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参考文献録

『マルドリュス版 完訳千夜一夜』 豊島与志雄/渡辺一夫/佐藤正彰/岡部正孝・訳 岩波書店 (1899-1904)
Mille nuits et une nuit
 全13巻。三ヵ月余り掛かって読み終わる。あーやれやれ。
「マルドリュス版 千夜一夜」(フランス語)の完訳。東洋文庫のアラビア語原典からの邦訳以来、千夜一夜(アラビアンナイト)の完訳を読むのはほぼ7年ぶりである。
 
 バートン版とマルドリュス版の評価(これらが読まれていた当時の)を要約すると、バートン版は自らの好色で下品な嗜好に合わせて原典を好き勝手に改変したもの、それに対してマルドリュス版は原典に忠実な上に上品で文学的価値が高い、ということになるようだ。
 しかし『必携 アラビアン・ナイト』によると、マルドリュスのアラビア語の知識はかなり疑わしく、翻訳の正確さ、という点ではバートンに軍配が上がるという。
 バートン版は子供の頃、一部を読んでその下品さに仰天したのだが、それに比べてマルドリュス版が上品かというと、いや、充分下品だよ。下ネタ箇所の表現は、東洋文庫版は非常にあっさりしている。ただしそれが原典どおりなのか、邦訳者氏たちの自粛によるものなのか、私には知る術がない。

 東洋文庫版の読破は、いろいろと得たものは大きかったものの、フィクションを読む楽しみとはほとんど無縁な(完全に無縁ではなかったものの)、ひたすら忍耐力を試される苦行であった。
 マルドリュス版は、東洋文庫版には収録されていない話を多く含み、また東洋文庫版と共通する話も、細部はかなりの違いがある。東洋文庫版にあってマルドリュス版にない話も、少数だがあった。
 全体として、マルドリュス版のほうが東洋文庫版よりも相当読み易い。相当読み易い、ということだけでも、マルドリュスによって相当改変されている証左である。後になるほど原典版にない話が多くなるが、それらはいずれもプロットが整然としたものが多く、西洋人による捏造もしくは相当な改変が疑われた。882夜~886夜にかけて連続して語られる「足飾り」および「王女と牡山羊の物語」は、それぞれ「シンデレラ」と「美女と野獣」(もしくは「プシュケーとアモール」)の歴然とした剽窃である。ほかにも、ヨーロッパのいろんな昔話を継ぎ接ぎして東洋風に味付けしたような話が多い。971~996話の「知識と歴史の天窓」と「ジャアファルとバルマク家の最期」とは、『千夜一夜』とは無関係な史書か何かから採ったと思われる。
 しかし、フィクションとしての純粋なおもしろさが東洋文庫版より多かったのは、やはり西洋人の手が加わっているお蔭であろう。私自身の知識も7年前より確実に増加しているので、いわば再読であるにもかかわらず、学術的にも改めて得るところがあった。

「世界児童文学集」みたいなのんに収録されてるのんには、大人向けの古典をリライトしたものが結構あったりする(ラヴクラフト作品まであるそうな)。だから古典を読んでると、意外な再会をすることもある。
 児童文学としてのアラビアンナイトの話の多くは、原典版にはないものが多い(アラジンとかアリババとか)。マルドリュス版9巻所収の「処女の鏡の驚くべき物語」もその一つである。子供の頃読んだのは、次のような話であった(タイトルは「ダイヤモンドのしょうじょ」みたいな感じだったと思う)。

 若い王様が、父の遺言で、ダイヤモンドでできた乙女の像を手に入れようとする。それを所有していたのは魔法使いの老人で、「美しい姿と心を持つ生きた乙女」と引き換えに譲ってやろう、と言う。老人は王様に、美しい心の持ち主でなければ映らない魔法の鏡を渡す。
王様は世界各地を回り、美しい乙女を募っては鏡に映してみる。数多の乙女たちが応募したが、鏡に映るものはいなかった。遍歴の末にようやく鏡に映る乙女を見出し、老人の許へと連れていく。老人は美しい心の乙女を受け取り、ダイヤモンドの乙女は王様の宮殿に魔法で届けておく、と約束する。王さまは帰路につくが、乙女との別離が心を苛む。
宮殿に戻った王さまが見出したのは、ダイヤモンドの乙女ではなく、あの美しい心の乙女であった。

「処女の鏡の驚くべき物語」の大筋は、記憶にあるお話とまったく同一であった(いや、今まですっかり忘れてたんだけど)。「大人向け」と「子供向け」の決定的な違いは、ダイヤモンドの乙女と交換される乙女の条件で、「姿も心も美しい」ではなく、「姿の美しい処女」なのであった。で、魔法の鏡に映し出されるのは、女たちの陰部というわけである……確かに、肉体の「清らかさ」を心の「清らかさ」に置き換えるだけで、完璧な子供向け教訓話になるけどさあ……それだけで済む問題か?

 思いがけない「再会」はもう一つあり、こちらは児童文学ではなく、マイケル・クライトンの『北人伝説』の中の挿話「アブ・カシムのスリッパの話」であった。
『北人伝説』は、イブン・ファドラーンの『ヴォルガ・ブルガール旅行記』という実在の書物(平凡社東洋文庫から邦訳が出ている)の翻訳、という体裁を取っているが、その実、原典に忠実なのは序盤部分だけで、残りはクライトンの嘘八百、もとい好き勝手な創作である。
「アブ・カシムのスリッパの話」はその創作部分で語られる「アラブの昔話」である。
 マルドリュス版の、アラビア語原典には含まれない話の一つ、「減らない草履」(10巻所収)が、まさにそれであった。さて、「アブ・カシムのスリッパの話」を「アラブ文化の中に古くからあるもの」と解説したクライトンは、これがアラビア語原典には収録されていないことを知ってたのか知らなかったのか。

 そういう楽しいこともあったし、7年前に比べると私の忍耐力もかなり向上しているはずである。しかし、それにもかかわらず、やっぱり今回も「苦行」であった。もううんざりですよ。
 ともかく、これのお蔭で忍耐力がさらに向上したのは確かなので、また7、8年かそれ以上経ったら、バートン版も攻略しようと思う。

『北人伝説』と『イブン・ファドラーンの旅行記』読み比べ

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