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参考文献録

『マルドリュス版 完訳千夜一夜』 豊島与志雄/渡辺一夫/佐藤正彰/岡部正孝・訳 岩波書店 (1899-1904)
Mille nuits et une nuit
 全13巻。三ヵ月余り掛かって読み終わる。あーやれやれ。
「マルドリュス版 千夜一夜」(フランス語)の完訳。東洋文庫のアラビア語原典からの邦訳以来、千夜一夜(アラビアンナイト)の完訳を読むのはほぼ7年ぶりである。
 
 バートン版とマルドリュス版の評価(これらが読まれていた当時の)を要約すると、バートン版は自らの好色で下品な嗜好に合わせて原典を好き勝手に改変したもの、それに対してマルドリュス版は原典に忠実な上に上品で文学的価値が高い、ということになるようだ。
 しかし『必携 アラビアン・ナイト』によると、マルドリュスのアラビア語の知識はかなり疑わしく、翻訳の正確さ、という点ではバートンに軍配が上がるという。
 バートン版は子供の頃、一部を読んでその下品さに仰天したのだが、それに比べてマルドリュス版が上品かというと、いや、充分下品だよ。下ネタ箇所の表現は、東洋文庫版は非常にあっさりしている。ただしそれが原典どおりなのか、邦訳者氏たちの自粛によるものなのか、私には知る術がない。

 東洋文庫版の読破は、いろいろと得たものは大きかったものの、フィクションを読む楽しみとはほとんど無縁な(完全に無縁ではなかったものの)、ひたすら忍耐力を試される苦行であった。
 マルドリュス版は、東洋文庫版には収録されていない話を多く含み、また東洋文庫版と共通する話も、細部はかなりの違いがある。東洋文庫版にあってマルドリュス版にない話も、少数だがあった。
 全体として、マルドリュス版のほうが東洋文庫版よりも相当読み易い。相当読み易い、ということだけでも、マルドリュスによって相当改変されている証左である。後になるほど原典版にない話が多くなるが、それらはいずれもプロットが整然としたものが多く、西洋人による捏造もしくは相当な改変が疑われた。882夜~886夜にかけて連続して語られる「足飾り」および「王女と牡山羊の物語」は、それぞれ「シンデレラ」と「美女と野獣」(もしくは「プシュケーとアモール」)の歴然とした剽窃である。ほかにも、ヨーロッパのいろんな昔話を継ぎ接ぎして東洋風に味付けしたような話が多い。971~996話の「知識と歴史の天窓」と「ジャアファルとバルマク家の最期」とは、『千夜一夜』とは無関係な史書か何かから採ったと思われる。
 しかし、フィクションとしての純粋なおもしろさが東洋文庫版より多かったのは、やはり西洋人の手が加わっているお蔭であろう。私自身の知識も7年前より確実に増加しているので、いわば再読であるにもかかわらず、学術的にも改めて得るところがあった。

「世界児童文学集」みたいなのんに収録されてるのんには、大人向けの古典をリライトしたものが結構あったりする(ラヴクラフト作品まであるそうな)。だから古典を読んでると、意外な再会をすることもある。
 児童文学としてのアラビアンナイトの話の多くは、原典版にはないものが多い(アラジンとかアリババとか)。マルドリュス版9巻所収の「処女の鏡の驚くべき物語」もその一つである。子供の頃読んだのは、次のような話であった(タイトルは「ダイヤモンドのしょうじょ」みたいな感じだったと思う)。

 若い王様が、父の遺言で、ダイヤモンドでできた乙女の像を手に入れようとする。それを所有していたのは魔法使いの老人で、「美しい姿と心を持つ生きた乙女」と引き換えに譲ってやろう、と言う。老人は王様に、美しい心の持ち主でなければ映らない魔法の鏡を渡す。
王様は世界各地を回り、美しい乙女を募っては鏡に映してみる。数多の乙女たちが応募したが、鏡に映るものはいなかった。遍歴の末にようやく鏡に映る乙女を見出し、老人の許へと連れていく。老人は美しい心の乙女を受け取り、ダイヤモンドの乙女は王様の宮殿に魔法で届けておく、と約束する。王さまは帰路につくが、乙女との別離が心を苛む。
宮殿に戻った王さまが見出したのは、ダイヤモンドの乙女ではなく、あの美しい心の乙女であった。

「処女の鏡の驚くべき物語」の大筋は、記憶にあるお話とまったく同一であった(いや、今まですっかり忘れてたんだけど)。「大人向け」と「子供向け」の決定的な違いは、ダイヤモンドの乙女と交換される乙女の条件で、「姿も心も美しい」ではなく、「姿の美しい処女」なのであった。で、魔法の鏡に映し出されるのは、女たちの陰部というわけである……確かに、肉体の「清らかさ」を心の「清らかさ」に置き換えるだけで、完璧な子供向け教訓話になるけどさあ……それだけで済む問題か?

 思いがけない「再会」はもう一つあり、こちらは児童文学ではなく、マイケル・クライトンの『北人伝説』の中の挿話「アブ・カシムのスリッパの話」であった。
『北人伝説』は、イブン・ファドラーンの『ヴォルガ・ブルガール旅行記』という実在の書物(平凡社東洋文庫から邦訳が出ている)の翻訳、という体裁を取っているが、その実、原典に忠実なのは序盤部分だけで、残りはクライトンの嘘八百、もとい好き勝手な創作である。
「アブ・カシムのスリッパの話」はその創作部分で語られる「アラブの昔話」である。
 マルドリュス版の、アラビア語原典には含まれない話の一つ、「減らない草履」(10巻所収)が、まさにそれであった。さて、「アブ・カシムのスリッパの話」を「アラブ文化の中に古くからあるもの」と解説したクライトンは、これがアラビア語原典には収録されていないことを知ってたのか知らなかったのか。

 そういう楽しいこともあったし、7年前に比べると私の忍耐力もかなり向上しているはずである。しかし、それにもかかわらず、やっぱり今回も「苦行」であった。もううんざりですよ。
 ともかく、これのお蔭で忍耐力がさらに向上したのは確かなので、また7、8年かそれ以上経ったら、バートン版も攻略しようと思う。

