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参考文献録

『伝奇集』ホルヘ・ルイス・ボルヘス 篠田一士・訳 集英社 1984
Fiddiones, El aleph, Historia universal de la infamia
「伝奇集」(1956)、「エル・アレフ」(1957)、「汚辱の世界史」(1954)を一冊にまとめたもの。
 次作の参考資料として、去年から「東アジア人(主に日本人と中国人)以外の作家が描く、シルクロード~中東を舞台にした歴史小説」および「(前略)、シルクロード~中東風の世界を舞台にした広義のファンタジー」を、片っぱしから(翻訳のみだが)読んでいる。
  ボルヘスは十年近くも前に読んで、なんかいまいちだったのでそれっきりだったのであった。何がどういまいちなのか、その時は解らなかったのだが、上記の条件に当てはまる作品を探す過程で、ボルヘスが次のように述べているのを知る。

 シャーラザードにも劣らぬ神来の記憶力をもった、ひとりのマロン教徒の女助手であった。この素性のいかがわしい補佐役――その名をわたしは忘れたくない、それはハンナであると言われている――のおかげで(後略)
  「『千夜一夜』の翻訳者たち」(『永遠の歴史』筑摩書房)より

「アラジンと魔法のランプ」など、『千夜一夜』の中の幾つかの物語にはアラビア語原典が存在しない。アントワーヌ・ガランは、それらをマロン教(中東のキリスト教)修道士のハンナ・ディヤーブなる人物から提供された、と主張している。ハンナ某はそれらを『千夜一夜』の物語として記憶しており、書き記した。ガランはその手稿を翻訳した、というのである。
 しかし、ハンナ某の実在は確認されていない。そのため、ガランの創作に違いない、という説もある。

 上のボルヘスの文章は、ハンナ某の存在の曖昧さを踏まえている。それはいいんだが、実はハンナは男性なのである。
 この性別の取り違えがボルヘスの間違いなのか、当たった資料の間違いなのかは、この際問題ではない。謎の語り部ハンナが「女だったらいい」という強い願望をボルヘスが抱いていたのは、「シャーラザード(原文ママ)にも劣らぬ神来の記憶力をもった」「その名をわたしは忘れたくない、それはハンナであると言われている」といった、思い入れたっぷりな文から明らかである。

 考証よりも感性優先というか、実は俗っぽい(悪い意味で)というか、作品(エッセイ等も含めて)全体から滲み出る「そういう感じ」が、どうもボルヘスを好きになれない原因なのだろう。「バベルの図書館」シリーズ(国書刊行会)の『ガラン版 アラビアンナイト』の序文にも、「東洋は西洋の伝統である」とか無頓着に書いてるしな。

 それはともかく、この作品集にはイスラム風味の話が多い。ざっと挙げると「アル・ムターシムを求めて」「アヴェロエスの探究」「アベンハカーン・エル・ボハリー、おのれの迷宮に死す」「ふたりの王とふたつの迷宮」「仮面の染物師 メルヴのハキム」「彫像の部屋」「夢を見た二人の男の物語」「インクの鏡」「マホメットの代役」

「イスラム風モチーフ」が使われている話も含めれば、この倍くらいになるだろう。フィクションとしては、どれもよくできている。まあ、ほかの欧米作家による「イスラム風フィクション」が、あまりにも出来の悪いのんが多すぎる、ということでもあるんだけど。
「仮面の染物師 メルヴのハキム」(「汚辱の世界史」)は、8世紀後半の史実に基づいている。メルヴ(現在のトルクメニスタン)で叛乱を起こしたムカンナアを主人公にした(登場させた)文学作品は、私が知る限りでは本作ともう一つ、トマス・ムアという詩人による叙事詩「ララ・ルーフ」だけである。ボルヘスによると、この「ララ・ルーフ」は「アイルランドの愛国者流の感傷癖に彩られて冗漫な作品である」。

 ムカンナアは、私が現在執筆中の長編に登場する。彼に関する日本語と英語の文献をすべて読んだわけではないが、ボルヘス作品はほぼ完全なフィクションだと言い切れる。史実というか、複数ある原典(信憑性の高いものから低いものまである)の記述と一致する点を、不粋を承知で挙げれば、

  • 叛乱のおおよその時期(鎮圧は西暦783年/ヘジュラ歴167年。ボルヘスはヘジュラ歴163年としている。なおボルヘスはヘジュラ歴と西暦の換算も不正確)。
  • 首謀者は覆面をし、アラビア語で「覆面者」を意味する「ムカンナア」と呼ばれた(ボルヘス作品での日本語表記は「モカンナ」)。
  • ムカンナアは若い頃はホラーサンに住み、最後はサナームの地で籠城した。
  • ムカンナアは預言者を称した(ボルヘス作品での日本語表記は「予言者」)。

 以上四つだけである。ムカンナアに関する「主要な情報源」は「わたしのまちがいでなければ」「四つにしぼられる」としてボルヘスが挙げている資料は、四点ともおそらく実在しない。
 まあ、アッバース朝が黒を国家の象徴としていたのに反抗して白を象徴としていたらしいとか、ムカンナアが支持された理由の一つが、この地方の実質的な支配者だったアブー・ムスリムが755年にアッバース朝によって処刑されたことへの憤りだとか(「もっとも有名な首領の失脚と処刑」とは、このことを指しているのだろう)、いろいろ下調べをした形跡はある。
 原典史料の一つでは、ムカンナアは元は布を漂泊する職人だったとしている。ボルヘスは染物師だったとしているが、そういう史料もあるのかもしれない。

 いや、調査した上での創作、ということなら、何も言うことはないんだけどね(どうも不信感が……)。

 以下は邦訳者の問題だが、イスラム圏の固有名詞等のカタカナ表記が見慣れないものなので、すぐにはなんのことだか解らなかったりする。原文での表記も、かなりいい加減なような気がするが。「ムカンナア」が「モカンナ」、「ムハンマド」が「モハメド」「マホメット」なのはまだいいが、「マフディ」が「マーディ」、「バラーズリー」が「バラドゥーリ」とか。別にいいんだけど。

「アル・ムターシムを求めて」では「パーシーたちがこの塔においていった、白い屍衣に包まれた死体から」とあるが(場所はボンベイ)、「パーシー」ってパールシー教徒のことだろう。となると、「この塔」とはゾロアスター教の鳥葬の塔ということになる。パールシー教を知らなかったから、そのままカタカナにしたんだろうな。
 しかし、「恐怖の救済者 ラザラス・モレル」では19世紀初めのミシシッピー下流域の「目もあてられぬ沼沢地に、プア・ホワイトが住み付いた」とある。たぶん原文にpoor whiteと英語で書かれていたから、そのままカタカナ表記したんだろうけど、1984年当時の日本でこの語はそんなに人口に膾炙してたんだろうか。まさかこれもなんのことだが解らないから、そのままカタカナにしたんじゃあるまいな。

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