« 第九地区 | トップページ | 参考文献録 »

参考文献録

『ヴィースとラーミーン――ペルシアの恋の物語』 グルガーニー 岡田恵美子・訳 平凡社 1990
 カスピ海南東岸のグルガーン出身のグルガーニーによって1040~50年頃書かれた長篇叙事詩。
 訳者解説では、「ここで扱われる時代は「イスラム以前」のパルティア期(前3世紀~後4世紀)」としか述べられていない。『ゾロアスター教――三五〇〇年の歴史』(メアリー・ボイス)によると、パルティア期のいつ頃かに成立した「原典」がグルガーニーの時代までは存在し、彼はそれをペルシア語訳したのだという。
 原典そのままの「翻訳」と見るのは甚だ疑わしいが、確かにグルガーニーの『ヴィースとラーミーン』は、ゾロアスター教の祭祀や習慣をかなり反映していると思われる記述が多い(王による拝火教神殿への寄進、兄妹婚など)。ボイスはそれらをパルティア時代に実際に行われた信仰の反映とし、資料として用いている。

 内容はというと、モーバド王の妃ヴィースと王の甥ラーミーンの不倫物語という、甚だ非イスラム的なものである。しかも、二人が結ばれるハッピーエンドである。
 イスラムで不倫とされるのは、夫のある女が別の男と、というパターンだけである。これは文字通りの不倫(イスラム法の刑罰対象)なので、『ヴィースとラーミーン』は後世、大いに批判されることになった。しかし一方で人気もあったので、こうして残っているわけである。
 イスラム古典文学の中には、イスラム以前が舞台なのに登場人物がムハンマドを讃えたり、そこまでひどくなくても時代考証を完全に無視した比喩がなされていたりというのんが偶にある(そういうことはイスラム古典文学に限らないが)。しかしグルガーニーは『ヴィースとラーミーン』にイスラム以後の要素を持ち込まないよう注意しているようである。まったく持ち込まれてないわけでもないけど。
 それだけパルティア期の「原典」に忠実だということであり、またイスラムの道徳を基準に非難されたら、「だってイスラム以前の話だから」って言い逃れするつもりだったんだろうなあ。

 ヒロインの夫であるモーバド王(「モーバド」とはゾロアスター教の高位神官の称号)が、高潔で偉大な人物として描かれてる一方で、話の展開上ヴィースのラーミーンの恋路の障害になってくると、途端に邪悪で愚かな卑劣漢扱いされるのがなんとも。障害にならない展開になると、また高潔で偉大な王として描かれるのである。で、終いには狩の最中の事故で都合よく死んでくれる。

 作品が書かれたのは、オマル・ハイヤームが生まれたのと同時代なわけだけど、『ルバイヤート』よりも遥かに比喩の種類が豊富だ。その比喩も、訳者解説にもあるとおり100年以上後のニザーミー(生没年1141-1209)よりは単純であるが、ニザーミーのほうは第2作の『ホスローとシーリーン』ですでに技巧が頂点に達してしまい、3作目の『ライラとマジュヌーン』では早くも類型化・形骸化の兆候が見え、4作目の『七王妃物語』ではすっかりつまんなくなっている。
 一方、『ヴィースとラーミーン』は、先人たちによって技巧が究められていない分、作者グルガーニーの独創性が発揮されており、活き活きとした描写が展開されている。それに、戦闘や狩の場面はグルガーニーのほうが読み応えがあるよ。ニザーミーのんは描写がほんまにおざなりやからな。

 分量はかなり多いが、後半のかなりの部分をヴィースとラーミーンの手紙の遣り取りが占める。登場人物たちの手紙を収録する「書簡形式」はニザーミーも採用しているが、いつ誰が始めた形式なんだろうなあ。

|

« 第九地区 | トップページ | 参考文献録 »

参考文献録」カテゴリの記事