生体甲冑 Ⅲ
連作〈The Show Must Go On〉(『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』)のエピローグ「…’STORY’ Never Ends!」では、「最初の生体甲冑」について語られる。
23世紀初頭、変異微生物による災害が徐々に深刻化し、社会不安が広がる中、娯楽としての戦争を供給していたスタジオの一つパラマウント社は、近い将来、戦争は再び武力で勝敗を決する形態に回帰すると予測し、より強力な兵器を密かに求めていた。そうして入手したのが、疑似ウイルス型兵器「生体甲冑」である。
なお、この兵器は違法に開発されたものであるため正式名称はなく、「生体甲冑」は後の通称だが、その前の時代についても、煩雑さを避けるためこの通称を使用する。
絶対平和におけるコントロールされた戦争では、兵士である亜人の能力増強にも制限がかけられていた。しかし生体甲冑は感染者(着用者)の細胞もゲノムも物理的にはまったく変化しないまま、ただ引き出される能力だけが増強されるため、規制には抵触しない。
生体甲冑を開発した組織は、おそらくパラマウントとは完全に別個のもので、その正体は不明である。
ところで生体甲冑を純粋に「兵器」として見た場合、侵蝕がほとんど進んでいない、つまり暴走の危険がほとんどない段階なら、割と使えるはずである。特に、「遠戦兵器がほとんど使用不能」な状況では、かなり役に立つだろう。
問題は、侵蝕がどれほど進んでいるか、正確に知る手段がないということである。疑似ウイルスに置換された細胞は、通常の細胞と区別が付かない。組織レベルで、傷ついたり老化したりした細胞の少なさから大まかに判断するのがせいぜいだ。
侵蝕/暴走の兆候は、「使用者の意志に反した反撃」が為されるようになってくることである。作戦の流れを無視して反撃し続けるまでになれば、敵の抵抗が途絶えた後に着用者が変身を解くことができたとしても、最終的な段階すなわち完全侵蝕/永続的な暴走は近い。 そうなると、もはやお荷物以外の何ものでもなくなる。戦略も何もない、とにかく敵にダメージを与えることだけを目的とした作戦に投入するしか使い道はない。
このような兵器が、リスクを承知の上で少なからぬ需要があったということが、「大災厄」の末期的状況を端的に示している。
「The Show Must Go On!」(中篇) 「絶対平和の戦争」
以下、ネタバレ注意。
生体甲冑を開発した組織は、20世紀に亜人を生み出した「組織」と明らかになんらかの繋がりを持つが、具体的なことは一切不明である。またそのエージェント「オブセルバドール」は、生体甲冑の疑似ウイルスが「コンセプシオン」の「核外遺伝子」を基に開発されたと明言している(無論、証明はされていない)。
この「核外遺伝子」とは文字どおり核内のゲノムに含まれない遺伝子のことだが、細胞質に微量に含まれるコンセプシオン本人の遺伝子なのか、ミトコンドリアのような既知または未知の小器官の遺伝子なのか、あるいは感染/共生する微生物の遺伝子なのかは不明である。
物語の中で見た場合、生体甲冑は「役立たず」なのがお約束である。『グアルディア』のJDとホアキンも、『ラ・イストリア』のフアニートも、本当に守りたいものを守れていない。
そして『グアルディア』から十年目の「…’STORY’ Never Ends!」でも、サンプルとされた亜人兵士JDが変身した動機は「仲間(亜人兵士)を守るため」であったが、結果は人間も亜人もまとめて皆殺しである。亜人は人間を守るためJD/生体甲冑と戦おうとするから、反撃が反撃を呼んで……という結果である。
その後も暴走状態のまま南下するJDを阻止すべく軍隊が差し向けられるが、戦闘員はすべて亜人であるから、JDは「仲間」を大量虐殺することになるのである。
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