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参考文献録

「キス」 アンジェラ・カーター (『ブラック・ヴィーナス』 植松みどり・訳 河出書房新社 2004(1985))
Black venus
 アンジェラ・カーターはフェミニズムの文脈で紹介されてることが多いんでなんとなく敬遠してたんだが、読んでみたら結構おもしろかった。つくづく、そういう紹介の仕方(フェミに限ったことじゃないが)は作者にとって迷惑でしかないよな。そういう売り方をしたがってる作者ならいいんだろうけど、訳者解説によればカーターはそうではなかったという。

「キス」はサマルカンドで語られる、中世の暴君とその妃の伝説。ウズベク族じゃなくて「ウズテク」族となってるので、暴君「タンバーレン」も架空の人物なのだろう。伝説の主題がモスクの建設だということからも、ブルー・モスクを建てたサマルカンドの主ティムールあたりがモデルと思われる。あるいは、ティムールが西洋人にタメルランと呼ばれたように、私の知らない西洋名を持つ別の実在した中央アジアの暴君なのかもしれない。

 それはともかく、わずか8頁の掌編ながら、中近東とは異なる中央アジアの雰囲気をよく捉えていると思う。民族衣装の描写とか、眉間に横一本の線を引いて眉毛を繋げる妙な化粧法とかも含めて。雰囲気だけの「なんちゃって中央アジア」ではない。
 しかし、シェヘラザードの名は出さなくちゃならなかったのか。高貴な人妻が平民の男に頼みごとの代償としてキスをねだられ、応じたために身の破滅を招く、というエピソードは『千夜一夜』にあり、「キス」はこれに基づいているのだろう(実際に中央アジアにこういう伝説があるのかもしれないけど)。ロバート・アーウィンの『必携アラビアン・ナイト』は、アラビアンナイトに影響を受けた現代作家の一人としてカーターを挙げている。

 しかし大概の人のアラビアンナイトについての知識やイメージは、非常に貧弱で画一的なわけで、それを敢えて利用するならともかく、そうでないならわざわざ読者にアラビアンナイトを思い出させるのは作品の印象を限定することにしかならない。それは欧米でも日本でも同じだろう。シェヘラザードの名前なんか出したものだから、訳者の植松氏は「アラビアン・ナイト風に語られるアラブの王宮の女」とか平気で述べちゃってるよ。まあ出さなくても言いそうではあるけどね。やれやれ。

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