« お知らせ | トップページ | ロボット »

ゴスフォード・パーク

 ロバート・アルトマン監督作品。
 1930年代のイギリスは貴族の屋敷を舞台にした殺人ミステリー、というと、いかにもアガサ・クリスティ風である。実際、当初は「クリスティ作品のどれか映画化されていないもの」を映画化したかったんだそうだが、映画化されてないクリスティ作品はないため、「クリスティ風」のオリジナル脚本にしたんだそうな。

 要するに、アメリカ人アルトマンがクリスティ風の雰囲気を映画に撮りたかったということで、シチュエーションだけだとクリスティ以外の何ものでもないが、さすがにアルトマン作品だけあって、人間関係の描写はもっと生々しい。
 それに加えて、いつものアルトマン的群像劇という、それだけと言えばそれだけの作品なんだが、細部まで作り込まれて見応えがあった。上層と下層、それぞれの俗物ぶりを暴き立てるようにして描いているが、アメリカ人二人を間抜けにすることでバランスを取ってるし。

 クライブ・オーウェンがわけありの使用人を演じている。クライブ・オーウェンはとにかく容姿が気に食わないのである。いかつくて鬚の濃い顔に染み付いた風采の上がらなさ、というのはハードボイルドなかっこよさに昇華されてもいいようなものなのにそうならないのは、ごついフェイスラインと濃い鬚の剃り痕に囲まれた唇が、妙に「むにっ」としているためであろう。あの「むにっ」が意志薄弱そうな印象を与える上に、ありていに言って気色悪いんだよ。
 しかし本作でのクライブ・オーウェンは、鬚の剃り痕が目立たない上に、唇も「むにっ」としていない。たぶんまだ若いので(2001年)、鬚が濃すぎないのはもちろんのこと、唇とアンバランスさを生じるほど顔がごつくなってはいないのだろう。そこそこかっこよく見えるほどで、少々驚きであった。だからって、今のオーウェンが好きになるわけじゃないけどね。

 ケリー・マクドナルドもまだ25歳なので初々しさを残しているが、しかしまだ25歳なのに、すでにして肩や腰回りに分厚い脂肪が付いており、いかにも鈍臭そうなのであった(いくらメイド役だとはいえ)。『トレインスポッティング』の時は、あんなに印象的だったのになあ。
 

|

« お知らせ | トップページ | ロボット »

鑑賞記2012」カテゴリの記事