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ハルシオン・ランチ

 今年最初の鑑賞記がこれっつーのも、あれだな。

 ものすごくテンションの高い、脱力系ギャグ漫画。沙村広明・作、講談社・刊。
 雑誌で読んだ時は、「わりとおもしろい」程度の認識しかなく、3月の刊行から数日後に「とりあえず買っとくか」くらいの気持ちで入手したのだが、妙に中毒性があって繰り返し読んでしまい、気がついたら「かなり、いや、すごく好きかも」。

「おひっこし」以上にわからないネタが多いが、わからなくてもおもしろい。とりあえず、黒夢子(クロム)ちゃんがヤのつく自由業の人を食べた時の擬音、「ぱふぁ バツン」は、『寄生獣』にあったよね。手許になくて確認できないが、パラサイトが最初に人を食った場面だったと思う。続く「ブショッ ぐっちゃ ぐっちゃ ぐっちゃ ぐっちゃ」もそうだっけか。
 でも実際、冷蔵庫を開け閉めする音も、「ぱふぁ バツン」だよな。黒夢子ちゃんやマミ子の再登場はあるんだろうか。
 あと、進次とトリアゾを拉致した謎の男たち(5人)の話す外国語の日本語訳が、本当に戸○奈津子風だったことに、甚く感心してしまった。

 「マッコリを?」
 「もらおう」
 「将軍に報告せにゃ」
 「二人と?」
 「人数など!」

 ……と、読んでない人にはなんのことかまったく意味不明であろう感想を書いてしまいましたが、きちんと説明しても間違いなく意味不明であろうカオス漫画です。絵柄が以前に増して劇画調になってるのも、カオス度を増してる要因だなあ。『シスター・ジェネレーター』は収録作の描かれた時期がバラバラだから、劇画調化に気がつかなかったんだが。
 しかし単にカオスなのではなく、立派なSFギャグ漫画として成立しているので、今後も「SF」の部分が取れないまま進行してほしいと思うのでした(私が「SF」と言った場合、褒め言葉です)。

 今後といえば、まだ単行本には収録されてない第6話では、化野元(あだしのげん。主人公)の家族とか出てきて、何か「ちょっといい話」に向かいそうな向かわなさそうな気配が立ち込め始めているので、ちょっと心配です。
「おひっこし」で「いい話オチ」、「涙のランチョン日記」で「いい話に見せかけたネタオチだけど、いい話オチと思おうと思えばできる」をやっているので、『ハルシオン・ランチ』では異なる決着をつけていただきたい。例えば、いい話オチを完膚なきまでに叩き潰す、とか。件の第6話では、わりと叩き潰されてましたが。

 ところで、どうも私が述べる感想(評価)は口頭・記述を問わず誤解を受けやすいようで、絶賛してるのにクソミソに貶してると思われたり、罵倒してるのに「わりとおもしろい」と言ってると思われたりしがちです(物書きとしてどうかと思われる)。
「ブラッドハーレーの馬車」とか「ブラッドハーレー」でググると、このブログに書いた感想がわりと上のほうにヒットするようですね。なので、『ブラッドハーレーの馬車』の私の感想を読まれて、あれが褒めてるのか貶してるのかよくわからない方もいるのではないかと思うので、ここで少々補足。

 まず賞賛すべきは、絵の方面での技巧の高さである。これを否定する人はそういまい。その技巧を惜しみなく注ぎ込んで描いているのが、「悲惨萌え」である。
「悲惨萌え」自体は、かなり人口に膾炙した嗜好だろう。しかし、それを自覚している人はあまりいないと思われる。なぜなら世の中に出回っているフィクションまたはノンフィクションで、「悲惨なシチュエーション」を包含するものは多いが、それらはほぼ例外なく物語にカタルシスをもたらすための道具でしかないからだ。
「悲惨なシチュエーション」は物語というオブラートにくるまれ、それに萌えた鑑賞者も、己の嗜好に正面から向き合わずに済んでいる。

 しかし『ブラッドハーレーの馬車』は、「悲惨なシチュエーション」のみを描いている。物語らしきものは一応あるが、それはシチュエーションを作り出すための道具でしかない。しかも悲惨さの度合いも半端ない。
 物語のカタルシスという欺瞞を取り去った(少なくとも商業漫画でできる限界まで)「悲惨なシチュエーション」は、到底萌えられる(もっと直截には劣情を催す)代物ではない。『ブラッドハーレーの馬車』は、欺瞞に保護されてきた読者に、「悲惨萌えってのは、つまりこういうことなんだよ」と眼前に突き付ける鏡である……と言いたいとこだけど、これを読んで己の欺瞞に気づく悲惨萌え読者ってのも、そういないだろうけどね。徹底的に拒絶するか、どうにかオブラートを作り上げて包み込むかどちらかでしょう。

 何より素晴らしいのは、絵的な技巧の高さ、「悲惨なシチュエーションを生み出す道具としての物語作り」の巧さ、「悲惨なシチュエーション」それ自体、そして作者の「悲惨萌え」にかける情熱が渾然一体となって、ギャグ漫画として読むことをも可能としている点である。作者の意図が奈辺にあるのかは、もちろん一番どうでもいいことです。

 で、結局私は『ブラッドハーレーの馬車』を褒めてるのか貶してるのか、どちらなのかというと、さてどちらでしょう? 関西在住が長かったからねえ。判断は各自にお任せします。

 それはともかく、『ハルシオン・ランチ』では「嘔吐」という大層特異な嗜好が中心に置かれていますが、私をはじめそのような嗜好が理解できない一般の人たちは、ギャグとしてスルーすることが可能です。

 

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