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参考文献録

『必携アラビアン・ナイト――物語の迷宮へ』 ロバート・アーウィン 西尾哲夫・訳 平凡社 1998(1994)
the arabian nights  a companion
 中世アラブ史の専門家による、アラビアンナイト入門書。アラビアンナイトを未読の人向けだが、アラビアンナイトの成立や翻訳事情だけでなく、世界各地の説話、前近代のアラブの文化、アラビアンナイトの影響を受けた西洋文学など、幅広い分野を解り易く説いている。西洋文化に於ける東方からの影響という意味でのオリエンタリズムを扱った本では、これまで読んだ中で一番おもしろかった。

 リチャード・バートンを筆頭として、千夜一夜の翻訳に関わった人間は揃って奇人ばかりだが、その末端にはアラビアのロレンスことT・E・ロレンスまでもが加わっている。
 本書によると、ロレンスはバートン版を嫌い、マルドリュス版を非常に高く評価していたそうで、1923年にマルドリュス版英訳の話を持ち掛けられると快諾し、「多様な言語による多くの翻訳版のなかで、マルドリュス版こそはずば抜けて優れており、(中略)マルドリュス版が正確であるのは折り紙つきです。」と返信している(結局遣り遂げてないが)。
 しかしマルドリュスのアラビア語のレベルは疑わしいもので、その翻訳版(1899年から1904年に刊行された全16巻)は刊行直後から不正確さが批判されていたという。著者アーウィンは、マルドリュス版に対するロレンスの絶賛をもってして、彼のアラビア語力が実は大したことがなかったことの傍証としている。

 難を言えば、千夜一夜の起源をインドまでしか遡ってないことだな。シンドバードとかには、インドというよりは東南アジア起源と思われる要素もかなり入ってるのに。あと、千夜一夜の発展期と同時代のペルシア文学についても、まったく言及されていない。

 訳者の西尾哲夫氏は、2000年代に入ってアラビアンナイト関係の著作を多く出しているが、本書と偶然出会うまでは、アラビアンナイトにはまったく興味がなかったそうだ。確かに、興味がなかった人までアラビアンナイトに嵌らせてしまうくらいの魅力がある本である。
 近々『アラビアン・ナイトメア』を読むつもり。非常に楽しみだ。

 2010年10月再読。

 前回(8ヶ月前)読んだ時よりもいろいろと知識が増大しているので、内容への理解は深まったが、同時にいろいろと不備やら不審な点やらが目に付く。
 インドから東(中国や東南アジアなど)がほとんど無視されているのは前回から気が付いていたが、これはまあいい。守備範囲を無限に広げるわけにはいかんしね(中国史に関しては、日本人が欧米人より随分と恵まれているのは間違いない)。20世紀後半(50-60年代だったと思う)に採取された「メキシコ先住民の民話」にアラビアンナイトやらグリム童話の中の話が紛れ込んでいることも知らないようだが、これもまあ仕方ない。

 今回気づいたのは、ペルシア語文学がほとんど無視されていることである。完全に黙殺しているわけではなく幾らかは言及した上で、きりがないから、と断っているのだが、それにしたって『ヴィースとラーミーン』や『シャーナーメ』、『マスナヴィー』なんかよりも、『千夜一夜』と共通点の多い作品は幾つもある。どうにも解せない。
『ライラとマジュヌーン』まで無視されている。たぶん欧米でもニザーミー作品のほうが知られているだろうけど、元はアラブの伝説で(実在の人物がモデルだという)、アラビア語作品が先行してるのに。

本書で紹介されていた小説「ヴァテック」と「シャグパットの毛剃り」感想

『アラビアン・ナイトメア』感想

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