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シンポジウム「「世界内戦」時代のSFと文学」

 もう何年も前になりますが、『スピードグラファー』のノベライズを担当させていただいた時のこと、第二巻に「永山大学」という架空の大学が登場するのですが、シナリオによればモデルは筑波大学だということだったので、ロケーションやアクセスを調べたのでした。
 ずいぶん遠いねんなあ、と当時関西在住で、筑波大に行く機会などまずあるまいと思っていた私は、完全に他人事の感想を抱いたものですが、うーむ、行く機会ができてしまった……

 問題は私が極度の方向音痴だということで、どのくらい方向音痴かというと、京都に住んでそろそろ十年目という頃、あの碁盤の目の街を東に向かって歩いていて、気がついたら西に向かっていたという、ちょっと非現実的なほどの方向音痴なのでした。
 そのうえ、電車やバスも当たり前のように乗り間違えます。

 初めての場所に行く時はいつも、三十分の余裕を持って出発するのですが、今回は一時間は見ておいたほうがいいな……

 というわけで、イベントはいよいよ来週、二月八日(土)です。当日は頑張って会場に辿り着いてお待ちしておりますので、皆さん是非御来場ください。

筑波大学比較・理論文学会 平成25年度年次大会

第二部 シンポジウム「「世界内戦」時代のSFと文学」
樺山三英×仁木稔×宮内悠介 (司会:岡和田晃)
2014年2月8日(土)15:30~18:30
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 SFと文学をめぐる状況に大きな変化が起きています。その最大の立役者は作家・伊藤計劃(1974~2009)でしょう。彼が遺した作品群は、世界各地で吹き荒れるテロや紛争と、そこからまったく切断されているかに思われた現代の離人症的な精神性を見事に結びつけ、新自由主義経済体制の浸透によって無効を宣言されたSFと文学に、新たな息吹をもたらしました。
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 つまり、「SF冬の時代」「近代文学の終わり」などというタームに代表される閉塞感が、さまざまな方法によって打破されようとしています。
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 伊藤計劃の作品が主題的に取り扱っているように、公法学者カール・シュミットが述べたところの「世界内戦」なる状況が、恒常化している現在。
  SF描く科学技術の問題が、ミシェル・フーコー言うところの「生政治」の観点から批評的に問い直される点に、「世界内戦」時代のSFと文学の可能性は潜んでいます。
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 そこで今回は伊藤計劃と同じ1970年代生まれで、その問題意識を同時代的に共有する実力派の新鋭作家たちに登壇いただきます。
  近作の問題意識と方法論について話してもらうことで、グローバル時代の新たなの比較文学のあり方と理論の位置について、来場者の方々と一緒に考えていきましょう。
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 公開イベントですので、どなたでもご自由にご参加いただけます。
  現代SFと文学の最前線に関心のある方、ぜひお越しください。
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《パネリスト紹介》(五十音順)
樺山三英(かばやま・みつひで、1977年生まれ)。2007年、『ジャン=ジャックの自意識の場合』(徳間書店)で第8回日本SF新人賞を受賞。2010年、『ハムレット・シンドローム』(小学館)で第9回センス・オブ・ジェンダー賞話題賞、2012年、『ゴースト・オブ・ユートピア』(早川書房)で第33回日本SF大賞候補。先行作品の「書き直し」を軸とする批評的な作風で高い評価を博す。大江健三郎『セヴンティーン』を本歌取りした「セヴンティ」(「季刊メタポゾン」10号)が話題を呼んだ。
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仁木稔(にき・みのる、1973年生まれ)。2004年、書き下ろし長篇『グアルディア』(早川書房)でデビュー。その系譜に連なる「HISTORIA」シリーズは、ラテンアメリカ文学や東洋史の素養を存分に活かした設定の妙で高い評価を得ている。同シリーズの長篇『ミカイールの階梯』(早川書房)は、グローバル・ガバナンスの内在的矛盾を鋭くモデル化したものだった。近作「はじまりと終わりの世界樹」(「SFマガジン」2012年8月号)で、2012年度SFマガジン読者賞を受賞。
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宮内悠介(みやうち・ゆうすけ、1979年生まれ)。2010年、「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞を受賞。同作を含むアナログゲーム(電源を使わないゲーム)をテーマにした連作短篇集『盤上の夜』(東京創元社)で第147回直木賞候補、第33回日本SF大賞を受賞。2013年、世界各地の紛争状況を正面から扱った『ヨハネスブルグの天使たち』(早川書房)で第149回直木賞候補。2014年に、初の書き下ろし長篇『エクソダス症候群』(仮題、東京創元社)が予告されている。
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《司会》
岡和田晃(おかわだ・あきら 1981年生まれ)。2010年、「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」で第5回日本SF評論賞優秀賞受賞。2013年、評論集『世界内戦とわずかな希望 伊藤計劃・SF・現代文学』(アトリエサード/書苑新社)を刊行。同書では、今回のパネリストたちが主題的に扱われている。編著『北の想像力 〈北海道文学〉と〈北海道SF〉をめぐる思索の旅』(寿郎社、近刊)、『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』(未來社、近刊)ほか。ゲーム関係のクリエイティヴな仕事もあり、著書に『アゲインスト・ジェノサイド』(アークライト/新紀元社)。
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場所:筑波大学総合研究棟A110(階段式大講義室)
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入場料:無料
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お願い:ご来場の際には、できる限り、公共の交通機関をご利用下さい。つくばエクスプレス線つくば駅で下車。駅前の「つくばセンター」発、筑波大学行き循環バス〔右回り・左回りどちらでも可〕で 「筑波大学中央」バス停で降りる、所要15分。循環バス時刻表は 
http://www.tsukuba.ac.jp/map/access/rootbus_h.html をご参照ください。土日はバスの本数が少ないのでご注意ください。
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※同日12:30~15:00に開催される筑波大学理論・比較文学会平成25年度年次大会の第一部は、同会会員のみが参加できる催しです。開催時間を間違えないようご注意ください。
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問い合わせ先:岡和田晃(akiraokawada@gmail.com)