『北人伝説』と『イブン・ファドラーンの旅行記』読み比べ

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「サファヴィー朝の時代」 羽田正 (『世界の歴史15 成熟のイスラーム世界』 中央公論社 1998) (「サファヴィー朝」)
 次作は8世紀半ばが舞台だが、サファヴィー朝初期(15世紀末~16世紀初め)にも多少言及するので。

『世界美術大全集 東洋編4 隋・唐』 百橋明穂/中野徹・責任編集 小学館 1997 (「唐代」)
 一応、念のために読んでおく。

『世界美術大全集 東洋編17 イスラーム』 杉村棟・責任編集 小学館 1999 (「イスラム文化」)
 一応、念のために読んだ。
 時代は7世紀から19世紀まで、地域は地中海世界から中央アジアまでに及ぶ範囲を、いくら大著とはいえ、たった1冊にまとめてしまう乱暴さに、日本に於けるイスラム美術の扱いが端的に表れている、とか言ってみる。
 あと、どうでもいいが「東西アジアの交流」の章で杉村氏は『経行記』に言及して、「これにはアッバース朝時代のクーファで、二人の中国人画家が活躍していたと記されているが、彼らの氏名も具体的な作品も明らかでない」と述べてるが、「具体的な作品」はともかく氏名のほうは、ちゃんと『経行記』に樊淑、劉泚とあるぞ。

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『鳩の頸飾り――愛と愛する人々に関する論攷』 イブン・ハズム 黒田壽郎・訳 岩波書店 1978 (「イスラム文化」)
 イブン・ハズムは994年、アンダルシアでスペイン・ウマイヤ朝の宰相の息子として生まれるが、1012年に政争によって父が死亡してからは苦難続きの人生を送る。
 1022年頃書かれたと思われる随筆『鳩の首飾り』はその後散逸し、19世紀中葉に再発見された。現存する写本はこの時発見された一点のみだが、書写生の奥書きによると、「詩の大半を割愛し、要点だけを際立たせるようにした」ものであり、要するに完全なものではない。
 テーマは副題どおり「愛」であり、背景となる文化水準の高さを窺わせる内容だが、ところどころ文脈がおかしかったりするのは、書写生が詩だけではなく本文からもあれこれ割愛してしまったせいかもしれない。

 古い翻訳だから仕方ないかもしれないが、なんの注釈もなしで「アッラーの使者」と出てきても、ムハンマドのことだと判る人はそういないよなあ。
 あと、「恋人」と「愛人」の使い分けは、恋人=恋する男、愛人=愛される女ということのようだ。原語(アラビア語)ではどう言うのかは判らないんだが、ルーミーの詩の英訳でもlover、mistressという語が、「恋する男、愛される女」という意味で使い分けられていたから、イスラム圏にはそういう概念があるんだろう(ルーミーはペルシア語だが)。しかし日本語では注釈が必要だよな。

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『図説 中国の科学と文明』 ロバート・テンプル 牛山輝代・訳 河出書房新社 1992/2008(1986/2006) (「前近代科学・錬金術」)
The genius of china
改訂版。
 ジョゼフ・ニーダム(1900-2005)の恐ろしい仕事『中国の科学と文明』は、1954年の第1巻刊行以来、2008年現在なおも続刊中で、完結の目途も付いていないそうである。本書はその要約版のようなもの、らしい。図版、資料、解説等は基本的にニーダムの『中国の科学と文明』に拠っている。

 著者テンプルは大学で東洋学を学んだ後、新聞や雑誌の科学記事を担当したという経歴の持ち主。まあ、本書のような企画の執筆者としては相応しいんだろうけど、邦訳者の牛山氏によると、ニーダムの著書からの引用には誤りもあるそうだ。
 それらは牛山氏が訂正したそうだが、それでもなお、私ですら気が付くほどのミスというか不審な点が多々ある。出土品の解釈とか、中国語やアラビア語史料の引用とか。漢籍にある数字(いわゆる「白髪三千丈」)を鵜呑みにしてるっぽいし。ニーダムとテンプルのどっちの責任なんだか知らないけど。

 とりあえず工芸と武器兵器の項からノートを取ったが、注が一切なく、本文中でも引用元が示されていないことが多い。上記のようなミスもあるし、どこまで信用できたもんか危ぶまれる。ニーダムの著書の邦訳リストくらい載せてくれればいいのに。
 火薬についての解説が詳細なのはありがたい。

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『ハザール事典――夢の狩人たちの物語』 ミロラド・パヴィチ 工藤幸雄・訳 東京創元社 1993(1988)
Hazarski rečnik
 著者はセルビア人、原語はクロアチア語。英語訳および仏語訳からの重訳。
 ハザールは世にも珍しい、ユダヤ教を国教とした非ユダヤ人国家であったが、その後イスラム、次いでキリスト教に改宗し、10世紀に古ロシア人に滅ぼされた。その史実を土台にした、事典の体裁を取った小説。キリスト教、イスラム、ユダヤ教の三部構成。

 よくもここまで手間の掛かる仕事をしたものである。自分ではやりたいとは思わんが、多少羨ましくはある。
 参考文献としてここに挙げたのは、どこかで「アラビアンナイト風の文学作品」と紹介されていたからだが、ここまで凝った作品だと、アラビアンナイトからの影響をどれだけ受けているのかというのは、もはやどうでもよくなる。それと、アラビアンナイト風とかオリエント風とか以前に、あまりにもどっぷりスラヴ的だ。

「男性版」と「女性版」があるが、著者の結語によれば、両者の違いはわずか十七行である(それ以外の部分を突き合わせて確認してはいないので、ほかにもまだ違いはあるのかもしれないが)。御丁寧にも、訳者あとがきまで二つの版に相違はない。

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参考文献録

「ドニヤーザード物語」 (『キマイラ』 ジョン・バース 國重純二・訳 新潮社 1980(1973))
『千夜一夜』の外枠であるシェヘラザードとシャハリヤール王の物語およびその後日談を、ドゥニヤザードの視点から語ったお話。
『キマイラ』は三つの中編を収めており、二番目と三番目の「ペルセウス物語」と「ベレロフォン物語」は共にギリシア神話のパロディで相関関係にあり、その「外枠」を成すのが『千夜一夜』のパロディ「ドニヤーザード物語」というわけである。

