« 近況 | トップページ | 参考文献録 »

参考文献録

『旧唐書』巻198 西域伝「波斯伝」「大食伝」 劉昫 945 (『二十五史舊唐書』 台北 二十五史編刊館 1956) 

「ぺるしあ」で変換すると、ちゃんと「波斯」と出るが(東洋史の人間以外、誰が使うのであろうか)、さすがに「たーじく」で「大食」は出ないな。ちなみにアラブのことですよ。
 標点本(訓点なし句読点付き)ですらない、まったくの白文。修士論文執筆時、つまり漢文読解力のピーク時でさえ、白文は苦手だったんだよ……訓点なんざ邪魔だし読点も別に要らんが、句点がないだけで、なぜこうも難解になるんだろうなあ。
 まあ念のための内容確認をしたいだけだったんで白文でも用は足りたし、白文でも県内の図書館に入ってるだけマシというものです。

「波斯伝」は卒論でも修論でも読んだけど、「大食伝」は初めて読む。
 中国の正史を読んでると、時々まったく脈絡なく変な一文に遭遇することがある。確か『隋書』か『北史』のどれかだったと思うが、「背中に鳥の足が生えた子供が生まれた」とか「頭が二つある子供が生まれた」とか。いや、まじで前後の脈絡と関係ないの。何が原因だとか、何かの予兆だとか、その後どうなったとか、一切なし。執筆者は何考えてたんだろ。
 そういうのんとはまた違うが、「大食伝」にも変なことが書いてある。イスラムの勃興について、というかムハンマド伝が、神ならぬ「人語を話す獅子」から啓示を受けたという怪異譚として記録されているのである。これと並んで、それなりに正確な情報(隋の開皇年間、大食の部族の中にクライシュ族があり云々)も記されている。

 アラブ(ウマイヤ朝)の使節は、651年以降、数年~十数年置きに唐を訪れ続けている。情報源は確保できていたわけだから、わざわざ人から人へと伝えられてきた不確かな話を採る必要はない。つまり上のどちらの話も、アラブの使節自らが唐朝政府に伝えたということになる。

 7、8世紀の段階では、通訳もしくは使節自身がペルシア人だったと思われる(中国語のできるアラブ人がまだいなかったから)。怪異譚のほうは、明らかにイスラムに対する無知じゃなくて悪意による歪曲だよな。人語を話す獅子云々の話は、当時、イスラムの知識が乏しいペルシア人たちの間に流布してた可能性はあるが、正式な使節団に加えられるくらいのペルシア人が、ムハンマドについてそこまで無知だったとも思えないし。
 この歪んだムハンマド伝が、ペルシア人の無知によるものだったにせよ悪意によるものだったにせよ、西側の史料には一切残らず、こうして中国側の史料にだけ残っているわけだ。

 人語を話す獅子の怪異譚に続いて、もう一つ奇妙な話も記されている。「大食の西の海には四角い石があり、六、七寸の小児が生る木が立っている。小児の実は人を見ると手足と頭を動かして笑う。摘み取るとすぐに死んでしまう」
 つまり「ワークワーク」についての記事である。情報提供者は、タラス河畔の戦いで捕虜になり、12年後に帰国した杜環らしい。誰も、まさかこれが日本のことだとは思わずに、繰り返し引用されていくうちに、「大食国は西の海の中にあり、人の頭の実がなる」という話になって、江戸時代には日本にも伝えられる、と。

|

« 近況 | トップページ | 参考文献録 »

参考文献録」カテゴリの記事