« ロボット | トップページ | コンテイジョン »

亜人

2008年10月の記事に加筆修正。

 シリーズの基本設定の一つ。人間に奉仕するため、遺伝子工学で生み出された奴隷種。人と獣の中間の存在として「亜人」と呼ばれる(『ラ・イストリア』では、北米人たちは「サブヒューマンsubhuman」と呼んでいた)。
 ヒトの細胞をベースに作られており、アンヘルによると亜人の定義は「規定値以上の遺伝子改造を受けた体細胞クローン」。
 この定義から、亜人が仕える対象すなわち「人間」は、「ヒト受精卵から発生し(受精卵クローンも含まれる)、規定値以上の遺伝子改造を受けていない」個体という定義が導かれる。規定値以上の改造を受けたヒト受精卵由来の個体や、改造を受けていないヒト体細胞クローンがどのような位置付けだったのかは、今のところ不明。
 ただし、法で定められた「規定値」は時代、地域、文化によってまちまちであり、しかも結構抜け穴があったらしい。

 亜人は遺伝子管理局によって造り出され、2007年に合法化された。促成培養(1年で肉体年齢15歳まで成長させる)と大量生産を可能にしたのは、20世紀末に実用化されていた人工子宮である。
 培養期間中、用途に合わせた知識と性向が脳(神経細胞)を直接刺激することで刻み付けされる。このため、亜人の思考や感情は単純で制限されたものになる。なお、人間に対しても脳神経の直接刺激によって知識を記憶させることは行われたが、これは刺激の程度が軽い「学習の補助」であり、「刷り込み(imprinting)」と呼ばれ、亜人に行われる「刻印(caracter)」とは区別された。また、亜人は生殖能力も停止されていた。

 奴隷である亜人に対し、人間は人権を保障された「市民」であった。亜人と人間の区別は厳格に法制化され、亜人を人間と同等に扱うのは禁止されていた。促成培養や思考・感情の制御も、人間との差異化のためである。外見だけで簡単に区別が付けられるような改造もなされていた。『ラ・イストリア』に登場した亜人たちも、羽毛状の頭髪や尖った耳、尻尾や角などを有している。
「亜人」は正式名称であり、1999年に発表されたプロトタイプは、「妖精」の名で呼ばれた。このことから、21世紀に入ってから「亜人」の名が正式に定められた後も、俗称として「妖精」の名が残った。
 なお、プロトタイプの亜人は身長150センチ足らずの丸ぽちゃの子供のような外見をしており、「妖精」という呼び名は相応しいとは言えなかった。

 各言語・文化圏での亜人の俗称は、例えばスペイン語では「ニンファninfa」、英語では「ニンフnymph」「フェアリーfairy」など。すでに亜人の生産が停止していた2250年代、北米の白人至上主義者たちの中には、有色人種を「妖精」と呼ぶ者もいた。
 ほかには、ルース(ロシア)語の「ニンファниmфа(妖精)」、中国語の「クイgui(鬼)」、イスラム圏の「ジンjin(妖魔)」(ペルシア語の発音は「ジェンjen」ですが、ややこしくなるのでアラビア語発音に合わせました)など。
 イラン語(ペルシア語と同系統の言語の総称)圏では、特に美しい外見の亜人を「パリーサparisa(妖精)」と呼んだ。ペルシアの伝説では、妖精パリーサは白い鳩のような翼を持った美しい乙女とされる。
 なお、『ミカイールの階梯』第五章でレズヴァーンが語るパリーサの物語は、実はペルシアの伝説そのものではなく、それに基づいたバレエ「ラ・ペリ」から。「ラ・ペリ」は1912年、ロシアのバレエ団のためにデュカスによって作曲された。
「パリーサ」は「パリpari/ペリperi」ともいい(というか、「パリーサ」のほうが派生語なわけだが)、一説によるとfairyの語源だとされる。

 遺伝子管理局の体制は「絶対平和」(スペイン語では「パス・アブソルートpaz absoluto」)と称されたが、これは戦争をはじめとする暴力が抑制されていたということではない。「人間同士」の暴力が抑制されていたのである。兵士はすべて亜人であり(将校は人間であろう)、戦闘は人間とその財産を決して傷つけない条件下で行われた。
 人間たちは亜人同士の殺し合いをショーとして楽しんだが、個人が亜人を傷つけることは禁じられていた。重労働に従事させることも含めて、亜人への暴力は体制によって完璧にコントロールされていた。亜人の労働力が提供する豊かさだけでなく、この「暴力のコントロール」こそが、絶対平和を支える強固な基盤となっていたのである。
 なお、今のところ「絶対平和」の時代は直接描かれておらず、上記の情報も真偽のほどが定かでない部分もある。とはいえ「知性機械」に保存された記録に拠っているので、それなりに信憑性は高いと思われる。

