JD(A.D.2190~)
連作〈The Show Must Go On〉(単行本タイトル『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』)の「The Show Must Go On!」「The Show Must Go On, and…」および「…’STORY’ Never Ends!」の登場キャラクター。
遺伝子工学により生み出された奴隷種「亜人」の戦闘種。戦闘種はその名のとおり労働や愛玩用ではなく戦闘に特化したタイプであり、戦争用の兵士と闘技用の闘奴の二種がある。JDは前者。
人間と亜人の間に厳密な格差を設ける必要から、亜人は名前を与えられず、数字とアルファベットから成る製造番号が名前代わりである。ただしそれでは呼ぶのに不便なので、頭のアルファベット二文字か三文字を取って通称とする。したがってJDNW9418MSM46は「JD」である。
2190年、すべての兵士と同じく大量生産品として誕生する。同年秋の「初陣」であっさり戦死するが、人気投票で復活し、以後、「キャラクター(記号/個性)」として活躍する。初陣からキャラクターへの昇格は2、3年掛かるのが普通であり、これはまったく異例なことだった。
また新人の設計者助手(アシスタント・デザイナー)だったアキラは、JDの「キャラクター(個性)」を逸早く見抜いたことがきっかけで、記号設計者(キャラクター・デザイナー)へと、これも異例の出世を遂げる。
亜人の通称からは、さらに愛称が作られることもあり、JDはアキラから「ジョン・ドウ(John Doe:「名無し」)と呼ばれる。JDとアキラの人気が高まるにつれ、この愛称(?)も広まっていったようである
この時代の戦争は「文化保存」事業の一つであり、歴史上の戦いの再現(ただし、まったく忠実ではない)である。兵士たちは与えられた役割を、命懸けで演じるのだ。
初陣が北米先住民同士の戦いだったため、JDの容姿は北米先住民がベースになっている。とはいえ、戦闘種に限らず亜人の容姿は基本的に人種混淆なので、JDも白人的な容姿の遺伝子は持っており、遺伝子の発現を少し弄ってその特徴を際立たせるだけで白人らしい外見になる。
そのようにしてドイツ人傭兵騎士や中国人の海賊など多彩なキャラクターを「演じて」いくことになるのだが、変わらないのはその眼差しだった。
亜人は人工子宮で製造される。通常は約1年で人間の十代半ば相当まで促成培養され、その間に必要な情報が脳に「刻み込み」される。遺伝子レベルで脳の機能にさまざまな制御が掛けられている上に、このような促成「教育」により、出来上がるのは経験の裏付けのない薄っぺらな人格(キャラクター)である。細やかな機微など、望むべくもない。高価な特注品はもう少し丁寧に作られるが、それも程度の問題でしかない。
特に戦闘種は、精神崩壊を防ぐため、いっそう強い制御を掛けられた結果、感情というものを持たない。肉体に直結したより原始的な反応としての情動は持つが、より高度な感情という複雑で繊細な段階へは至らないのだ。そのうえ、一回の戦闘ごとに記憶を消される。
このように、戦闘種の人格は一般種よりもさらに薄っぺらであり、それは機械的な反応や平板な表情となって現れる。その中にあって、JDはまるで本物の感情を湛えているかのような眼差しの持ち主だった。
もちろんそれは見せかけに過ぎない。偶々そう見える目つきをしているというだけだ。後に、JDは先天的にオキシトシンとバソプレッシンの血中濃度が高く、戦闘種にしては味方や敵に「親愛の情」を抱きやすいことが明らかになるが、「情感豊か」と呼ぶには程遠いレベルであることに変わりはない。
ともあれ、この「眼差し」と敵味方に見せる「情」によってJDは高い人気を保ち、何度も戦闘不能(瀕死もしくは完全死)を迎えては復活することを繰り返すことになる。
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以下、ネタバレ注意。
初陣から12年後の2202年の時点でも、JDの人気は衰えていなかった。これは間違いなく最長記録であり、そのまま行けば史上初の「寿命で死んだ戦闘種」となっていただろう。亜人の寿命は約15年で、これは戦闘種も同じであるが、そこまで人気が続かず廃棄されるのである。
しかしスタジオの路線変更、もしくは参謀長ランギ・アテアの悪意により、JDの廃棄が決定される。その後、JDの運命はこのランギ・アテアという定見のない人物によってさらに翻弄されることになる。廃棄処分されたことにされ、製造番号や戦闘記録、記憶は身代わりに廃棄された別の亜人兵士のものに変えられ、さらに彼の最大の「個性」であった眼差しすら奪われてしまう。そうして、違法兵器実験のサンプルとされたのだ。
ランギ・アテアの動機は不明である。が、アキラへの悪意や己の裁量の誇示という以上の意味はあるまい。
この違法兵器こそが、後に「生体甲冑」と呼ばれることになる疑似ウイルス型兵器である。
2202年9月22日、リオグランデ北岸の戦場に秘密裏に投入されたが暴走し、世界にその存在を知らしめることになる。サンプルとされた兵士は、生体甲冑の最初の「着用者」として歴史に残ることになった。とはいえ、おそらく製造番号が特定されたりはしてないし、どのみちそれはJDのものではない。
その後のJD/生体甲冑の運命は『ラ・イストリア』と『グアルディア』で語られることになる。
生体甲冑の開発者たちが、この兵器の性能についてどこまで把握していたのかは不明である。しかしその後の例から、一回の戦闘で暴走することがないと判っている。
JDが例外となったのは、状況が状況だったのと、彼が「己」というものを徹底的に剥奪されていたためだろう。「変身」の直前、彼の肉体に宿っていた意識は亜人兵士JDではなく、「生体甲冑」のそれだった。
つまりここで再び、『グアルディア』と『ラ・イストリア』で提示された疑問が繰り返されることになる。生体甲冑に侵食された「着用者」は、そうなる前と果たして同一人物であるのか、と。
『グアルディア』の時から、いつか「絶対平和」の時代を書きたいと思っていて、その際に着用者になる前のJDのことも書きたいなあと思っていました。「最初の変身」のシーンができたのは『ラ・イストリア』の時で、それから7年も経ったけど、ようやくそのとおりのシーンが書けて、なんというか非常に感慨深いですね。
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