 解説によると、「ペルセウス物語」と「ベレロフォン物語」に「外枠」物語を用意したのは、中篇集として一冊の本にまとめるためだったそうである(端的に言うと、そういうことだ)。そういう前知識を抜きにしても、やたらと技巧を凝らした二篇に比べて、「ドニヤーザード物語」はずいぶん単純である。
 まあ、凝ればいいというものでもないんだが、「ペルセウス」と「ベレロフォン」が、ギリシア神話や古代ギリシアの文化について相当下調べをした痕跡が明らかなのに対し、「ドニヤーザード」のほうは、少なくとも『千夜一夜』(おそらくバートン版)を一通り読んだのは確かだが、イスラム文化や『千夜一夜』の版ごとの違いについては無知もしくは無頓着なのが窺える。
 三篇とも、パロディなのでアナクロニズムが多用されている。「ペルセウス」と「ベレロフォン」では、登場人物が「レストランはギリシア料理しかない」とぼやいたり、久し振りに故郷に帰った英雄が、アメリカ文学の紋切り型をなぞってその寂れ振りを嘆いて「宮殿はそのままだったが、ペンキが剥げていた」等々、効果を上げている。
 しかし「ドニヤーザード」では、アナクロニズムでさえ、おざなりだしおもしろくない。

「ペルセウス物語」と「ベレロフォン物語」は、どちらもミドルクライシスを迎えた英雄が己の人生を回想する、という構成で、それ自体は大しておもしろくない。ただ、「ベレロフォン物語」が「ペルセウス物語」のパロディとなっているので、セットで読むとおもしろい。
 この中篇集全体でメタフィクショナルな構造となっているのはいいんだが、「ベレロフォン物語」で作者の他の作品についてかなりの紙幅を割いているのが蛇足。私がそれらの作品を知らないからだけじゃなくて、その下りを読んでも、それらの作品を読みたいという気にまったくならないから。

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借りぐらしのアリエッティ

 メアリー・ノートンの原作は、「床下の小人たち」と「野に出た小人たち」までしか読んでいない。生活必需品を「借りる」という形で人間に依存しながらも、人間から身を隠し続けなければならない小人たちの生き方が、当時小学生の私には少々シビアすぎたのだ。

 アニメは、原作のシビアさを残しつつも相当和らげ、「人間の道具を利用した小人たちの生活」という人形遊び的な楽しさを最大限に活かしている。日本の古い洋館(疑似西洋建築)で暮らすイギリスの小人たち、という設定は、むしろ「木かげの家の小人たち」(いぬいとみこ)を思わせる。
 原作との対比はこのくらいにして(何しろ読んだのは四半世紀以上前のことだから)、以下は単体のアニメ映画としての感想。

 とにかく丁寧に丁寧に作られた、精巧な作品である。宮崎駿の脚本も、非常にバランスが取れている。近年の宮崎作品は、彼の関心の比重が「絵」と「動き」(特に後者)に置かれているようで、脚本はそれらを見せることを目的に書かれており、「物語」はごく表層的で、取ってつけたようなものとすら化していた。しかし今回は自らが監督するわけではなかったので(すなわち、少なくとも「動き」に関しては自ら監督するほど見せたいものがなかったので)、物語はごくオーソドックスでバランスの取れたものになっている。
 宮崎駿自身が見せたい「動き」がなかった(と思われる)ため、本作は宮崎印であるところのダイナミズムに欠けている(「飛行」も「落下」もない)。とはいえ、それゆえキャラクターたちのアクションが現実離れした超人的なものではなくなり、充分に「ありえそうな」ものになっている。
 もっとも、小人たちのアクションを人間の尺度に置き換えてみると、充分に「超人的」なんだけど。まあ、ぎりぎりのところで「ありえそうな」に納まっているリアリティというか(もちろん、そもそも小人は非現実だという突っ込みは無しである)。

「絵」に関して言うと、「小人の目から見た世界」というのは宮崎駿がやりたかったことではあるんだろうけど、ここまで精緻な、偏執的ですらある作り込みは、おそらく米村宏昌監督個人の作風だ。
 絵の描き込みや丁寧さは宮崎作品の特徴ではあるのだが、それは宮崎監督が興味のある(と思われる)画に関してだけであり、手を抜いてあるところは抜いてあるし。今回のように、全編通して万遍無く、隅から隅まで、というのんとは違う。それに宮崎作品では描き込まれた画でも、無骨さ(特に機械)、或いは引っ繰り返したおもちゃ箱かガラクタの山的な印象であって、精緻さ・精巧さとは違うのである。
 まあ本作品では、この箱庭的な精緻さが「小人の目から見た世界」とこの上なくマッチして、一軒の家という極めて狭い舞台ながら、閉塞感に陥ることなく仕上がっている。

 あくまで、精緻なのである。舞台となる家は古くて庭は草ぼうぼうだし、すべての画面にわたって物がごちゃごちゃと描き込まれているにもかかわらず、宮崎作品的な「ガラクタ」感とは無縁である。どこか整然としているのだ。
 不潔さがない点も、宮崎作品とは違う。必ずしも不潔さが描写されていない宮崎作品もあるが、手入れの行き届いていない古い屋敷が舞台で、「小人の視点」であるにもかかわらず、ゴミも埃もカビも存在しない。
 小人の目から見た人間の身体の汚さが描かれているのは『ガリバー旅行記』である。小人の少女と人間の少年の恋が主題である以上、『ガリバー旅行記』のようなリアルな汚さを描くわけにはいかないのは当然だが、まったく描かないというのも不自然だ。

 しかしまあ、それらは監督の個性であるし、特に精緻さと、閉塞感に陥ることのないバランスの良さは得難い資質と言うべきなのだろう。
 もっとも、「小人から見た世界」の作り込みも、実はかなりムラがあるんだけどね。不潔さの排除は措くにしても、布や紙の厚みがまったく無視されてるのが特に気になった。人間(巨人)が作った布が小人(人間)にとって重くてゴツゴツして不快、ってのも、『ガリバー旅行記』である。布や紙の質感を出すのは、セルアニメじゃ無理だろうけど、厚みくらいはなんとかならんかったんかいな。水の表面張力まで表現してんのにな。
 私はアニメ声優の画一的なメソッドは好きではないが、だからって素人(声優として)のぎこちない演技や発声・滑舌の悪さは充分弊害だと思う。特に『ポニョ』の時はそれが顕著だった。今回は申し分なし。特に樹木希林が素晴らしかった。

