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スキャナー・ダークリー

 30年も前に書かれたディックの原作の驚くほどの「現代性」とか、デジタル・ロトスコープという技術がもたらす効果については、たくさんの人がたくさん述べているだろうから、まあキャストのこととか中心に。

 私は原作を、映画化が決定してから出た新訳(浅倉久志・訳、早川書房、2005)で読んだのだが、浅倉氏による巻末解説に主要キャスト名が載っていたため、途中から一部のキャラクターが、各々のキャストでしか浮かばなくなってしまったのであった。ロバート・ダウニーJrとウィノナ・ライダーである。

 で、実際に映画のほうを観てみると、ロバート・ダウニーJr演じる科学オタクでヤク中のバリスは、まったく想像どおりであった。
 ドナを演じたウィノナは、原作よりも落ち着いた感じでした。原作からイメージされたのはもっと若い頃のウィノナだったのである。黒髪で小柄で、ヤク中で盗癖(万引きレベルのケチな盗み)のあるエキセントリックな娘(実は見た目ほどは若くない)……十年ほど前の彼女だったらそのまんまなわけだが、ちょっと嵌まり過ぎて洒落にならんかったであろう。観てみたかった気はするが。

 キアヌ・リーヴスが主人公、というのは、原作を読んでいてもピンとこなかったのだが、キアヌの特徴は特徴がないことなので、このキャラクターを演じるのには相応しいかもしれないなどと予想していたのだが、まったくそのとおりであった。
 主人公は平凡な仕事と平凡な家庭と平凡な幸せを捨て、刺激を求めておとり捜査官になる。しかし二重生活を送るうちに、結局自分自身を見失ってしまう。スクランブル・スーツは、この「誰でもない男」を象徴するガジェットだ。ある意味、キアヌ・リーヴスのためにあるような役だと思うよ。

 原作を切り詰めているという印象はなかったものの、もう少し長くてもよかったんじゃないかと思う(上映時間は100分)。どの辺を長くしてほしかったかというと、原作のおもしろさの大きな要因の一つである、ヤク中同士の阿呆な会話だ。映画にもかなり取り入れてはいるけど、せめてもう5分間は入れてほしかったなあ(10分以上はさすがにいらないが)。せっかくロバー・ダウニーJrもバリスそのまんまなんだから。
 巧くやれば、『レザボア・ドッグス』や『パルプ・フィクション』の阿呆なだべり(あくまでこの二作のみであって、以降のタランティーノ作品のだべりは駄目)を凌駕し得たかもしれないのに、と残念に思うのであった。

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