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ファイナルファンタジーⅦ アドベント・チルドレン

 鑑賞はしばらく前。映画館、DVD、TV放映にかかわりなく、観た映画はすべて記録を取る習慣だが、大して感想がない時はわざわざ他人様に読んでもらうのもなんなんで、ここには上げない。これもそうした作品なんだが、ここのところ週に一度のDVD鑑賞が滞っているので、まあ賑やかしに、以前書いた感想を加筆修正。観たのは今年に入ってからなので、「思い出し鑑賞記」ではなく、このカテゴリーに。

 えーと、2005年制作か。当時、予告を観て、なんというか容易に予想がついたので観る気も起きなかったんだが、思うところあって鑑賞。
 いやー、見事なまでに予想どおりでした。それも、シナリオに関しては最悪の予想が的中してまいましたよ。
 1997年のゲームでも、世界が破滅の危機に瀕してるのに自分の性格について悩む主人公、そのコンプレックスを解消することと何故か同一視される世界の救済、まったく魅力のない(美形というだけの)ラスボス……とツッコミどころは山のように多かった。
 特にセフィロスがなあ。宇宙から来た怪物が「母親」だったという事実が、どうして惑星を滅ぼす行動に結びつくんだか。異質であることで迫害されたとか心身に苦痛を被ったとかいうような設定もないし。だいたいジェノバとの関係は細胞を移植されるかなんかされただけで、ちゃんと人間の母親がいるんじゃないの?
 しかしこうした数々の難点も、とにもかくにもゲームとしての出来を左右するほどではなかったのであった。

 で、 その2年後という設定の本作では……クラウドのうじうじが悪化しとるやんけ。いや、そもそも世界の救済と性格改善はなんの関係もないわけだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど、制作陣の意図がリアリズムへの方向修正でないのは明らかだ。しかもゲームではクラウドのコンプレックスが明らかになるのはだいぶ後になってからだけど、本作では終始なので大変鬱陶しいです。
 セフィロスの思念体とやらは、セフィロス本人よりは切実な問題を抱えてたわけだから、いろいろ画策するのはいいとして、子供たちを使って結局何をする気だったんだか、とか三人も要らんやん、とか。
 ゲームでは神羅カンパニーの支配体制とか一応考慮されてましたが、本作ではエネルギー問題とか経済とか行政がどうなってるのか等について、大脳皮質を使った形跡がまったくない。ほかにも設定の多くが具体性を欠いている上に、あちこち辻褄が合わない。
 まあそれらは予想どおりだったからどうでもいいんだが、主人公チームが一般人を無視して街のど真ん中で激戦を展開するのは、いくらなんでもひどすぎだ(ゲームでは災厄が迫ってきた時の人々の避難とか一応言及されてたのに)。そしてその直後の街の別の一角では人々がのんびり歩いてるし。

 要するに、ゲームのシナリオの問題点をわざわざ拾い集めて、さらに悪化させたような話なわけです。アマチュアかそれに毛が生えた程度の若造がかいた漫画や小説ならまだしも、これだけの規模の作品ならシナリオだって大勢のチェックを受けてるだろうに。いい大人が寄ってたかって、こんな無思慮な話を作るってどうよ。
 プロット以外でもなあ。珍妙な言動はゲームでも多かった。このシチュエーションでその反応?とか、噛み合わない会話(明らかに意図したものではない)とか。それでも私はゲームをしてるんであって物語を鑑賞してるわけじゃないから、とスルーできたんだが、本作は「物語」なわけだからスルーは難しいし、そういう台詞の比率がゲームよりさらに高い。いったい何を表現しようとしているのか不明な仕草や表情も多いし。あと、やたらと出番の多いタークス二人組はお笑い担当らしいが、掛け合いのテンポがとにかく悪い。演出にも問題があるよな。

 いや、批判してるんじゃありません。怒ってるんでもない。呆れてるだけです。
 観た映画について、単に「おもしろかった/つまらなかった」という感想以上のもの、つまりどこがどうおもしろいか/どうつまらないかを分析して文章にする(批評というほど大したものではない)のは、創作の参考にするためです。偶にあまりにも腹に据えかねて、ひたすらクソミソに貶してるだけのこともありますが、あくまで偶にです。
 ちなみに読んだ小説についても同じことをしてますが、映画についてよりも難しくて人に見せられると思えるものがなかなか書けん……読書感想は小学校の昔から苦手なのです。

 本作は鑑賞前から「こんな程度だろう」と予想していてたので、あまりにも予想どおりだったことに呆れはしても腹は立たない。長所があまりにも少なく、欠陥は根本的かつありきたり過ぎて、分析したところで得られるものはない。このとおり、やろうと思えばいくらでもツッコミを入れられますがね。どうでもいい。
 これもどうでもいいことだけど、クラウドを除くゲームのパーティーメンバーの扱いがぞんざいですねー。ティファでさえも。ゲームをやってないまったくの新規の鑑賞者なんてまず望めないのに(望んでたとしたら驚きだ)、これはゲームのファンに対して非礼というものではありませんか。どうでもいいことですが。
 