 それにしても宮崎駿監督作品以外のジブリ作品は、付き合いで観た『思ひ出ぽろぽろ』しか知らんのだが、やはり宮崎作品のあの「曰く言い難い不穏さ」は他人には表現不可能なのだろうな。
 あの不穏さ、あるいは不気味さは、あまり言及されていないが、宮崎作品を宮崎作品たらしめる最大の特徴である。あれがあるから、宮崎作品は単なる良作に納まらない。『トトロ』が可愛くて楽しいだけのお話だったら、夜の森の闇をあんなに深くする必要はないし、『ラピュタ』が少年少女の冒険とエコをテーマとするだけの優等生的作品だったら、ムスカに「見ろ、人がゴミのようだ」などと言わせる必要はないのである。

『アリエッティ』は、宮崎駿が脚本を担当しているにもかかわらず、そういった不穏さはまったくない。「影(翳り、不安)」はあるが、闇はないのである。
 あの曰く言い難い不穏さが誰にも継承されることなく絶えてしまうのは、実に残念なことである。

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『古代ペルシア――碑文と文学』 伊藤義教 岩波書店 1974
第一部が「ハカーマニシュ(アケメネス)王朝とその碑文」、第二部が「古代ペルシアの文学」。
 ゾロアスター教とは直接関係ない碑文や文学作品の翻訳と解説。おもしろかったけど、直接参考になる情報はなし。

『中国とインドの諸情報』 家島彦一・訳注 平凡社 2007(「東西交渉」)
『シナ・インド物語』(藤本勝次・訳 関西大学出版広報部 1976)の新訳。原題は「中国とインドの諸情報についての書」(第一の書と第二の書に分かれる)。
 新訳のほうが比較にならないほど注が充実しており、また記憶違いでなければ、旧訳のほうは本文がいくらか省略されていたようだ。

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『ニーダム・コレクション』 ジョゼフ・ニーダム 牛山輝代・編訳 筑摩書房 2009
『東と西の学者と工匠』(河出書房新社 1977、原著は1970刊)の再編集・改訳。
 中世の中央アジア・西アジアの錬金術および軍事技術について知りたいのだが、資料が不充分なので、それらに多大な影響を与えた(と推測される)中国の錬金術および軍事技術についても調べようと思った次第。

 本書の紹介から抜粋すると、「西洋に科学革命がもたらされるまでの二千年間に中国で展開したユニークかつ高度な科学技術――天文台、機械時計、軍事、さらには“不死之薬”まで――の数々を紹介。」
「軍事」と「不死之薬」に大いに期待したんだが、軍事についてはほんの数行、火薬と外輪船に言及しただけ、不死之薬すなわち錬丹術については水銀(ほかに鉛や砒素)を原料とした「霊薬」で中毒になった人がどれほど多かったか、という話に徹する。
 というわけで期待外れ。

『中国火薬史――黒色火薬の発明と爆竹の変遷』 岡田登 汲古書院 2006 (「前近代科学・錬金術」)
 錬丹術の実験から硫黄と硝石を主成分とする燃焼剤が生まれた可能性や、その燃焼剤または石油を用いた兵器の発展など、非常に有益な情報を得られた。
 ただし、著者の興味が火薬や焼夷兵器よりも、「爆竹」に大きく傾いているため、竹を焼いて大きな音を立てるだけだった古代の爆竹が、いつから黒色火薬を使った現在の爆竹に変わったのかについての考察に紙幅が割かれ、私としては非常に残念だった。火薬や燃焼剤の軍事使用について、もっと具体的なことを詳しく知りたかったんだよ。
 あと、文章も重複が多かったり、かと思えば言葉足らずだったりして、少々解りにくい。

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「シンドバッド第八の航海」 スティーヴン・ミルハウザー (『バーナム博物館』 柴田元幸・訳 白水社 2002(1990))
The eight voyage of Sinbad [the barnum museum]
 老いたシンドバッドが語る「第八の航海」(シンドバッドの航海はどのヴァージョンでも七回までしかない)、己が体験した航海と語った航海について追想するシンドバッド、「シンドバッド」のテキストに関する考察、の三つのパートから成る。
 語られる「第八の航海」の内容は、『千夜一夜』のさまざまなエピソードからパーツを抜き出したパスティーシュ。著者は『千夜一夜』、および『千夜一夜』の研究文献を相当読み込んでおり、単にエキゾティックな味付けをするためだけに『千夜一夜』を持ち出したのではない。
 とはいえ、せっかくこれだけ知識があって、深い考察もできるんだったら、シンドバッドに絞らず、『千夜一夜』全体についてもっと長く、もっと重層的な作品を書いてくれてもよかったのに、と思う。

 短編集所収のほかの作品の中では、「幻影師、アイゼンハイム」が特におもしろかった。

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参考文献録

「カサブランカ」「アジアの岸辺」 トマス・M・ディッシュ (『アジアの岸辺』 若島正・編 国書刊行会 2004)
Casablanca 1967, the asian shore 1970
「我々」の一人が異文化圏に入り、「我々」のルールが通用せずに「彼ら」のルールに翻弄され、挙句に「帰る」ことができなくなってしまう、という不安は普遍的なものであろうが、白人が非白人文化圏で、ということになると、オリエンタリズムが深く絡んでくる。異文化に対する普遍的な不安に、「白人の絶対的優位」が実は絶対的なものではない、という不安が加わるのである。

 この不安を主題として最初に小説を書いた白人作家が誰なのかは寡聞にして知らないが、とりあえず、このテーマで最も多く作品を書いているのはポール・ボウルズで間違いないだろう。
「カサブランカ」も「アジアの岸辺」もこの「ポール・ボウルズ式不安」を主題とした作品であるが、ボウルズの諸作品よりも一層鮮明にこのテーマを描き得ている。私はこの二作品のほうが好き。

 この中・短編集に収録されたほかの作品の中では、「本を読んだ男」(1994)と「第一回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡」(1997)が特におもしろかった。

