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アイアン・スカイ

 ここ3、4年なかったほどのひどい夏バテからやっと回復してきたと思ったら、5、6年ぶりかそれ以上に久方ぶりに風邪をひいて3日間寝込みました。小学生の姪にうつされたんですが、やはり体力が落ちてたからでしょう。
 その後も自律神経がいかれて微熱が続いています。微熱といっても平熱が35度台なので、37度台でもかなり苦しいです。季節の変わり目の今日この頃、皆さまは如何お過ごしでしょうか。風邪をひく前に観た映画を御紹介。
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 フィンランドというとムーミンとシベリウスとアキ・カウリスマキくらいしか思い浮かばないんだが、そうしたイメージを完全に覆すバカSF映画。メインキャストは全員外国人で、フィンランド語の台詞は一言もない。
 内容を一言で言うと、「ナチスが月からやってくる」。
「ナチのすごい科学」ものは、いい加減やめるべきだと前々から思っているのである。だって事実として、ナチの科学はすごくなかったんだよ。ヒトラーを筆頭として首脳部は科学を理解できない上にオカルト大好きな低能連中だったし、ドイツの優秀な科学者の大部分は逃げ出すか収容所送りになっていたのだから、「すごい科学」なんて在りようがなかったのだ。
 すごくなかったものをすごいと言うのは、たとえそれが「悪の科学」ということであっても、歪曲に基づいた称賛にほかならない。
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 次に、いくら悪逆非道な組織または個人であっても、やってもいない悪事や阿呆なこと(「ナチのすごい科学」には阿呆なものが多い)をやったことにするのは、フィクションにしても限度というものがあると思うのである。そして「ナチのすごい科学」ものは、とっくにその限度を超えている。
 最後に、このネタはもはや陳腐であるだけでなく、安易だからである。どんなに歴史・科学考証にそぐわなかろうが、「ナチのすごい科学」だから、で済ませてしまうのは、あまりにも安直というものだ。 
 だいたいさー、時代・科学考証うんぬん以前に、そんなすごい科学(と国力)があるんだったら戦争にも勝てたんじゃないの、と思わずにはいられない。勝ったという歴史改変作品もあるにはあるが、「すごい科学」のお蔭で、というのがあったかどうか、ちょっと記憶にない。すごい科学を持ってるナチは、十中八九残党である。
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 というわけで、それでもやるというなら、せめてこれくらいはやってもらいたいものである――「ナチスが月からやってくる」。
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 ところで私は、でっかい機械がガシガシ動く映像を、大画面で観るのが大好きである。実物の機械には、サイズに関わりなく大して興味が湧かない。それが映像だと、なぜか画面のサイズが大きければ大きいほど惹き付けられるのである。映画館のスクリーンサイズで、細部まで舐めるように撮った映像だったりすると、ものすごく気持ち良くなる。出来さえよければ、架空メカでも問題なし。
 だから、いかにもドイツっぽい駆動部剥き出しの巨大な機械がいっぱい登場する本作は、とっても気持ち良かったです。欲を言えば、飛行船や円盤型戦闘機の細部も見たかった。
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 パンフレットによると、「ナチスが月からやってくる」というアイデアは、監督の自主制作映画仲間の脚本家ヤルモ・プスカラが見た夢(比喩ではなく本物の)だそうである。つまり、文字どおりオタクの夢を具現化した映画なのだが、そこで終わらずにアメリカを対象とした、かなり突っ込んだ風刺も行っている。
 宇宙開発は軍事を目的とせず、という国際協定を、すべての加盟国(フィンランドを除く)が破っていることを知ったサラ・ペイリン似の米大統領は激怒する。「アメリカだって違反してるだろ」と指摘されると、「アメリカはいいのよ!」。現実のアメリカもそう思ってるに違いない、と世界中の国が頷くところであろう。
 
 しかしこれくらいの風刺なら、ちょっと気の利いた人間なら誰でもやれることで、本作で最も重要なのは、数多のナチもの映画が取り上げないどころか、おそらく気づいてすらいなかった「ナチズムの本質」を精確に捉えている点である。
 それは、ナチズムの「綺麗ごと」だけで純粋培養されたヒロインが米大統領選の広報担当に起用され、まさにその綺麗ごとによってアメリカの大衆の心をがっちり攫むエピソードによって示されている。つまり、あからさまにやばい部分さえ隠してしまえば、ナチズムが説く理想は、非常に口当たりのよいものなのである。だからこそ、あれだけ多くの人々が惹き付けられたのだ。
 
 制服(軍服)やゲルマン的美男美女といった、ヴィジュアル面でのナチズムの魅力については、先行作品でも指摘されてきたことではある。
 その「かっこいいナチ」を体現するのはゲッツ・オットー。『ヒトラー最後の12日間』で、端役なのにやたらでかいというだけの理由でやたら目立ってた兄ちゃんである。あれから8年で、ずいぶん老けたな。『ヒトラー』では演技力を披露しようもないほどの端役だったが、今回は徹底して戯画化されたナチを嬉々として演じている。
 
 ナチスというとマッドサイエンティスト、それも主として医学系が付きものだが、これはドイツ=医学というステレオタイプに加えて、ヨーゼフ・メンゲレが源泉なのであろう。本作のマッドサイエンティストも、巨大宇宙戦艦を設計するだけでなく人体実験も行っており、黒人宇宙飛行士にメンゲレ呼ばわりされる。
 メンゲレは実際に薬物投与による髪や虹彩の「漂白」実験を行ってたそうだが(そしてまったく成果を上げられなかったそうだが)、しかし本作で「漂白」された黒人がコリン・パウエルほども白くなかったのは、フィンランドの特殊メイク技術の限界によるものだろうか。ハリウッドの技術だと、それこそ白人並に白くできるそうだが。
 あと、やってることがメンゲレなのに、どうして外見は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクなんだろうなあ。ハリウッド映画に登場するマッドサイエンティストは、ほかにも山ほどいるのに。
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 以下、ネタばれ注意。
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 ヒトラーの跡を継いで月面ナチの総統となっているのが、ウド・キアー。というと素晴らしい活躍を期待してしまうが、実際には見せ場らしい見せ場はほとんどなかった。まさに役不足。
 
 終盤、ナチを倒した後、各国代表は月の資源をめぐって大乱闘となる。ここで終っていれば、いかにもパロディ満載の風刺映画的な終幕である。あるいは、黒人に戻った(「非白人化薬」で)宇宙飛行士とヒロインはめでたく結ばれるが、今後彼らと共に生きていくことになる月面ナチの生き残りに「黒人とキスするなんて」と非難され、苦笑いする。ここで終われば、苦難を予期させつつもハッピーエンド、という捻りの利いた終幕となる。
 が、どちらの終わり方にもならず、各国大乱闘は宇宙空間でも行われ、地上のあちこちでは核の爆発が起こるという、ブラックユーモアを通り越して暗澹とした終幕である。こういうところが北欧っぽいという気がするのだが、どうだろうか。
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 この「宇宙戦争」の場面で、日本の衛星が他国の衛星に突っ込んで、もろともに爆発するカットがあったんだが、制御不能になったからとかじゃなくて「カミカゼ」攻撃のつもりだとしたら、やな感じだな。
 最後の最後に火星上空を飛んでた探査機のようなものは、次作への伏線なのだろうか。
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おまけ:上映前、隣に座った年配の男性が『SFマガジン』を読んでました。この雑誌の存在を知って四半世紀以上経ちますが、SF関連の集まり以外で読んでいる人を初めて目撃しましたよ(本屋ですら見たことなかった)。

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