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愛についてのキンゼイ・レポート

 何事にも加減というものを知らないアメリカ人の心性が最も端的に現れるのが、性の分野においてである。隠すなら徹底的に隠し、曝け出すなら徹底的に曝け出す。後者の先鞭となったのが、「キンゼイ・レポート」だ。

 それがどういうものかは一応知ってたけど、アルフレッド・キンゼイ(1894-1956)の人となりについては全然知らなかったし、今も知らない。まあ映画を観た限りでは、あれほど事態が捩じれたのは、彼が性欲を「純粋に生理的欲求であり、感情や道徳を絡めるのは間違い」と信じていたことに起因するようである。それもまた極論。
 結局、彼の目指していたこと自体は、「もう少し性に関する罪悪感から自由になろう」という、ごく中庸なものであったが(少なくとも映画ではそう描いている)、それに対する世間の反応は保守反動とその後に来る「性の革命」という両極端であった。ちなみにイスラム圏では、キンゼイ・レポートは「堕落したアメリカ文化」の証拠と受け取られたそうな。

 ある意味アメリカ文化を象徴する一人といえる奇人を、アイルランド出身のリーアム・ニーソンが節度をもって演じている。折り合いの悪い父親役はジョン・リスゴーで、この人のことは『レイダーズ』と『ロード・オブ・ザ・リング』でしか知らないと思っていたのだが、『ガープの世界』でも観たことがあったのを、はたと思い出した。そういえばそうだった、性転換したアメフト選手だったよな。

 キンゼイの助手の一人を演じたピーター・サースガードは、常に何か企んでそうに見える顔(というか目つき)で、『ニュースの天才』では真面目ないい人なのに悪者にされてしまう可哀想な編集長を好演していたが、今回はいかにも波風立てそうなのに結局大したことはしないままに終わってた……あの目つきは使いどころが結構難しいよな。『フライトプラン』みたいに犯人役だと意外性も何もあったもんじゃないし。

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