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参考文献録

『カンディード 他五篇』 ヴォルテール 上田祐次・訳 岩波文庫 2005
「ミクロメガス」(1752)、「この世は成り行き任せ」(1748)、「ザディーグまたは運命」(1748)、「メムノン」(1749)、「スカルマンタドの旅物語」(1756)、「カンディードまたは最善説」(1758)。

「カンディード」は短めの長編だが、ほかはすべて短編(「ザディーグ」は短編としては長いが)。訳者解説によると、本書の構成は、ヴォルテールの「最善説への訣別」の経緯なのだそうである。1752年の「ミクロメガス」が40年代の作品の前に置かれているのは、初稿が39年に書かれているかららしい。
 確かに作品を年代順に見ていくと、ヴォルテールが加速度的に懐疑的になっていくのが克明に読み取れ、大変わかりやすい構成である。わかりやすすぎて少々引くが、まあ作品自体はどれもおもしろかった。

 なんで今読もうという気になったのかというと、先日読んだ工藤庸子氏の『ヨーロッパ文明批判序説』で、「この世は成り行き任せ」「ザディーグ」「カンディード」が、いわゆる東方小説(工藤氏はこの語を用いていないが)として紹介されていたからである。
 ヨーロッパに於ける東洋学(本来の意味でのオリエンタリズム)の興隆によって、オリエントを舞台にしたフィクションが多く生み出されたが、『必携アラビアン・ナイト』等の論考から判断すると、当初それらは寓話であり、オリエントは腐敗したヨーロッパのメタファーもしくは対照的なユートピアとして描かれ、そこにエキゾティシズムが彩りを添えていたようだ。
 つまり、中世のアレクサンドロス伝説やプレスター・ジョン伝説と基本的には同じで、舞台がオリエントである必要はほとんどない。違いは、そのエキゾティシズムが空想から生み出されたものではなく、学者や旅行家がもたらす、より正確なオリエントの知識を多かれ少なかれ参照している点だけといっていい。風刺や教訓を目的にした寓話ではない、エキゾティシズムを前面に押し出した東方小説は、ベックフォードの『ヴァテック』(1782)が嚆矢のようである。

 確かに本書所収作品のうち短編四本はいずれもヨーロッパの「現在」を風刺する寓話である。「ミクロメガス」の異邦人たちがシリウス星人と土星人ではなくてアンタレス星人と木星人であっても一向に問題がないように、「この世は成り行き任せ」や「メムノン」の舞台が古代のペルセポリスやニネベである必然性はまったくない。
 ただし、「ザディーグ」だけは、当時最新の東洋学の成果がふんだんに取り入れられた上に、アラビアンナイト的要素も積極的取り入れられ、寓話の枠を越えてアラビアンナイトの翻案ものとしてもよくできている。

「カンディード」については、東方的要素は、まあ工藤氏の論考どおり。以下、作品自体の感想;
 登場人物たちを次から次へと襲う災厄とその記述のはしょり具合は聞きしに勝る凄まじさだが、最も壮絶なのは、やはりリスボン大地震(1755)の場面である。何が凄いって、ヴォルテールの世界観を決定的に覆し、この作品を書かせる直接の原因となった大災厄の酸鼻を極める情景が、200頁近い本篇中、たった2頁に凝縮されているのである。その前哨戦である嵐による難破(これもたった1頁強)を含めて、思わず書き写したくなってしまうほどの素晴らしさである。いや、やらないけど。

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