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レ・ミゼラブル

 ダンスなしのミュージカルには興味がないんだが、そんなに評判なら観てみよう、と。舞台版は未見。

『レ・ミゼラブル』のような大河小説は、一本の映画にまとめるには無理がある。だから98年の映画版は、原作のダイジェストに過ぎなかった。それに比べれば本作ははるかに手際よくまとめられており、歌が効果的に使われていることが大きい。
 大方のミュージカルでは、物語は普通の芝居によって進み、途中で入る歌は物語の流れを中断してしまいがちである。しかし本作は「普通の芝居+歌」ではなく、レチタティーヴォ+アリア+重唱のオペラ仕立てなので、物語は歌によって中断されるのではなく歌によって進行するし、「登場人物がいきなり歌い出す」という不自然さもない。
 また歌による芝居は、物語を単なるダイジェストではなく凝縮されたものにしており、見事である。

 とはいえやっぱり原作は映画の尺に収まる分量ではない。特に、命拾いをしたマリウスが上流社会に戻ってしまう下りは、原作はペースがゆっくりなのでまだしもだが、映画だと「寝返り」にしか見えない。
 それと、フィナーレが「民衆の歌」なのも違和感がある。原作は群像劇の要素が強いが、映画はジャン・バルジャンの物語に絞られているため、学生たちの蜂起のエピソードとの繋がりを強めようとした結果なんだろうけど、かなり無理やり感がある。

「ライブで録音した歌」が本作の一番の売りということになるが、これについては、確かに普通のミュージカル映画より自然な感じだが、でもそれだけだなあ。冒頭の船の陸揚げのシーンはすごい迫力だが、後はそれに匹敵するシーンはなかったし。ヒュー・ジャックマンとラッセル・クロウの歌いながらのアクションにはちょっと感心しましたが。
 ヒュー・ジャックマンのジャン・バルジャンは非常に良い。ところで冒頭で彼が折れたマストを担ぎ上げるシーンは、やっぱりキリストの暗喩だよな。

 ジャベール役はラッセル・クロウ。ようやく確信したが、私はラッセル・クロウが「好きじゃない」んじゃなくて、はっきり「嫌い」だ。『L.A.コンフィデンシャル』が良かったから、その余波で以後もなんとなく「こいつはいい役者だ」という印象を持続させていたが、改めて思い返してみると、『L.A.』以外は良いと思ったのは一個もないじゃないか(全作観てるわけじゃないが)。
 何が嫌いかと言うと、演技が全部暑苦しく重苦しく、かつ表情がない。前々から薄々思ってたことだが、でかくて太った犬に似てるのだ。ドーベルマンとチャウチャウの雑種とかそんな感じの。
 犬派か猫派かと問われれば猫派だが、中型犬や大型犬も好きである(小型犬は嫌い)。だけど例えるならラッセル・クロウは、可愛げの欠片もない、動きも頭も鈍い犬である。犬は結構表情があるものだが、この犬は表情もない。『L.A.』の時は、まだ体も締まって動きも俊敏だったが、後はずっと鈍重。長髪のラッセル・クロウが見るに堪えないのは、そういう犬にヅラを被せたみたいな滑稽さとグロテスクさがあるからなんだな。

 人の顔がどう見えるかという私の意見は、往々にして賛同してもらえないので、もしかすると感覚が少しずれているかもしれません。例えばアン・ハサウェイは、晩年のマイケル・ジャクソン似に見えます(特にフルメイクの時)。いや、好きですけどね、アン・ハサウェイ。
 
 ヘレナ・ボナム・カーターとサシャ・バロン・コーエンのテナルディエ夫婦は、もう少し出番が多くてもよかった。エポニーヌが美人じゃないのも良し。

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