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アジャストメント

 ネタばれ注意。

「運命」というものがあって、そのとおりに物事が進むよう調整(アジャストメント)する連中がいて、彼らによって愛する女から引き離された男が、運命に逆らって彼女を取り戻そうと奮闘する……という話をハリウッド映画でやったら、結末は九割九分九厘決まっている。

 運命は克服されるべきものだから、まず結末ありきなのである。まあ『ウォンテッド』みたいに、運命がそう決まってるんだから、どんな困難があろうとそのとおり行動しなければならない、という話にされても、何か釈然としないけどね。
 大方のハリウッド映画において運命が克服されるべきものなのは、自由意志至上主義だからだ。そうすると、『ウォンテッド』がああいう結論なのは、監督がイスラム文化圏の人(本人がムスリムかどうかは知らないが、少なくとも民族的に)なのと関係してるのかもしれない。イスラムでは自由意志は否定または条件付で肯定が優勢だからな。
『アジャストメント』に話を戻すと、主人公とヒロインが惹かれあうのも、「運命」だからなのであった。「出会い」が運命なのは、ハリウッド的にオッケーなのね。

 それはともかく、本作はSFに分類されてるけど、「運命の書」を書いている「議長」とやらが露骨に「神」であると仄めし、それ以上の背景の構築を放棄している点でSFではない。神様に全部丸投げ、って怠慢だよ。デザインやガジェットにこだわりが見られない点もSFじゃない。

 運命を克服しようと奮闘するのがマット・デイモンだが、超人(ジェイソン・ボーン)ではなく普通の人間で、奮闘するといっても駆けずり回ってるだけなのは悪くなかった。

『ウォンテッド』感想

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