『ミカイールの階梯』では、タリム盆地最大の都市だったクチャに、絶対平和時代の遺跡である円形闘技場が残っている。
 作中では「円形闘技場」に「キルクス」とルビを振っている。「キルクスcircus」とはローマでは楕円形の競技場を指し、円形闘技場(コロセウム)とは区別することもあったようだが、circusは「輪・円」の意味であり、現在も英語をはじめ各欧州言語で「円形闘技場・円形競技場」を意味する(ローマの楕円競技場でも、剣闘士の試合は行われていた)。
 剣闘士の闘いは見世物であり、それはcircusすなわち「サーカス」という現代の用法にも残っている。『ミカイールの階梯』で、円形闘技場の遺跡に於いてマフディ教団による残虐な公開処刑が行われ、またパリーサとリューダの戦闘が公開されるのも、亜人同士の殺し合いという見世物の記憶、そしてタリバンによる「サッカー・スタジアムの公開処刑」の記憶の残滓である。

 妖精に関する国際法が制定されるのは2007年だが、それ以前から妖精を傷付けた場合には「器物損壊罪」が世界共通で適用されていた。「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」では、妖精同士に殺し合いをさせる(覚醒剤などが投与される)非合法の闘技場について言及されているが、こうした地下闘技場が後に合法化されたものが、亜人同士の殺し合いという見世物であったと思われる。

 22世紀末に始まった「大災厄」は、新種のウイルスが元凶だった。「絶対平和」を崩壊させたのは、動植物に直接被害をもたらした疫病ではなく、亜人の大量生産の停止である。人工子宮の生体パーツである内膜組織が感染したためであった。
 亜人が大量生産できなくなった時点で、人間同士の支配‐被支配の関係が復活する。また、遺伝子管理局の支配が緩んだことで、その管理下にあった遺伝子操作技術が流出し、非合法の遺伝子改造生物が数多く造られるようになった。
 それらの遺伝子改造体たちは生殖機能を停止されることなく、子孫を残した。また、復活した人間同士の暴力の渦中で、自衛のため、自らの血統に高い戦闘能力の改造遺伝子を組み込む家系も少なくなかった。
 ただし災厄の進行に伴って文明も急速に退行したので、こうした動向は23世紀後半までである。

 上述したように、亜人たちは一目で人間と区別が付くよう、特異な外見を与えられていたが、23世紀の遺伝子改造された人間たちも、常人との区別のため、特異な外見を与える遺伝子を、異能の遺伝子と連鎖して付与されることが多かった。
 旧時代の知識と技術が失われた後、これら遺伝子改造体の末裔たちは、「変異体(ムータント、ミューテイション、ムタシオンなど)」と呼ばれるようになったが、異能のみならず特異な外見をも受け継いでいたことが、こうした呼び名の一因である。
 異能と連鎖した外見上の特徴の例としては、『グアルディア』『ラ・イストリア』に登場する「千里眼」の盲目、『ミカイールの階梯』の「グワルディア(精鋭部隊)」の赤毛などがある。生体端末(『グアルディア』『ラ・イストリア』)の極度に薄い色素、殺戮機械パリーサ(『ミカイールの階梯』)の金髪碧眼白皙なども、同様である可能性が高い。
 また、『ミカイールの階梯』の守護者(ハーフェズ)たちも、外見上の区別のため、後天的にだが遺伝子改造(ごく単純な遺伝子組み換え)によって明るい金色の虹彩を与えられている。

『ラ・イストリア』のクラウディオが生まれ育った地下施設「グロッタ」は、外部から完全に隔隔絶し、疫病や飢餓や戦乱といった災厄を免れていた。それにもかかわらず、暴力のコントロールが失われていたため、亜人への虐待や人間同士の諍いが頻繁だった。
 またアロンソも、グロッタほど完全ではないものの同じく外部から隔絶した「城」で生まれ育ったが、ここでは亜人がおらず、人間が労働力を提供していた。彼ら使用人の反乱によって、城は押し寄せる暴徒に明け渡されるのである。

関連記事; 「遺伝子管理局」 「大災厄」 「絶対平和」 「コンセプシオン」
        「グワルディア」 「殺戮機械」 「変異体」

設定集コンテンツ  

 以下、ネタばれ注意。
 

 亜人が造り出された目的は、単に労働力を肩代わりさせるだけではなかった。後に「遺伝子管理局」と呼ばれることになる組織の創始者たちは、多年にわたる観察と研究から、人間の行動原理は「欠乏の充足」であると結論付けた。
 生存を保障されて、なお何かが「欠けている、足りない」と感じるとしたら、その不満は突き詰めれば自尊心に行き着く。他人より優位に立ちたい、あるいは少なくとも下位になりたくないと皆が思うから、平等は決して実現しない。常に誰かが欠乏を抱えている。そして暴力は、欠乏を埋める最も短絡的な手段である。だから平和も実現しない。
人間より一段劣った存在、すなわち「亜(「一段劣る」という意味)人」がいれば、人間の自尊心は満たされるのではないか。創始者たちは、そのように考えた。

