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ロボット

 久しぶりに映画館で観るのがこれ、というのもあれだが。何はともあれ、『ムトゥ 踊るマハラジャ』から14年ぶりに観る「スーパースター・ラジニカーント」である(もちろん『ムトゥ』も映画館で観ましたとも)。

『ムトゥ』はいろんな意味で途轍もなく衝撃的な作品であった。これは単にインド映画初体験であったから、ということではないと思う。元々ミュージカル映画が好きなので、「役者がいきなり踊ったり歌ったりする」という展開には特に違和感を抱かないし。少し後で観た『ジーンズ 世界は二人のために』(監督と主演女優が『ロボット』と同じ)にはそれほど感銘を受けなかったし。やはり『ムトゥ』は特別なのだと思う。
 ちなみに一番衝撃的で理解不能だったのは、「なぜ山羊が!?」だった。

 さて『ロボット』であるが、基本は『ムトゥ』と変わっていないので、あの時のような衝撃はもはやない。むしろ、15年(『ムトゥ』は1995年制作で、『ロボット』は2010年)の間に、インドも映画も変わったなあ、と感慨にふけってしまったのでした。いや、映画というのは世界規模での話ね。
『ムトゥ』が前近代的な舞台設定(確か悪役は70年代くらいの自動車に乗ってたけど)なのに対し、『ロボット』が現代の話(ロボットや人工知能の技術は現代よりはるかに進んでる設定だが)だから余計に違いが目立つというのもあるんだけど、まさに隔世の感があるなあ。インドが今や「経済成長著しい新興大国」だもんね。
 
 映画が変わった、というのはCGの進歩とグローバル化である。グローバル化の最も端的な現れは、ワイヤーアクションだ。『ムトゥ』にも格闘シーンには香港映画の影響が見られたけど、ワイヤーはなかったからな。
 ワイヤーアクションが香港から直接導入されたのではなく、ハリウッド経由なのは明らかで、ロボット軍団の黒のコートは露骨に『マトリックス』だが、しかし屋内はともかくインドの炎天下でもあの格好で撮影したんだろうか……

 ボリウッドがCGとワイヤーアクションを取り込んで何かものすごいものが出来た、ということで作品自体はグローバル化の成功例なわけだけど、A・R・ラフマーンの音楽は微妙というか、はっきり言って駄目だった。ハリウッド風の凡庸で大味なスコアにインド風の味付けが多少、と言ったところ。
「インド的でない」のが駄目、とかコロニアリズムな発言はしないがな。現在のインドではこういう音楽が好まれてるということなんだろう。ということはつまり、『ロボット』とあまり変わらない時期に作曲された『スラムドッグ・ミリオネア』音楽が、インド色が非常に強い、というか、いかにもインドの音楽を欧米人に口当たりがいいようにしました、な感じで、それでアカデミー賞獲っちゃったのは、まさしくコロニアリズムってことになるので微妙ですな。
 ともかく、『ロボット』の音楽が『ムトゥ』より凡庸なのは確かだ。

 15年後の変化、に話を戻すと、「スーパースター・ラジニカーント」もすでに61歳ですが、15年前には二重顎で腹の出たおっさんだったのに、身体はむしろ引き締まってるし(あくまで相対的にだが)、肌もきちんと手入れをしてるっぽい。こういう価値観の変化とか、アンチエイジングの概念とかも、グローバル化の一環ですな。まあそのほうが彼も末永く活躍できるから、いいことですが。

 3時間近い完全版ではなく、30分余りカットした日本公開版で鑑賞。カットされたのはほとんどミュージカルシーン。インド映画からミュージカルシーンをカットしちゃ駄目だというのが、よく解りました。でもさすがに完全版を観に行く気力はない。

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『ボス その男シヴァージ』感想

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