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SF大会でした。

 パネル企画およびサイン会に協力してくださった岡和田晃氏、伊東総氏、そして御来場くださった皆様、ありがとうございました。

 個人的に楽しかったのは、ロシアのSF専門出版社テラ・ファンタスチカのヤナ・アシマリナさんと一年振りにお会いしたことです。

 昨年、差し上げた『ミカイールの階梯』を上巻の半分まで読み進めていると聞いて、びびりまくり(まさか、ほんとに読んでいただけるとは思ってなかったので)、慌てて「あれは最初のほうはロシア人が悪役だけど、最後にはボグダーノフやクロポトキンの思想が救済になるという展開ですから!」とフォローする……英語で話す努力をほとんど放棄して、同席された宮風耕治さんに通訳の労を取らせてしまいました。
 あと、「ロシア人が悩んでばかりいるのはジョークで、本当にロシア人がそうだと信じているわけではありませんから」というフォローも訳していただきました。訳しにくいことばかり喋ってすみませんでした。ありがとうございました。

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参考文献録

『イスラム社会のヤクザ――歴史を生きる任侠と無頼』 佐藤次高/清水宏祐/八尾師誠/三浦徹 第三書館 1994
 中東のイスラム社会には、まさに日本のヤクザに該当する人々が古くからおり、主に「アイヤール」の名で呼ばれてきた。
 ネット等での紹介によると、アイヤールたちの起源は前イスラム時代にまで遡る、とあったから読んでみたんだが、なんのことはない、「……と推測されている」というだけであって、直接的な証拠はもちろん間接的な証拠すらないようだ。初期イスラム時代のアイヤールの起源についても、文献に表れるのは9世紀に入ってから、としか書いてないし。

『中央アジアの英雄叙事詩――語り伝わる歴史』 坂井弘紀 東洋書店 2002
 ユーラシア・ブックレットの1冊。このシリーズは数冊見てみたが、どれも、どんな読者を想定してんだか不明な、中身のないものばかりだった。本書は例外的に充実した内容。
 とはいえ読んでみて判ったのは、14世紀の写本に記録されたものも含め、現在まで残っている叙事詩には、イスラム化以前の文化の影響がほとんど残っていないらしい、ということで、つまり今回の資料としては役に立たないのであった。

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参考文献録

『カンディード 他五篇』 ヴォルテール 上田祐次・訳 岩波文庫 2005
「ミクロメガス」(1752)、「この世は成り行き任せ」(1748)、「ザディーグまたは運命」(1748)、「メムノン」(1749)、「スカルマンタドの旅物語」(1756)、「カンディードまたは最善説」(1758)。

「カンディード」は短めの長編だが、ほかはすべて短編(「ザディーグ」は短編としては長いが)。訳者解説によると、本書の構成は、ヴォルテールの「最善説への訣別」の経緯なのだそうである。1752年の「ミクロメガス」が40年代の作品の前に置かれているのは、初稿が39年に書かれているかららしい。
 確かに作品を年代順に見ていくと、ヴォルテールが加速度的に懐疑的になっていくのが克明に読み取れ、大変わかりやすい構成である。わかりやすすぎて少々引くが、まあ作品自体はどれもおもしろかった。

 なんで今読もうという気になったのかというと、先日読んだ工藤庸子氏の『ヨーロッパ文明批判序説』で、「この世は成り行き任せ」「ザディーグ」「カンディード」が、いわゆる東方小説(工藤氏はこの語を用いていないが)として紹介されていたからである。
 ヨーロッパに於ける東洋学(本来の意味でのオリエンタリズム)の興隆によって、オリエントを舞台にしたフィクションが多く生み出されたが、『必携アラビアン・ナイト』等の論考から判断すると、当初それらは寓話であり、オリエントは腐敗したヨーロッパのメタファーもしくは対照的なユートピアとして描かれ、そこにエキゾティシズムが彩りを添えていたようだ。
 つまり、中世のアレクサンドロス伝説やプレスター・ジョン伝説と基本的には同じで、舞台がオリエントである必要はほとんどない。違いは、そのエキゾティシズムが空想から生み出されたものではなく、学者や旅行家がもたらす、より正確なオリエントの知識を多かれ少なかれ参照している点だけといっていい。風刺や教訓を目的にした寓話ではない、エキゾティシズムを前面に押し出した東方小説は、ベックフォードの『ヴァテック』(1782)が嚆矢のようである。

 確かに本書所収作品のうち短編四本はいずれもヨーロッパの「現在」を風刺する寓話である。「ミクロメガス」の異邦人たちがシリウス星人と土星人ではなくてアンタレス星人と木星人であっても一向に問題がないように、「この世は成り行き任せ」や「メムノン」の舞台が古代のペルセポリスやニネベである必然性はまったくない。
 ただし、「ザディーグ」だけは、当時最新の東洋学の成果がふんだんに取り入れられた上に、アラビアンナイト的要素も積極的取り入れられ、寓話の枠を越えてアラビアンナイトの翻案ものとしてもよくできている。

「カンディード」については、東方的要素は、まあ工藤氏の論考どおり。以下、作品自体の感想;
 登場人物たちを次から次へと襲う災厄とその記述のはしょり具合は聞きしに勝る凄まじさだが、最も壮絶なのは、やはりリスボン大地震(1755)の場面である。何が凄いって、ヴォルテールの世界観を決定的に覆し、この作品を書かせる直接の原因となった大災厄の酸鼻を極める情景が、200頁近い本篇中、たった2頁に凝縮されているのである。その前哨戦である嵐による難破(これもたった1頁強)を含めて、思わず書き写したくなってしまうほどの素晴らしさである。いや、やらないけど。

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参考文献録

『ヨーロッパ文明批判序説――植民地・共和国・オリエンタリズム』 工藤庸子 東京大学出版会 2003
 工藤氏はロティの『アジヤデ』の翻訳者で、その巻末解説は大いに同意できるところであったのだが、それよりも後に刊行された本書を見つけたのは、まったくの偶然である。
 サイードの『オリエンタリズム』からより発展した論考として読みたかったのは、つまり本書のような本だったのであった。見つけ出すまでに随分時間が掛かってもうた。

 第Ⅰ部.島と植民地(1.1870年代の地球儀とポリネシア幻想、2.「絶海の孤島」から「愛の楽園」まで、3.黒人奴隷と植民地、4.フランス共和国の奴隷制廃止派たち)、第Ⅱ部.言説としての共和国(1.国境の修辞学、2.「ナショナル・ヒストリー」から「国民文学」へ、3.共和国の辞典)、第Ⅲ部.キリスト教と文明の意識(1.知の領域としてのオリエント、2.セム対アーリア、3.記述されたイスラーム世界、4.非宗教性の時代のキリスト教)

