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参考文献録

『イスラームの生活と技術』 佐藤次高 山川出版社 1999 (「イスラム文化史」)
 世界史リブレット。
「生活と技術」といっても、紙と砂糖についてだけで、しかも砂糖についての記述は紙の倍はある。同じ著者による『砂糖のイスラーム生活史』のほうが詳しかろうから、そっちを読むことにする。15頁ほどの紙とインクについての章からノート。
 私は下で述べるように、タラス河畔の戦い以前から、紙はある程度イスラム圏に伝わっていたと考えているが、本書はタラス戦以前の伝播を否定している。

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「製紙法の西伝」 藤本勝次 (『シルクロードの文化交流――その虚像と実像』 同朋舎 1981) (「イスラム文化」)
 西アジアへの伝播についてのみノート。
 タラス河畔の戦いの武将ズィヤード・ビン・サーリフが紙漉き工を捕虜にしたことから、製紙法が伝わった、という記録は、サアリービー(961-1038)によるものが最も早い。しかしイブン・アンアディーム(935頃-990)は、中国からホラーサーンに紙が伝わったのはウマイヤ朝時代(661-750)とアッバース朝時代(750-1258)の新旧両説がある、としている。

 8世紀初めにソグド地方で紙文書が発見されてることにも言及してるのに、タラス戦以前に紙が伝わっていたことは疑問視している。製紙が蔡倫以前にさかのぼることも疑問視してるんだよね、この藤本氏は。

 前嶋信次氏の「タラス戦考」は、アリー・ビン・ムハンマドという人物が、サマルカンドに製紙法が伝わったのは650年頃で、706年にはメッカでも紙が製造されていたと伝えている、と述べる。このアリー・ビン・ムハンマドなる人物が何者なのか、まったく触れられていない。この伝承はギボンの『ローマ帝国衰亡史』からの引用で、さらにその原典は前嶋氏も発見できなかったようだ。
 藤本氏も、アリー・ビン・ムハンマドが何者か調べがつかなかったそうで、いったい何者なんでしょうね。

 私見では、中国本土~タリム盆地では、紙の原料はいろいろあったが樹皮中心、ソグディアナ以西は亜麻布のみだから、樹皮→亜麻への切り替えにはそれなりの時間が必要だったと考える。で、すでに8世紀以前にソグディアナ~ホラーサーンで亜麻紙製造技術がある程度確立しており、アラブ人たちも紙の存在をある程度は知っていたからこそ、捕虜になった紙漉き工の技術が活用されたんじゃないかと。

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