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参考文献録

『黒魔術――上エジプト小説集』 高野晶弘・訳 第三書館 1994
 1970年代~80年代に書かれた四作品を収録。
 英米と、あとはせいぜいフランス以外の国(もしくは言語)の文芸作品が邦訳される理由は九割九分、それが欧米で高い評価を得たか、あるいはその作品が政治的テーマ(貧困や戦争や抑圧の糾弾みたいな)を掲げてるかのどちらかだ。
 残りの一分が、その作品への邦訳者個人の愛である。で、本書はこの一分に含まれる。

「黒魔術」(1982)、「悪夢の問題」(1985) シャフィーク・マカール
 収録の二作品はどちらも幻想的だが、魔女に呪いを掛けられたと信じるエリート公務員の一人称小説「黒魔術」はマジックリアリズム的だが、タイトルどおり、主人公が悪夢に悩まされる「悪夢の問題」はそうではない。
 本書にはほかに二人の作家の作品が収められているが、このマカールの二作品が最も読み易く、かつ技巧も高い。おそらく経歴からしても(マカールは名門出身で71年からロンドン在住だが、ほかの二人は独学で文学を学んでいる)、彼が最も欧米小説をよく読み、その技法にも通じていると思われる。エジプトらしさ、というか「土俗性」が非常に薄い点も読み易さの要因の一つだろう。
 西欧では、「馴染みのない地域」の作品にエキゾティシズム(=土俗性)を求め、単なる拙劣さを「独特」もしくは「素朴」として称賛する傾向があるようだ。貧困やら戦争やらといった「悪」が告発されていればなおよい。だから、シャフィーク・マカールの作品のように、土俗性が薄く、かつ欧米の技法をよくものにしており、政治的な題材を直接的な解り易い形では扱っていないものは受けが悪いと思われる。
 日本に於いては、少なくとも小説に関しては、「土人のアート」に対する植民地的愛好も、「第三世界の悪」への義憤もほとんど存在しない。「馴染みのない地域」の作品は、味噌も糞も一緒に「馴染みがない」という理由でそっぽを向かれる。
 もちろん、欧米の小説のコピーに過ぎないものだったら、わざわざ翻訳する価値はない。しかしマカールの小説は、少なくともこの二作品を読む限りでは、それ以上のものであるように思える。

「ノアマーン・アブドルハーフィズの秘められた歴史」(1982) ムハンマド・ムスタガーブ
 ノアマーンという架空の人物の伝記をエジプトの現代史に絡めて語る、という趣向だが、ほとんど無意味な注をやたらと付けたり、当のノアマーンがどうしようもない悪童だったりと、かなり悪ふざけ的な作品。
 ガルシア・マルケス的な大長編にもなり得たんだろうけど、主人公の誕生から結婚までの十数年間しか語られていないので、いかにも消化不良である。技巧も不足しているように思える。まあエジプトの文芸事情(小説の読者がほとんどいない)からすれば仕方ないんだろうけど。

「首飾りと腕輪」 ヤハヤー・ターヒル・アブドッラー
 因習と貧困と抑圧と絶望を描いた、「先進国に紹介される第三世界の文芸」の典型みたいな作品。

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