 内容の要約を述べるのが面倒だったので、代わりに各章タイトルを列挙しました。
 まあヨーロッパの文学や思想に見られる他者像の分析としては大変おもしろかったが、本来の意味でのオリエンタリズム(すなわち東洋学)や、中東そのものの歴史や文化には立ち入っていない。
 だからヨーロッパ文学に於いて中東がどのように描かれたかを述べても、アラビアンナイトをはじめとする中東文学(の翻訳)からの直接の影響については、まったくといっていいほど触れていない。また、19世紀に確立された「高貴なアーリア」対「劣ったセム」という図式については、「白人対ユダヤ・アラブ」を中心として、「オリエントの中のアーリア人」としてはインドの支配層としてのアーリア人を取り上げるだけで、イラン人についての言及は皆無である。

 したがって、「ムスリム=アラブ=セム」という図式しか取り上げられていないのであった。実際にはムスリムという範疇の中でも「アラブ=セム」「イラン=アーリア」という分類が成され、アラブ=セムが貶められる一方で、イラン=アーリアが称揚されたこと、「ツァラトゥストラかく語りき」はそのブームの結果の一つだったんだが。

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参考文献録

『黒魔術――上エジプト小説集』 高野晶弘・訳 第三書館 1994
 1970年代~80年代に書かれた四作品を収録。
 英米と、あとはせいぜいフランス以外の国(もしくは言語)の文芸作品が邦訳される理由は九割九分、それが欧米で高い評価を得たか、あるいはその作品が政治的テーマ(貧困や戦争や抑圧の糾弾みたいな)を掲げてるかのどちらかだ。
 残りの一分が、その作品への邦訳者個人の愛である。で、本書はこの一分に含まれる。

「黒魔術」(1982)、「悪夢の問題」(1985) シャフィーク・マカール
 収録の二作品はどちらも幻想的だが、魔女に呪いを掛けられたと信じるエリート公務員の一人称小説「黒魔術」はマジックリアリズム的だが、タイトルどおり、主人公が悪夢に悩まされる「悪夢の問題」はそうではない。
 本書にはほかに二人の作家の作品が収められているが、このマカールの二作品が最も読み易く、かつ技巧も高い。おそらく経歴からしても(マカールは名門出身で71年からロンドン在住だが、ほかの二人は独学で文学を学んでいる)、彼が最も欧米小説をよく読み、その技法にも通じていると思われる。エジプトらしさ、というか「土俗性」が非常に薄い点も読み易さの要因の一つだろう。
 西欧では、「馴染みのない地域」の作品にエキゾティシズム(=土俗性)を求め、単なる拙劣さを「独特」もしくは「素朴」として称賛する傾向があるようだ。貧困やら戦争やらといった「悪」が告発されていればなおよい。だから、シャフィーク・マカールの作品のように、土俗性が薄く、かつ欧米の技法をよくものにしており、政治的な題材を直接的な解り易い形では扱っていないものは受けが悪いと思われる。
 日本に於いては、少なくとも小説に関しては、「土人のアート」に対する植民地的愛好も、「第三世界の悪」への義憤もほとんど存在しない。「馴染みのない地域」の作品は、味噌も糞も一緒に「馴染みがない」という理由でそっぽを向かれる。
 もちろん、欧米の小説のコピーに過ぎないものだったら、わざわざ翻訳する価値はない。しかしマカールの小説は、少なくともこの二作品を読む限りでは、それ以上のものであるように思える。

「ノアマーン・アブドルハーフィズの秘められた歴史」(1982) ムハンマド・ムスタガーブ
 ノアマーンという架空の人物の伝記をエジプトの現代史に絡めて語る、という趣向だが、ほとんど無意味な注をやたらと付けたり、当のノアマーンがどうしようもない悪童だったりと、かなり悪ふざけ的な作品。
 ガルシア・マルケス的な大長編にもなり得たんだろうけど、主人公の誕生から結婚までの十数年間しか語られていないので、いかにも消化不良である。技巧も不足しているように思える。まあエジプトの文芸事情(小説の読者がほとんどいない)からすれば仕方ないんだろうけど。

「首飾りと腕輪」 ヤハヤー・ターヒル・アブドッラー
 因習と貧困と抑圧と絶望を描いた、「先進国に紹介される第三世界の文芸」の典型みたいな作品。

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参考文献録

『夢見る人の物語』 ロード・ダンセイニ 中野善夫/中村融/安野玲/吉村満美子・訳 河出書房新社 2004(1908、1910)
The sword of welleranとa dreamer’s talesの二短編集を収録。
 東洋風(中東風その他)の作品数点を含む。ゴシックでない中東風ファンタジーに、心を洗われるようです。ゴシック小説の虚仮威しには、もううんざりですよ。何がうんざりって、作者が虚仮威しを虚仮威しだと思ってないとこだ。

 それはともかく、工業化や技術の進歩というものを嫌うダンセイニの懐古趣味は、あまりに無邪気すぎて少々ひいてしまう。本書収録作品では、「妖精族の娘」などがそうだ。そうした中で、排ガスや排水が祝福を受ける「乞食の一団」は異彩を放つ。

「あの煙を見よ。闇の中に長く静かに眠りし古の石炭の森は、今や踊りながら太陽のもとに帰っていく。地球を忘れるなかれ、兄弟よ。汝に太陽の喜びあれ」

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参考文献録

『イスラーム全史』 余部福三 勁草書房 1991 (「イスラム通史7、8世紀」)
 序によると、高校の世界史より一つ上のレベル程度のイスラム史概説書を、というつもりで書かれたのだそうである。ちなみに著者の前歴は高校の先生。
 確かに、教科書的といえなくもない記述である。少ない紙幅に、ほとんど羅列的に事項を押し込んでるとことか。「高校教科書以上」を目指したからなのか、高校教科書にはつきものの図版も年表その他の表も脚注もない(地図は巻末に数点)。

