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参考文献録

『沙漠のバラの戀物語』 モンテルラン 堀口大學・訳 新潮社 1955(1953)
L’histoire d’amour de[la rose de sable]
 アンリ・ミロン・ド・モンテルランという1896年生まれの作家については全然知らなかったんだが、邦訳者が堀口大學である。昔の海外文学って、意外な人が邦訳してんなあ。『赤い星』の大宅荘一とか、『ドリトル先生』の井伏鱒二とか。

 1932年に脱稿し、そのままお蔵入りにしていた長編『沙漠のバラ』la rose de sableから恋愛的要素だけを取り出し、加筆修正したのが本作品らしい。『沙漠のバラ』が出版されなかったのは自主的に断念したためで、その理由はフランスの植民地政策に対しあまりに批判的すぎる、というものだったそうな。
 ちなみに著者まえがきによると本篇『沙漠のバラ』は『戀物語』の二倍強だそうで、邦訳版『戀物語』は二段組み170頁余り。それほど長くないはずだが、たいそう退屈でございました。
 新潮社は1940年代末からこの作者の作品を何冊も刊行してるので、その流れで原著刊行から2年しか経ってない本作品も邦訳されたらしい。しかしフランス国内での評価はどうだったんだろうね。

 モロッコの奥地に赴任した若い将校が、駐屯地のアラブ人慰安婦を甚く嫌悪し、無垢な少女を愛人にすることを思いつく。ラーマという十五歳にもなっていない少女はあっさり彼のものになったので、そのことでまた彼は失望するが、やがて彼女を愛するようになる。しかし彼女とはまったく心を通い合わせることができない。通い合わせることができたと思ったのも幻想に過ぎず……

 という話で、これから察するに、元の長編『沙漠のバラ』が「フランスの植民地政策に対する批判」として「土民(原文ママ)の利益のために」書かれたというのは、つまり「アラブ人(をはじめとするすべての有色人種)というのは愚鈍で怠惰で動物同然で啓蒙は不可能。そしてフランス人のほうも彼らに対する優越感を捨てられないのだから、相互理解なぞあり得ない。だから自国民の犠牲を払って植民地を維持するのは『悪』である」ということらしい。やれやれ。

 1930年代初頭当時でも相当陳腐だったと思うんだが、「凡庸な善人」として描かれる主人公の造詣はそこそこおもしろい。
 またオリエンタリズム小説というのは、ほかにどんな問題があろうと情景描写が巧みなのんが多いように思うのだが、本作もその裏付けとなると言える。ただし本作の場合、印象に残ったのは美しい情景ではなく、夏のモロッコの過酷な暑熱の描写、特に夜になると部屋の壁一面に止まって眠る蠅の群れを主人公が焼き殺す場面である。ちなみに作者自身も、北アフリカで軍隊勤務の経験がある。

『沙漠のバラ』から『戀物語』を抽出した際、主人公の友人で画家であるギスカールについて二つの章が加筆されているのだが、これが輪を掛けて陳腐で退屈なのであった。「自由かつ退廃的な画家」の描写が斯くも凄まじく陳腐で退屈なのは、作者の絵画に対する無知と無関心が原因だと思われる。
 主人公は愛人となった少女をこの友人と共有したいと思い付くのだが、当時はそういう申し出をあからさまに口にすることはできなかったらしい。それで表面的な理由として彼女を絵のモデルにしてもらおう、ということになったのであった。
 つまり、ギスカールが画家である必然性はそのためだけだったので、作者は彼を画家として書くことに関心がなかったのだろう。それにしたって1930年代初頭といえばモダニズムは百花繚乱の状況で、画家ギスカールがどれほど「でたらめ」な人間かを述べるのに、モダニズムほど適した材料はないだろうに、彼の画風には一言も言及していない。やる気がなさすぎ。

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