 そして20世紀末、遺伝子工学を駆使して生み出された人造人間は、期待どおりの効果を人類にもたらした。少数の例外を除いて、人々は初めて根源的に満たされ、すべての人間が平等であると認識できるようになったのである。
「少数の例外」とは、亜人によっても欠乏が満たされず、亜人を嫌悪する人々である。21世紀初頭、彼らは「妖精撲滅派」と呼ばれた。撲滅派の中には亜人を虐待し続けるうちに、人間である己の優位を次第に確認することができるようになり、やがて自尊心も満たされ、暴力性も抑制される者もいる。しかし決して「治癒」されない者もいたのである。

 20世紀末~21世紀初頭の段階で、亜人(妖精)は一企業によって開発・製造されたことになっていた。この通称「妖精企業」は、亜人を全世界の市場にほぼ一斉に登場させた。
 遺伝子工学への規制が厳しい国々も例外ではなく、これは法の抜け穴を利用したばかりでなく、各国の支配層への贈賄がものを言ったのであった。贈られたのは、遺伝子操作技術(老化防止や若返りを含む美容術、身体機能増強など)に加えて、市場に出回っている妖精よりも美しく、知能や感受性も高い特別仕様の妖精たちであった。

後に亜人は用途に応じて能力も姿も多様化するが、美しいものもそうでないものも含めて、共通しているのは「人工生命体の気持ち悪さ」である。妖精/亜人は「見れば判る」のである。ケイシーをはじめとする「妖精撲滅派」や、妖精を受け入れると同時に虐待もする「推進派」の人々は、この「気持ち悪さ」に反応していると思われる。

 私が念頭に置いているのは、手塚治虫キャラの「気持ち悪さ」である。単に気持ち悪いのではなく、同時に蠱惑的でもあるキャラクターたち。特に、SF作品では、その「気持ち悪さ/蠱惑」が際立つ。
『アトム』や『火の鳥』などで手塚治虫作品に接したのは小学校入学前だが、その頃から、現代ものや時代もの作品ではキャラクターが「人間」に見えるのに、SF作品に限っては、どのキャラクターも「人形」に見えるのが、不思議でたまらなかった。例えば同じ『火の鳥』でも、過去の話(『黎明篇』『鳳凰篇』など)では、キャラクターたちが血の通った人間に見えるのに、未来の話(『未来篇』『復活篇』『望郷篇』など)では、キャラクターたちはゴムやプラスチックでできた人形にしか見えないのだ。

  亜人が初めて前景に登場する「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」では、亜人を手塚治虫のSF作品に登場するキャラクターのように描きたかった。言葉にできないものを言葉で表現することへの挑戦でもある。
 子供のような姿をしたプロトタイプの亜人は、手塚治虫キャラの「かわいいけど気持ち悪い」要素を端的に表現しようとしたものである。このことについて、イラストを担当してくださった橋賢亀氏には直接的にも間接的にも何も伝えなかったが、「かわいいけど気持ち悪い」イメージは見事に表現されている。つまり、私の文章だけで「かわいいけど気持ち悪い」イメージは伝わったということであり、満足している。

 絶対平和の時代、亜人の製造は、遺伝子管理局の管理下にあった。大量生産が不可能になった後も、隔離された場所で少数の亜人が製造されることはあったが、遺伝子管理局が崩壊し、末端組織(「グロッタ」もその一つ)も壊滅すると、亜人製造は完全に停止した。
 JDは、生体甲冑の着用者となったことで大災厄を生き延びた亜人である。「人間への絶対服従」という条件付けが失われているのは、生体甲冑の自己保存本能によって打ち消されたからだと思われる。
 十二基の知性機械の中央処理装置の生体パーツ、および知性機械サンティアゴの生体端末は、特殊なタイプの亜人と言える。

関連記事; 「JD」 「生体端末」 「知性機械」 「メトセラ種」 

          「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たちⅡ」 

        「連作〈The Show Must Go On〉」 (『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』)

        「絶対平和 Ⅱ」  「絶対平和の社会」 「絶対平和の戦争」 

       チャペック『山椒魚戦争』感想

設定集コンテンツ

|

« ロボット | トップページ | コンテイジョン »

HISTORIA」カテゴリの記事