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ピザ・ボーイ

 ベトナム帰りの退役軍人(少佐)が宝くじを買い込んで1000万ドル当て、以後は贅沢三昧の生活を送るのだが、その息子ドウェインはまったくの碌でなしで、時給10ドルで家事手伝い(父親のプールの掃除など)をするほかは、父親のホームシアターで『13日の金曜日』を観たりして毎日だらだらと過ごしている。
そんな彼にも不安はあり、それは父親がこのまま贅沢を続けて、死ぬまでに金を使い果たしてしまうのではないか、ということなのだが、ストリッパーにそそのかされて、父親がこれ以上金を使う前に殺してしまうことにする。

 しかし遺産を手に入れたら日焼けサロン(裏のサービス付き)を始めて大儲けするつもりなので、自ら手を汚すわけにはいかないと、これもストリッパーが紹介してくれた殺し屋を雇うことにする。しかし殺し屋を雇うには10万ドルが必要である。その10万ドルを捻出するには銀行強盗が手っ取り早いのだが、上記と同じ理由で自ら手を汚すわけにはいかないので、誰が他人にやらせることにする。
 ところで、ドウェインにはいつもつるんでいる悪友というより子分のトラヴィスがいる。どうやらドウェインと同じく無職で、ドウェインの父親の下で時給10ドルのアルバイトをして生活しているらしいのだが、妙に器用で、ネットで得た知識で起爆装置付き爆弾を作ることができる。
 ドウェインはこのトラヴィスに爆弾ベストを作らせ、偶々TVでCMをやっていたピザ宅配店でピザを注文する。そしてやってきたピザボーイを拉致して爆弾ベストを着せ、銀行強盗をしないと爆弾で吹っ飛ばすと脅すのであった。

 なんか、こうやって書き出してみると、RPGみたいだな。魔王(あるいはそれに類するボスキャラ)を倒すには伝説の剣が必要で、伝説の剣を入手するには賢者から助言をもらう必要があって、そのためにはさらに別の条件が……と。どうでもいいが、碌でなしのドウェインは『ロード・オブ・ザ・クエスト』で碌でなしの王子を演じてたジョン・マクブラウドだ。
ちなみに主人公はドウェインではなく、不運なピザボーイのニックである。

 以下、ネタバレ注意。
 終盤、ドウェインの父親はとばっちりで殺し屋に撃たれる。撃たれたのは腹なので、とりあえずその場面では生きていたが、その後どうなったか不明のままである。ドウェインも爆弾で吹っ飛ばされるという自業自得の最期を迎えるのだが、とりあえず生死は不明である。
 で、エンドクレジットの後に、おまけ映像が付いていて、ドウェインがトラヴィス(大やけどを負ったが、一応最後まで生きていた)と共に健在な姿で、日焼けサロン「メイジャー(少佐)」の経営者として登場するのである。そして表と裏両方のサービスを紹介していく。

 ああ、本編中盤でドウェインがトラヴィス相手に語っていた夢(妄想)の映像化なんだな、と思って観ていると、最後の最後に日焼けサロン「メイジャー(少佐)」の前でドウェインとトラヴィス、そして車椅子に乗った父親(少佐)、さらにはドウェインに父親殺害計画を吹き込んだストリッパーが整列し、「家族経営が自慢です」というドウェインの言葉で締めくくられる。
 つまり、腹を撃たれて半身不随になったものの日常生活を送れるまでに回復した父親が、ドウェインと和解した上に出資までしてくれて、ストリッパーも殺し屋(トラヴィスの火炎放射器でバーベキューにされて生死不明)のことはきれいに忘れてドウェインと結婚して(「家族経営」と言うからにはそうなんだろう)、すべてめでたしめでたしのハッピーエンドというわけなのであった。んなアホな。

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パピヨン

 フランス領ギアナ(未だに独立していない)はかつて、ドレフュス大尉も送られたことがあるという、ある意味由緒ある流刑地であった。たいへん過酷な環境で、囚人の多くは刑期を勤め上げる前に死ぬし、生き延びた者も母国には帰れず、労働者としてギアナに留まらなければならなかったという、フランス現代史の暗部である。そのギアナに1930年代(ドレフュスが釈放されてから、それほど年月は経っていない)、無実の罪で送られた男の回想録に基づく。