 本文わずか300頁強に、紀元前から始めて現代(1980年代)までを網羅している。アッバース朝末期あたりまでしか読まなかったが、それでも全体の三分の二である(近現代史が駆け足なのも教科書的か?)。
 註も参考文献もないし、体裁としては概説書なんだが、中身は概説書レベルじゃないよ。記述が簡潔なのはいいことだが、簡潔すぎて、高校世界史レベルのイスラム史をきちんと把握してる人でも、いきなりこれを読んでも振り落とされるのがオチだ。

 アッバース朝初期に於けるホラーサン軍についての解説がかなり詳しいので、この著者のアッバース朝初期についての論文数本をまとめる前の予行としてノートを取る。

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参考文献録

『ハディース――イスラーム伝承集成』 牧野信也・訳 中央公論社 1994
 ハディース(ムハンマドの言行録)は、クルアーンに次ぐ地位の聖典なわけだが、クルアーンがムハンマドの死後約20年後に集成され、唯一無二とされる(実はその後300年くらいは複数の異本があったのだが)のに対し、ハディース集の編纂が本格的に始まったのは、ムハンマドの死後100年以上経ってからで、それまでもそれ以後も、無数の捏造が行われた。
 信憑性の高いものから低いものまで、多数のハディース集が作られた中、本書の原本はスンナ派が真正と認める二つのハディース集のうちに一つで、ブハーリー(810-870)によって編纂された『サヒーフ(正伝集)』である。

 ハディースは、単にムハンマドや教友たちを偲ぶためのものではなく、彼らの言行を規範とするためのものである、とされている。しかし宗教的儀礼(礼拝、浄め、巡礼、犠牲など)の詳細な方法などは重大な問題だったと思われるが、大半は瑣末でどうでもいい問題についてである。興味を覚えるよりも呆れるのが先立つ。
 あと、単にムハンマドや教友たちの思い出話以上のものではないハディースも多い。それはそれで信者にはありがたいものであろうが、アリー(ムハンマドの従弟で、シーア派の初代イマーム)が早漏だったとか、そんなことは秘密にしておいてやれよ(シーア派のハディース集には収録されていないに違いない)。

「浄め」「月経」「礼拝」「葬礼」「遺言」「人頭税」「正しい身の処し方」といった項目が設けられ、それぞれに該当するハディースが列挙されている。だから一つのハディースが複数の項目に該当する場合は繰り返されることになるわけだが、それを除いても重複が多い。
 重複しているハディースは斜め読みしたのであまり問題はなかったが、上記のように瑣末でしょうもないハディースが大半なので、読み通すにはかなりの時間と忍耐を要した。何しろ、上中下巻で本文の総計が2000頁強である。

 なんでか知らんが、訳注がほとんどない。割注の形でちょっぴり付されているが、もっと付けるべき注釈はあるんじゃないかというものばかりで、基準が不明である。なぜ訳注がないのか、理由も述べられていない。
 いや、本文だけでも膨大なのに、訳注なんか付けたら収拾が付かなくなるのは明らかだが、お蔭で意味が解らないハディースもかなりの数に上った。
 例えば「蛇に二度咬まれてはならない」(類似のものに「同じ穴の蛇に二度咬まれてはならない」がある)。同じ失敗を繰り返すな、一度で学べ、ということではないかと思うが、違うかもしれない。
 索引はあるが、頁数が間違っているのんが少なくない。

 しかしまあ、それなりに得られるものはあり、特に興味深かったのが、ムハンマドの神格化が行われていることである。クルアーンではムハンマドは普通の人間であり、神の言葉を預かる(「預」言する)以外は一切奇跡を起こさず、したがって「予」言もしないことが強調されているが、ハディースでは彼は予言をするし、雨を降らせたり病人を癒したり月を裂いたりと、あれこれ奇跡を行っている。
 わずかな食料を増やして多数の人々の飢えを癒した奇跡譚は、露骨にキリスト教からの借用である(クルアーンではイエス=イーサーについて多く言及されているが、この逸話は採用されていない)。

 その一方で、教友(ムハンマドを直接知っていた信者)たちの中には、ムハンマドをあまり尊敬しない者もいた(しつこくねだったり、従順でなかったり)というハディースもかなりある。こちらのほうはおそらく事実を正確に伝えているのだろう。
 ほかにも彼ら教友の中には、モスクの中で小便をしたり痰を吐いたりと、およそ後世の常識からは考えられない振る舞いをする者がいたことも伝えられている。
 クルアーンでは、人間が天国もしくは地獄に行くのは世界の滅亡と最後の審判を経てからだが、ハディースでは死後直ちにとされている。そのほうが宗教としては素朴で解り易いよな。

 なお、歌舞音曲については、このハディース集では何も述べられていない。

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参考文献録

『アラブの歴史』 フィリップ・K・ヒッティ 岩永博・訳 講談社学術文庫 1983(1937/1970) (「イスラム文化」)
History of the arabs
 第十版の訳。上下巻。
 古い本だから読まなくていいや、とか思ってたんだが、初期イスラム時代についてのアラビア語・ペルシア語原典史料の多くが日本語訳も英語訳も出ておらず、そして現在まで出ている日本語文献のうち、本書が最も広範にアラビア語・ペルシア語原典に当たっているようなので、読んでみました。

 古代のアラビア半島から始まって、中世を中心に近現代まで。まあ読んだのは12世紀頃まで(下巻の四分の一まで)だが。
 私が知ってる範囲(7、8世紀)だけでも、現在の研究者の見解とは瑣末な部分が微妙に違ってたりもするんだが、あくまで「瑣末」「微妙」で収まる程度。訳者解説に、「アラブ世界の全域にわたり、政治、社会、文化の全領域をバランスよくカバーした、空前の綜合的アラブ史」であり、「以後も個人の著作でこれを凌ぐものは現れていない」とある。
「アラブ世界」とか「アラブ史」の定義は措いといて、個人の著作にもかかわらずこれだけ広い領域を詳細にかつ解りやすく説いているのは驚くべきことである。解りやすさの要因の一つは見解に一貫性があることだが、これは個人の著作だからこそである。

 とはいえ、一番知りたかったアッバース朝革命前後については、特に目新しい情報はなし。あと、索引がないのが不便。

 外来語をあまり使わないアラビア語で、なぜ「音楽」が「ムーシーカ」という明らかにヨーロッパ語起源の語なのか、ずっと不思議に思っていたんだが、本書で謎が解けた。9世紀頃にギリシア語の音楽理論書が翻訳された際に導入されたんだそうな。

