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参考文献録

『ルバイヤート』 オマル・ハイヤーム 小川亮作・訳 岩波書店 1983
 ハイヤームの生没年は1040?-1123?。酒と恋の快楽を詠った詩が多いので、自ずとハーフィズ(1320?-1390)と比較した鑑賞になる。まあ類似よりは相違のほうが目に付くが。

 まず表面的なとこからいくと、ハーフィズが酒と恋(というか、もっと直截に「性の愉しみ」)を同等に挙げているのに対し、ハイヤームは酒が主で、恋(性)はついでという感じ。
 それゆえか、ハーフィズによる恋人の描写は表現が多様で、言葉が尽くされている(とはいえ、いずれも紋切り型で、個々人の区別がつけられていないばかりか美女なのか美少年なのかすら判然としない)。一方、ハイヤームの描写は簡単で工夫は感じられず、「チューリップの美女」という表現が何度も繰り返されている。

「酒と恋の愉しみ」の位置付けも異なる。どちらも、現世を虚しいものとし、酒と恋の快楽をある種の逃避手段としている点は共通している。しかしハーフィズが酒と恋をあの世の快楽の代替物とし、ひたすらあの世への憧憬を詠っているのに対し、ハイヤームは「この世は虚しいが、約束された死後の世界の幸福もまた虚しい」という来世否定を一貫して詠い、酒と恋の快楽自体については、「どうせ虚しいなら、せいぜい楽しもう」というスタンスで言及されているに過ぎない。

  天国にはそんなに美しい天女がいるのか?
  酒の泉や蜜の池があふれてるというのか?
  この世の恋と美酒を選んだわれらに
  天国もやっぱりそんなものにすぎないのか?(第88歌)

  なにびとも楽土や煉獄を見ていない
  あの世から帰って来たという人はない
  われらのねがいやおそれもそれではなく
  ただこの命――消えて名前しかとどめない!(第91歌)

  九重の空のひろがりは虚無だ!
  地の上の形もすべて虚無だ!
  たのしもうよ、生滅の宿にいる身だ
  ああ、一瞬のこの命とて虚無だ!(第101歌)

 20世紀前半のイラン人作家サーデク・ヘダーヤトは死への強い憧憬を作品の主題としており、「ルバイヤート」をその憧憬を詠ったものとしている(『生埋め』所収「S.G.L.L」)。
 しかし実際に読んでみると、ルバイヤートは確かに無常観が基調となっているが、詩または死後への憧れを読み取ることはできない(むしろそうしたものを否定している)。まあ少なくとも、この邦訳を読んだ限りはね。

 死後の世界の否定ということは、すなわち神の否定であり、こういう反イスラム的な側面が、ルバイヤートが非イスラム圏で人気のある大きな理由なのだろう。しかし、訳者による解説は、反イスラム的要素を強調しすぎている。しかもイスラムを貶める方向でだよ。
 別にイスラムを擁護する気はないが、こういう偏向を見せられると、邦訳まで意訳とまでは言わないが恣意的な言葉の選択が行われてるんじゃないかと疑ってまうよ。

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