 映画は1973年の米仏合作(英語)。脱獄ものだからということなのか、胸に刺青があることからパピヨンと呼ばれるこの囚人を演じるのはスティーブ・マックィーン。彼の囚人仲間の贋金作りドニがダスティン・ホフマン。
 
 150分もあるから、公開時にはいろいろカットされてたのではあるまいか。そのせいか、なんか構成のバランスが悪い。脱獄するまでが長すぎるんだな。いや、囚人たちの生活というか生態が丁寧に描写されてて、非常におもしろくはあったんだが。ホフマンはいつもに増して作り込んでるし、マックイーンもそれほど作り込んだキャラクターではないものの、独房のシーンでは、痩せこけ、半ば狂気に犯されながらも、蛾やゴキブリまで食べて生き延びる、鬼気迫る執念を熱演、いや怪演している。
 それに対して、脱獄後が駆け足過ぎる。加えて、パピヨンを救助した先住民の村が、ゴーギャン的に理想化されすぎてて(無垢であり、かつ性的に解放されている)鼻白んでしまったのだが、現在はそういう臆面のなさが改善されたかというと、そうでもないか。

 というわけで、脱獄まではおもしろいだけに残念な映画。

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佐藤亜紀明治大学特別講義INDEX

 佐藤亜紀先生の『小説のタクティクス』が刊行されましたので、その基となった明治大学特別講義(2007~2009)のレポートを「鑑賞記」のカテゴリーから拾ってみました。

 といっても、2007年度は1回しか行けてませんし(当時は関西在住だったので)、関東に移住した2008年からは毎回受講しているものの、レポートを上げることができなかった回もあります。いや、レポートをまとめるのは、かなりというかずいぶん大変だし時間もかかったんですよ。
 そんなこんなですし、講義内容から私が考えたこと(要するに余談)もかなり混じってたりしますが、それなりにライヴ感もあるし、『小説のタクティクス』との比較もできるのではないかと。

 2007年度第4回

 2008年度第1回
        第2回‐① 第2回‐② 第2回‐③ 
       第3回‐① 第3回‐② 
       第4回‐① 第4回‐② 
       (第5回はレポートなし)

 2009年度第1回  
       第2回‐① 第2回‐② 
       第3回 
       第4回 
       (第5回はレポートなし)

 
 

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ゼロ・グラビティ

 こういう映画は映画館で観なきゃ駄目でしょ、というわけで。一応ネタバレ注意。
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 スペース・デプリによる事故で宇宙空間にたった一人、放り出されてしまった宇宙飛行士役にサンドラ・ブロック。嫌いな役者じゃないが、私が観るような映画にはあまり出ないので、『デンジャラス・ビューティー2』以来だ。
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 果たして彼女は無事、生還できるのか……いや、生還できるでしょ、でなきゃ商業作品として成り立たない(だから、「一応」ネタバレ注意、なのである)。見所は、どうやって帰還するのか、と映画というジャンルにおいては稀に見る「科学的に正しい」宇宙空間の描写である。
 いや、細かい粗は探そうと思えば探せるんだが、SF者としては、「科学考証が蔑ろにされていない」というだけで感涙ものなのである。
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 ただ、サンドラ・ブロックやジョージ・クルーニーが太陽光パネルに叩きつけられると、ばーんって音がする時があったのは(しない時もあった)、いくらなんでも。そりゃ自分の宇宙服の中の音は聞こえるから、自分が叩きつけられた音は聞こえるだろうけど(「ばーん」という音かどうかは知らんが)、そういう「本人にだけ聞こえる音」(および「本人が感じる衝撃」)を表現するつもりだったら、もっとクローズで撮るべきではなかろうか。ロングショットで「ばーん」じゃあなあ。
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 それと音楽も、一般的な映画に比べれば少なめだが、もっと少なくてもいいと思う。普通すぎる音楽だしな。ジョニー・グリーンウッド(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』)みたいな、美しいけど神経に障る、シンプルなストリングスとかだったらよかったんだが。
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 ジョージ・クルーニーは、あのジョージ・クルーニー以外の何者にも見えない濃い顔があまり好きではないんだが、今回は宇宙服のせいで顔がほとんど見えない。宇宙服のせいで仕草でニュアンスを出す演技もできず、ほぼ声のみの演技だが、これがなんというか、非常にというか妙に説得力があるのであった。ベテラン宇宙飛行士らしい声と口調というか。サンドラ・ブロックを助けるための「決断」や、その後の「再会」は、暗く重い演技だったら、しらじらしくなってしまったと思う。あくまで明るく軽く、しかし明るすぎも軽すぎもしない、たいそう説得力のある演技でした。

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謹賀新年

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 いやあ、去年は前半は好調に思えたんですけどね……書くだけなら割合順調に書けているのですよ。そして書き上げてしまえば、「人事は尽くした、天命を待つのみ」なのです。まあとにかく、そういうことなのです。

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