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参考文献録

『放浪者メルモス』 C・R・マチューリン 富山太佳夫・訳 国書刊行会 1977
Melmoth, the wander
 アラビアンナイトからの影響が強い作品の一つに挙げられていたから読んでみたのである。作中でアラビアンナイトにほんのちょっと言及されているので、著者が読んでるのは間違いないが、はっきり類似点と呼べるのは、「枠物語」であるという一点のみ。ほかは、間接的にでも影響を受けていると言えそうな点は皆無である。枠物語だったら全部アラビアンナイトかい。
 まあ、ベックフォードの『ヴァテック』以来、欧米の「アラビアンナイトもの」はゴシック小説の興隆と結び付いているのだそうな。だとすれば、少なくとも19世紀後半に「アラビアンナイトもの」が廃れるまでのゴシック小説は、多かれ少なかれアラビアンナイトの影響を受けている、と言えるのかもしれない。

 アイルランドの牧師マチューリン(1780-1824)が1820年に発表した長大な小説。何しろ上下巻合わせて1000頁弱である。
 ちなみにマチューリンはオスカー・ワイルドの母方の大叔父だそうだ。
 17世紀、悪魔と契約した男メルモスは、魂と引き換えに150年の若さと超能力を授けられた。契約が切れた時、魂を悪魔に渡さずに済む方法はただ一つ、誰か別の人間の魂を差し出すことである。しかしそれは誰の魂であろうと合意の上でなければならない。かくて、メルモスは誘惑者として世界を放浪することになる。
 こういう設定上、誘惑が一度で成功してしまえば、そこで話が終わってしまうので、枠物語形式で語られるのは、自ずとメルモスの「失敗談」の数々ということになるのである。
 
 序盤、ダブリンの苦学生ジョン・メルモスが伯父の遺産を受け継ぎ、同時に自らの祖先に奇怪な力を持った人物がいたことを知る。
 そこまではおもしろかった。訳者解説によると、1800年の英国による併合以降、アイルランドの「郷土文学」が書かれるようになり、『メルモス』の序盤もこの流れを意識している、と。確かに一人の人間の臨終場面に於ける各人(臨終を迎える本人も含めて)のしょうもなさの描写などはジョイスっぽい。

 しかし残りの900頁以上は、カトリックと異国(スペインとインド)への偏見を土台にした、陳腐で俗悪なゴシック小説が延々と続いてげっそりさせられる。
 上巻巻末に収録された野島秀勝氏の解説によると、プロテスタントの作者によるゴシック小説というのは、すなわち反カトリシズム小説なのだそうで(へー、そうか、だから私はゴシック小説が嫌いなのか)、しかしマチューリン自身の弁明によれば、修道院や異端審問の恐怖というネタ(当時すでに陳腐なものになっていたらしい)を用いたのは、「なにも恐怖ロマンスにお馴染みの恐ろしい冒険」に「由来する」のではなく、それらが一般的な「人生の悲惨」の一つの典型だから、だそうである。

 確かに本篇中でも、カトリックが「真のキリスト教」ではないことが繰り返し繰り返ししつこく仄めかされる一方、プロテスタントこそが「真のキリスト教」なのだ、とは仄めかされてすらいないし、作者がそう考えていた様子も窺われない。
 また、カトリックの「悪」がげんなりするほど大量に積み上げられているのに比べればごくわずかとはいえ、清教徒の狂信にも言及されているので、その辺の公正さは認めてやるべきであろう(何様)。
 しかし描こうとしたのが普遍的な「人生の悲惨」であろうと、「恐怖ロマンスにお馴染みの恐ろしい冒険」であろうと、プロテスタントの読者がカトリックに対して抱いている偏見を大いに利用し、それを覆す気など毛頭ないのは明らかである。

 同様な偏見の利用が異国趣味で、スペインへの偏見(因習とか激情とか)はカトリックへの偏見に結び付けられてあまり目立たないが、インド人の「邪教徒」振りも「修道院と異端審問の恐怖」に負けず劣らず辟易させられる。
 とにかく、私にとっては一つのサンプルという以上の意味をまったく持たない作品だった。サンプルとしてでなければ、到底読み通せなかっただろう。

 思わぬ収穫が唯一つ。
「伯父にとっての国家はいつの間にか(中略)、信者たちが喜んで我が子を車輪の下に投げ込むインドの女神の山車のようなものに化けていたのだ。」(佐藤亜紀『ミノタウロス』Ⅰ章より)
 この「信者たちが喜んで我が子を車輪の下に投げ込むインドの女神の山車」を実際に描いた場面に巡り会えたことである(『放浪者メルモス』下巻93-95頁)。いやはや。
 まあたぶん、『メルモス』が書かれた当時すでに、かなり人口に膾炙していたネタだと思われるから、『ミノタウロス』の主人公が読んだと想定されている作品は『メルモス』ではないんだろうけど。

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参考文献録

「アラブ人とイラン人の関係――両者のイメージ」 池田修 
「イラン人のアラブ観」 藤井守男 (『中東世界』 世界思想社 1992)

 前者は前イスラム~初期イスラム時代について、後者は19世紀後半~20世紀前半について。
 次作は8世紀半ばが舞台だから、藤井氏の論考は当然ながら直接には関係ないんだが、アラブ、イラン、中央アジア、シルクロードといったものに、現代に至るまでのイメージを反映させたりさせなかったりしたいので、かなり参考になったのであった。
 近代イランの知識人たちが唱えた、自国の停滞の遠因を「蛮族アラブ」によるイラン「侵略」に帰する反アラブ史観についての考察だが、なにぶん11頁しかないので詳細だとは言い難い。
 終わりのほうに、この反アラブ史観から生まれた「イラン主義」歴史小説を、サーデク・ヘダーヤトが浅薄であるとして厳しく批判した、と述べられているが、具体的にどんな浅薄な歴史小説だったのか知りたかったなあ(邦訳されることは、まずなかろう)。

 池田氏の論考も、やはり11頁しかないので、詳細さや具体的事例が不充分。アラブの古典文学が幾つか紹介されているんだが、おもしろそうな内容なのに、紹介の仕方があまりにも簡略すぎる。

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