オール・ユー・ニード・イズ・キル
科学を否定するサイエントロジストのくせして、トム・クルーズはSF映画(に主演すること)が好きである。しかも、そのSF映画でオスカーを狙っている。無謀というかなんというか。
しかし、そうやって性懲りもなくSF映画に金と人材を注ぎ込み続けてくれるお蔭で、SF映画というジャンルが維持されているのは事実であり、引いてはSFというジャンルそれ自体の維持に繋がっているわけだから、SF者はトム・クルーズに足を向けて寝られない。
とか言いつつ、これまでに観たことのあるトム・クルーズ主演のSF映画は『宇宙戦争』だけなんだけどね。いや、トム・クルーズはなあ、あの「何をやってもトム・クルーズ」オーラがなあ。
今回は、トム・クルーズが良いヘタレだということなので観に行きました。ややネタバレ注意。
「タイム・ループに巻き込まれ、同じ一日を繰り返すことになった初年兵が、経験値を積み重ねることで歴戦の強者になる」という原作の設定をトム・クルーズに適応させる上でネックになるのは、「初年兵」のとこである。そこでトム・クルーズは少佐だけど実戦経験のない広報担当ということになった。登場時は口だけ達者な空々しい奴で、『ザ・エージェント』を彷彿とさせる。それがブレンダン・グリーンソン演じる将軍に前線での取材を命じられ、顔面蒼白となる。
なんとか体よく断ろうとするが、ブレンダン・グリーンソンは目がマジである。そこで哀願に転じ、それでも駄目となると弱々しい脅迫を試みる。この過程が随分巧い。いや、前々から解ってたことだけど、「何をやってもトム・クルーズ」オーラが抑えられてる時のトム・クルーズは、実は巧い役者なんだよね。
かくして、素直に命令に従っていれば前線で取材といっても、将校として比較的安全な場所から護衛付きで行えたであろうところを、悪あがきをしたためにブレンダン・グリーンソンを怒らせ、逮捕された上に二等兵に降格され、脱走兵扱いで前線に送り込まれるのであった。
「ゲームのような」とかそれに類する比喩は、だいたい悪い意味での用例しか知らない。良くても「楽しいけど中身がない」「お手軽」といった意味合いだ。ループのたびに「経験」が蓄積されていく、という本作の着想はゲームに基づくものであるが、原作にせよ映画にせよ、特に「ゲーム的」だという印象はなかった。
だいたい原作にせよ映画にせよ、まんまゲームになったら碌でもないよ? リセットはできるけどセーブはできないって。しかもレベルアップがない。ループを繰り返してステージを先へと進んでいくごとに、キャラクターの能力は多少は向上するとはいえ、あくまでも頼りはプレイヤーの記憶力と技能向上に掛かってるって、あまりにも厳しすぎる。
私が人並み外れてトロくて不器用(コントローラーをまともに操作できない)だというのを除外しても、どれだけ先に進めてもリセットしたらまた最初からやり直しって、うんざりして投げ出さない人はいないだろう。強制されて何百回と繰り返せば、人によってはそのうちクリアできるだろうけど(私は何千回やろうと無理だ)、そもそもゲームは強制されてやるものじゃない。
ゲームとして問題なのは難易度ではなく、セーブができないということなのだが、これが物語であれば、セーブができてしまったら随分つまらないことになる。その代わり物語では(小説だろうと映画だろうと)、「繰り返し」場面を省略することができるので、読者(観客)はいちいち付き合わずに済む。
つまり本作の設定に取り込まれたゲームの要素は、物語をおもしろくするために選択されたものである。「リセット」の設定が「ゲーム的」で「安易」だ、という批判を見かけたが、その設定があるからこそ、リセットできることに観客がすっかり慣れた頃に、いきなりリセット不可になるという展開は、非常な緊張感をもたらす(まあこれは原作にない展開だが)。
トム・クルーズの「予知能力」を散々見せつけられてなお、信用せずに拘束しようとするブレンダン・グリーンソンの態度はリアリズムに徹しているが、そうするとその直後に兵士たちがトム・クルーズを割合あっさり信用してしまう展開には、御都合主義の感が否めない。
彼らを信用させた決定打はエミリー・ブラント演じる「戦場の牝犬」の存在、ということになるのだが、だったら序盤で彼女が一般兵士から畏敬されている描写を、もう少しやっておいたほうがよかったんじゃないかと。
ほかにも、その日一日、生き延びた場合はループはどうなるんだとか、リタ・ヴラウスキがギタイ殲滅に執念を燃やす理由付けとして、少しは過去に触れたほうがよかったんじゃないかとか、気になる点はあるが、全体として原作の改変は申し分ない。ちゃんと敬意も感じられるし。
背景の端々で日本語の台詞や文字がうろちょろしていたのは、「原作への敬意」のつもりなんだろうな。でも画面に日本人は一人も登場しない。「日本軍」の「戦闘参加」の問題をどうするのか、考えるのがめんどくさかったのかもしれない。
原作ではリタの装甲服は全身真っ赤という設定だったが、映画では他の兵士と同じ黒一色に、胸部だけ赤くペイントされている。それだけでも充分目立つ上に、日本のアニメっぽいデザインになるものなんだなあと感心。
とりあえず今回のヘタレ演技で芸風を広げたトム・クルーズには、これからも頑張ってもらいたいものである。SFの未来のためにも。
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