 一応、褒められるところは褒めておこう。鑑賞の理由の一つは美麗なCG映像を観たくなったからで、それについてはまあそこそこ。ただしほぼアクション場面限定。
 観たかったのは、実写(生身の俳優、ロケやセット、ミニチュアなど)では表現不可能な非現実的な光景を、セルアニメでは不可能な鮮明さで描いたものだったんだが、アクション以外で及第してる場面がほとんどない。ロケーションも半ば廃墟の不景気な街や不毛な荒野が中心で、せっかくのCGの質が泣く。FFシリーズのムービーの見所の一つは架空メカ(兵器含む)の細密な描写なのに、それもないに等しいし(クラウドのバイクくらいか)。

 あ、褒めてないや、これ。いや、とにかくアクションはまさにCGならでは、かつ良い意味でゲーム的な表現で、大変見応えがありました。後はえーと、キャラクターのCGは大変よくできてます。前述のとおり、ところどころ意味不明の仕草や表情があったにせよ。ゲームのムービーには当時驚嘆したものでしたが、比較してみるとたった8年で隔世の感がありますね。本作からはさらに7年も経ってるけど、今はどれだけ進歩してるのかな(ここんとこゲームはすっかりご無沙汰なんで)。

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るろうに剣心

 原作は連載開始当初(94年)から読んどって、時代もの漫画自体が少なかった当時において明治の剣客ものという変わった題材で、しかもジャンプなのに幕末~明治という時代の矛盾を真摯に誠実に描こうとしている作者の姿勢に好感が持てたのだが、開始からしばらくの間はジャンプにおける位置(文字どおりの意味)が少々微妙で、わりあいハラハラしながら応援していた思い出が……とか言いつつ、単行本は買ってもアンケート葉書は一度も出しませんでしたが。

 というわけで、原作にはそれなりに思い入れがある。大友啓史監督の力量は『龍馬伝』で明らかだし、剣心役の佐藤健も同作品で岡田以蔵を好演していたが、しかし漫画原作を巧く実写化できるかどうかはまた別問題である。
 興味はあるが、残念なものを観せられたらダメージもでかそうなので、友人を道連れにすることにした。彼女は今年30歳のアメリカ人で、高校時代に『るろうに剣心』と出会って以来、日本の漫画やアニメに嵌まり、ついには日本に在住するようになった、という絵に描いたような経歴の持ち主である。来日数年、字幕なしで邦画を観れるくらい日本語も上達していることだし、これは是非とも誘わねばなるまいよ、と。
 まあ実は、彼女は日本に住むうちに漫画・アニメへの興味はむしろ薄れ、廃墟巡りなど別の方向へと歩んでいて、この春に私が誘うまでは、るろ剣実写化の話も知らないほどだったんだけどね。とにかく、駄作だったら二人で冗談の種にしよう、ということで観に行く。

 結果は、私も彼女も大いに満足いたしました。原作の複数のエピソードを巧くまとめてオリジナルのプロットを作り上げているし、原作の主要なテーマである「明治初期という時代の矛盾」もより際立っている。
 特に感心したのが、斉藤一が逆刃刀を指して「己に向いた刃は、やがておまえを苦しめることになる」と述べた台詞で、これは原作にあるべき台詞だった。つまり、少なくともこの台詞をはじめとする幾つかの要素については、映画は原作以上に原作の本質を捉えることに成功している、と私は言い切りますよ。

 その他の要素については、役者がみんなテンション高くて楽しそうなのが良かったなー。学生時代に演劇をやってたんだけど、スタッフ・キャストが一丸になって一つの作品を作り上げる、いい意味での手作り感が共通してて。こういう「楽しんで作ってる」雰囲気がある映画には、つい評価が甘くなってまう。
 いや、龍谷大学がロケに使われてるから余計にそういう印象を受けてまうのかも知らんけど(陸軍省でした)。しかし龍大ロケは近年多いみたいだな、私が在学中はそんな話はとんと聞かなかったものだが。
 キャストはみんな、原作のキャラと似てる似てないというレベルを超えて好演してたけど、高荷恵役の蒼井優だけは、眉まで剃って頑張っても「妖艶な美女」にはミスキャストとまではいかないけど違和感が。まあこれは今までの彼女のイメージがあるからでしょう。蒼井優を全然知らなかった友人は、原作のイメージにぴったりだと感心してたし。
 あと、音楽の使い方が印象的だったな。

 しかしこの映画で最も重要なのはアクションで、比重で言うと半分くらい、最小に見積もっても三分の一は占めてるわけだが、よりにもよってそういう映画を観るのに眼鏡を忘れてしまったのであった。
 視力自体は、普通のドラマパートを見る分には問題ないんだけどねー、乱視だから眼の焦点が合うのが遅くて、動きの速い場面だとついていけない……スローモーションが多用されてることを期待したんだが、ほとんどなかった……これもアクションに力を入れている一つの証明ということでしょう。「ため」すらあまりないんだよね。とにかくみんな物凄くよく動くんで、目がついていけませんでした。もったいないことをした……痛恨の極み。

 この監督とキャストで続編作ったら、また一緒に観に行こうね、と友人と約束する。

「るろうに剣心 京都大火篇」感想 

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