでいく(1話1話も短い)。
「現地民」の一人称小説だろうと、欧米人の著者の偏見が滲み出ていたり溢れ出ていることは往々にしてあるが、『ハジババの冒険』の身も蓋もない騙し合いに、特にそうした偏見は感じ取れない。これもピカレスク小説であるのが理由の一部ではあるだろう。そもそもピカレスクものやノワールって、舞台や主人公の人種(民族)にかかわらず、「読者が属さない文化圏」へのエキゾティシズムの側面があるからな。
 それに、本作は半世紀余り後の19世紀後半に、改革派イラン人が当時のイラン社会を批判する目的でペルシア語訳してるくらいだから、描写されてるイラン社会の腐敗振りはそれなりにリアルなものらしい。

 そういうわけで、19世紀初めのイラン~トルコを舞台にした軽いピカレスク小説として普通におもしろいんで、興味を持たれた方は是非読んでみてください。

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