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参考文献録

『ドリナの橋』 イヴォ・アンドリッチ 松谷健二・訳 恒文社 1966(1945)
Na drine ćuprija
 ドイツ語からの重訳らしい。アンドリッチはこの作品で61年にノーベル文学賞を受賞した。
 ボスニアとセルビアの境界をなすドリナ川に唯一架かる橋と、橋のボスニア側の町ヴィシェグラードの年代記。1571年にトルコの大宰相ソコル・メフメド・パシャの命で建設された橋が、1914年、オーストリア軍の撤退の際に爆破されるまでの350年余の歴史が描かれるが、序盤に橋の建設について語られた後は、300年の歳月がかなりはしょって語られ、全体の四分の三が19世紀半ば以降の出来事になる。

 序盤に、橋の建設を妨害した農夫が串刺し刑に処される場面がある。私の読書は相当偏っているものの、こと歴史に関してはかなり広く深く読んでいるつもりだったんだが、「即死させない」串刺し刑の記述(しかも詳述)で出くわしたのは初めてであった……直腸から杭を刺し、心臓や肺、気道を避けて背中に抜けるようにする(それなりの技術を要する)。その後少なくとも数時間は息のある受刑者を晒しものにするのだそうな。

 序盤はこの場面のインパクトが強すぎて、ほかは全部吹っ飛んでもうた。19世紀半ば以降の記述になると、暴力はもっとさりげなく淡々と描かれる。
 トルコ人による反オーストリア抵抗運動の指導者たちが、町にやってくる。町のトルコ人名士のアリホジャは、抵抗しても殺されるだけだから諦めるよう説く。町のトルコ人たちもアリホジャに従うが、抵抗運動の指導者の目的は、抵抗を成功させることではなく、抵抗して死ぬことにある。しかも自分と仲間だけが死ぬのではなく、できるだけ多くの同胞とともに死ぬことを望んでいる。彼にとって、その熱狂を共有しないアリホジャは、オーストリア人その他の外国人全般以上の憎しみの対象になる。
 いよいよオーストリア軍が目の前まで迫ってきたので、抵抗軍は町の防衛を諦めて撤退していく。去り際、指導者は、アリホジャを杭に縛り付けて耳を釘で打ち付けろ、と捨て台詞を残していく。
 町の誰もが、ただの捨て台詞だと理解しているものの、「でもオーストリア軍がそこまで来てるし、言うとおりにしなきゃいけないのかな」という空気になんとなくなり、誰もかれもがその「なんとなく」の空気に反対できないまま、自分たちが尊敬するアリホジャを、戸惑いながらなんとなくで杭に縛り付けて耳を釘で打ち付け、そのまま放置して避難してしまうのである。
「普通の人々」が時として行う信じ難いほどの残虐行為の少なくとも一部は、こういった「なんとなく」の空気の中で行われるのではないだろうか。この後、アリホジャはオーストリア軍に救助されるが、そのまま家に帰り、その後も元どおり町の名士として暮らしていく。
 
 町にはホテルを営むユダヤ人の一家がおり、時代の推移とともに商売は次第に傾いていくのだが、まずまず裕福な暮らしをしてきた。それが1914年、町に砲弾が飛び交い、一家は避難せざるを得なくなる。荷物を積んでホテルを出て、町から出るために橋を渡る。それまでホテル経営者一家だった彼らは、「数歩橋を渡り出すと突然に貧乏ユダヤ人の姿となりはてた。あわれな難民である。」

 先日読んだ『呪われた中庭』でもそうだったが、アンドリッチの作品は、人種や民族、信仰等で「我々」と「彼ら」を分けない。この『ドリナの橋』でいえば、町の住民は人種、民族、信仰にかかわりなく共同体の成員とされる。余所者は余所者として区別されるが、そこに「我々」と「彼ら」の図式が明確にあるようには見えない。外来者は外からやって来る変化の象徴とされているが、町にある程度長く住む個人として描かれる時は、もはやなんらかの象徴性を負わされた記号ではない。

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