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参考文献録

『ブハラの死刑執行人』 サドリーディン・アイニ 米内哲雄・訳 日本図書刊行会 1997
 アイニ(1878-1954)はブハラ汗国(現ウズベキスタン)出身で近代タジク文学の開祖とされるが、本書はロシア語からの重訳のようだ。中編「ブハラの死刑執行人」(1920)とその倍の長さの「高利貸しの死」(1939)を収録。

「開祖」と呼ばれるのは、つまり彼以前はタジク語で小説を書く形式が確立されていなかったということであり、初期の「ブハラの死刑執行人」はそのことがありありと判る作品。
 死刑執行人たちが仕事の合間にさまざまな逸話を語り、その逸話の中でさらに別の逸話が語られたりもする、いわゆる「枠物語」の形式になっている。
 現代の作家が『アラビアンナイト』を意識して「枠物語」の形式を採用するのとは違い、アイニの場合はそれが彼にとって馴染みのある「文学」の形式だったからではないかと思われる。そこへ西洋式の「リアリズム」を取り入れようとしたからなのか、「枠」の中の物語の途中で、聞き手たちがしばしばツッコミを入れる。

 そしてこれは邦訳者の責任でもあるのだろうけど、「」や『』、“”の使い分けに一貫性がなく、そのうえ‘「’で誰かが語り始めても、その台詞が‘」’で閉じられることなく別の人物の台詞が始まったり地の文に戻ったりするのである。もう何がなんだか。
「高利貸しの死」のほうには、そうしたカギカッコの問題はなかったので、まるで原著の技術レベルに邦訳者も合わせているかのようである。いや、そんなはずないんだろうけど。なんなんだ。
 末期のブハラ汗国を批判・風刺する作品なわけだけど、その矛先がエミール(支配者)の暴虐なのか、官憲や宗教人たちなのかはっきりしない。まあこれも技術的な問題だろう。

「高利貸しの死」は、小説として遥かに技術が向上している。十月革命前夜のブハラの金銭にまつわる腐敗ぶりをおもしろおかしく描き出すことに成功している。
 小説(別の分野でも)の最も標準的な物差しに当て嵌まる作品だけを評価し、それに当て嵌まらない作品はすべて、別の物差しによって作られている作品も、単なる下手くそも一緒くたにして否定する。或いは単なる下手くそを、斬新だとかなんとか言ってやたらと持ち上げる。
 そういう真似はしたくないのだが、アイニが書こうとしていたのはあくまで「小説」、それもソ連で標準的と認められる小説だったと思われる。何しろ彼はソ連最高会議代議員を務め、晩年には初代タジク科学アカデミー総裁にまでなっている。
 というわけで、少なくとも本書収録の二作品はそういう物差ししか必要としておらず、それで測れば「ブハラの死刑執行人」は単なる未熟、「高利貸しの死」は、物差しに忠実に作られたそこそこ巧い作品(物差しからはみ出している部分は単なる失敗)、ということになる。

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