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参考文献録

“The History of Bukhara”  Al-Narshakhi translated by Richard Frye Markus Wiener Publisher 2007
 ナルシャヒー(899-960)が943年にアラビア語で書いた『ブハラの歴史』を、1128年にクバヴィーという人がペルシア語に翻訳し、かつ別の史料から増補したものを、R・フライが英訳したもの(なお、アラビア語原典はすでに散逸している)。
 R・フライは中世イスラム史の専門家で、邦訳は出ていないようだが、日本人研究者の論文ではちょくちょく参考文献として挙げられている。

 英語は一応読める言語なのである。中国語も一応読める言語に数えられるが、中国語のイスラム史文献なんて、命に関わりでもしない限り御免蒙る(非中国語の音写が恐ろしいことになっているからである)。
 8世紀半ばのイスラムについて資料がない資料がない、と散々言ってきたが、実は一次史料は質量ともにそれなりに存在するのである。もちろんアラビア語原典は読む努力をする気もないが、最も充実した史料であるタバリー(923没)の『預言者と諸王の歴史』は英訳が出ているのである。が、私が必要とする範囲だけでも10巻分くらいはあると思われ(全38巻)、つまり充実しすぎてるのでよう読まん。

 中央アジアだけに限定すると、二番目に充実した史料がこの『ブハラの歴史』であり、こちらは巻頭・巻末の解説も含めて180頁ほどしかないので、言い訳が利かない。読むしかねーじゃん、めんどくせー。
 と不平たらたらで読んだわけだが、いやまあ、非常に役に立ちましたよ。重要な史料だけあって、多数の日本語文献で引用や内容紹介されてるのにお目に掛かってきてるんだけど、初めて知る情報も多く、しかも興味深い。130頁ほどの本文中、8世紀末以前の記事は100頁ほどだけなんだけどね。

 英文はかなり平易。しかし訳注が全然ない。本文中に多少、()付きで補足してある程度。こういう類の文献の翻訳で訳注なしって、日本じゃ考えられないんだけど。フライは『イブン・ファドラーンのヴォルガ・ブルガール旅行記』も英訳しているが、やっぱり訳注なしだそうな。
 巻頭・巻末に解説はあるが、まったく不充分。英文自体は平易だから読めはするが、解釈に苦しむ記述が少なくなかった。
 例えば27章、「白衣の人々」と呼ばれる集団の叛乱についての記事。バグダードから派遣された宰相ジブライール・イブン・ヤフヤーは彼らを打ち破り、指導者のハーキムを捕らえる。
「白衣の人々は、ハーキムを返してくれなければ撤退しないと告げるべく、ハーキムの腹心キシュウィーを派遣した。キシュウィーは新しいブーツを履いていた。彼が要求を述べていた時、ジブライールの息子アッバースが戻ってきて、ハーキムを殺したと告げた。ジブライールは直ちに、キシュウィーを馬から引き摺り下ろして殺すよう命じた。白衣の人々は(これを知って)叫びを上げ、武器を取り出し、戦闘を開始した。」

 ……えーと、この「Kishwi was wearing new boots.」って一文にはどういう意味が? 何か慣用句的なもののような気がするが、何しろ注釈がないので……

 あるいは25章、738年に殺害されたブハラの王についての記事。彼は隣国サマルカンドの王宮で殺されたので、家臣らが彼の遺体を引き取りにきた。彼ら(his servants)はremoved his flesh and brought his bones to Bukhara.
 これを「ブハラへと彼(王)の肉を運び去り、骨を持ち去った」と訳すと、別段問題はない。こういうくどい言い回しは、イスラム古典には特に多い。
 しかし同じ章には、このブハラ王は改宗者だったが実は背教者だった、と書かれているのだ。この場合、背教者とは、隠れゾロアスター教徒のことである。彼が背教者だったという根拠は述べられていない。だが上の文中、removed his fleshは、「彼の肉を取り除いた」とも読める。ゾロアスター教では、死体から肉を取り除き(聖なる動物である鳥や犬に食べさせる)、骨だけにして埋葬するのである。
 ブハラ王の家臣たちが、王の死体から「肉を取り除き、骨だけを国に持ち帰って」埋葬したのだとしたら、王がゾロアスター教徒であった動かぬ証拠だ。
でも、注釈がないから判断もできない。

 中国の「城」は、日本の「おしろ」と違って城郭都市のことだが、中央アジアでも町は皆、城郭を持っている。で、ブハラの首都をはじめ、ある程度大きな都市は城郭が二重になっていた。支配者の宮殿や貴族の邸宅、官庁舎などを囲む「内城」と、その外に広がる平民の町を囲む「外城」だ。
 本書では城格都市をcity、外城をwall、内城部分をcitadel(城砦)としている。二重城壁構造だという説明はない。欧米人読者はどうなのか知らんが(ヨーロッパの城郭都市のことはよく知らん)、日本人は説明がなければ混乱するよな。

 あとは誤字脱字が多いねー。アラビア語・ペルシア語その他の人名地名、用語等もひどいが、普通の英単語も結構間違ってる。正しいスペリングが推測できればいいが、できなくてまるっと意味がわかんなかったりする文も。

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