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マネーボール

 貧乏球団のGMが、ハーヴァード大卒の若者の協力を得て、統計学的に選手の能力を分析しチームの再編を図るが、「勘と経験」に頼る球界の常識に反していたために猛反発を喰らう。スカウトマンたちをクビにして再編成に漕ぎ着けるが、今度は監督が、GMがスカウトしてきた選手を使おうとしない。

 挫折した元選手であるGMがブラッド・ピット。これまで観た中で一番演技が巧い。
 ブラッド・ピットの出演作はかなり観ているが、巧い役者だとは思っていなかった。若い頃は『トゥルー・ロマンス』や『テルマ&ルイーズ』みたいに短い出番だと非常に存在感があるのに、メインキャラクターとなるとその存在感が持続しなかったものだが、『ファイトクラブ』あたりから、作品によっては存在感が持続するようになってきた(この存在感の有無が、キアヌ・リーブスとの違いだよなあ)。
 ここ十年ばかりは、どの作品でも存在感が放たれているばかりか一層大きくなってきているのだが、演技が巧いというのとはまた別物だった。いや、演技力もちゃんと向上していて、それはケイト・ブランシェットやティルダ・スウィントンと共演できることで証明されてるんだが、演技だけで観せる、というレベルには達してなかったというか。
 しかし、本作のブラッド・ピットは本当に巧いです。
 
 監督役はフィリップ・シーモア・ホフマン。これまで観た彼の役は、多かれ少なかれ「奇人」ばかりで、それは彼の特殊な容貌に因るところが大きいんだろうけど、今回はいかにも老いた野球監督といった風貌で、抑えた演技で悪目立ちもせず、かえって印象的だった。
 
 先日、『リアル・スティール』の感想で、価値観に変化を迫られるのは多かれ少なかれ不快な体験だ、と書いた。本作『マネーボール』の主人公は、球界を支配する「勘と経験」という価値観に変化を迫ったわけである。しかも彼が持ち出したのは「科学」。まさに「勘と経験」の対極である。
 人間は、自分の価値観とか支持する理念といったものに対する反証には目を瞑ろうとする一方、自分の嫌いな価値観や理念等に対する反証は鵜の目鷹の目で探し出そうとするんだそうである。「勘と経験」を信奉する人々は、統計という科学を持ち出された途端、脊髄反射で猛反発する。成功すれば奇跡扱いし、失敗すれば「それ見たことか」と大喜びし、なぜ成功したのか、なぜ失敗したのか、検証しようともしない。まあ、それが人間性というものですね。

『リアル・スティール』感想

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