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夕陽のギャングたち

 セルジオ・レオーネの、それまでの西部劇と最後の作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』との間に位置する作品。
 ヨーロッパでもアメリカでも革命を礼賛する映画ばかりが作られていた1970年代初頭に革命の暴力性を批判した本作は、批評家やほかの映画監督たちから酷評された上に、単純な娯楽作を求めていた従来のファンからも受け入れられなかったそうである。

 いや、テーマもその料理の仕方も非常にいいと思うんだけどね。でもやっぱり『続・夕陽のガンマン』のほうが好き。シリアスに問題提起してる作品と「単純な娯楽作」のどっちが上か、とかいう話ではなく、たぶん本作は間の取り方が『続・夕陽のガンマン』のように巧くないのと、あと、ロッド・スタイガーがどうもメキシコの山賊兼農民に見えないのが問題なんだろうなあ。『続・夕陽のガンマン』のイーライ・ウォラックのほうが、ずっとメキシコの田舎の悪党っぽかった。
 ウォラックが「本当に野卑で頭悪そう」に見えるのに対し、スタイガーは「本当は野卑でも頭悪くもない奴が、野卑で頭悪い奴を演じてる」ようにしか見えないんだよな。演技の巧拙とはまた別の次元で。いや、実際に彼らがどういう人なのかは知らないんだけどさ。

 実はロッド・スタイガーの役は、イーライ・ウォラックを想定した当て書きだったんだそうな。ハリウッドがもっと有名な役者を要求したからウォラックは降板されてしまったそうだが、当初の予定どおりだったら、『続・夕陽のガンマン』と同じくらい好きになってたかもしれん。

 ジェームズ・コバーンは、同じ「寡黙なヒーロー」でも、クリント・イーストウッドよりもよかった。ウエスタンの世界でバイクに乗ってダイナマイトを駆使する元IRAという、場違いなキャラクターの場違いなおもしろさを活かしきって演じている。
 音楽の使い方も、同じエンニオ・モリコーネでも本作のほうがよりおもしろくなってると思う。

『続・夕陽のガンマン』感想

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