遺伝子管理局
2012年6月13日の記事を全面改稿。
シリーズの基本設定の一つ。20世紀末から約2世紀間、人類を支配した巨大組織、とされる。彼らの治世は「絶対平和」と呼ばれる。
連作〈The Show Must Go On〉(単行本タイトル『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』)は、この「絶対平和」の成立から衰退までの時代を扱っている。そこで明らかになったのは、「絶対平和」当時においては「遺伝子管理局は存在しない」とされていた、ということである。
20世紀末、ある集団が人類に恒久的な平和と繁栄をもたらすという明確な目的をもって、人工奴隷種「亜人」を生み出した。彼らはそのために半世紀近くも前から、遺伝子工学が発展する土壌を作り出すべく活動してきた。
それは技術開発そのものから、人々の科学への拒絶反応を和らげるためのプロパガンダに至るまで、実に多岐にわたっていた。無数の研究機関や企業、非営利団体が関わっていたが、自分たちが一つの目的のために活動していると知る者はごくわずかだった。その一握りの人々は、単に「組織」と自称していた。
「遺伝子管理局」というのは、世界中の人々が亜人を受け入れ、「穏やかで賢く」なっていく中で、亜人を忌み嫌う少数の人々(亜人撲滅派。テロリズムを経て著しく勢力を減衰した後は亜人拒絶派と呼ばれる)が生み出した陰謀論である。「遺伝子管理局」の目的は全人類を亜人化し支配することだ、というのである。撲滅派/拒絶派は「組織」の存在に薄々気づいていたのだろう。 しかし、ついに「絶対平和」が成立しても、「組織」は人類の上に君臨したりはしなかった。役目を果たした「組織」は解散し、消滅したとされる。
絶対平和の下で、国家や地方自治体は従来どおり政策を立案し、それを十二基のスーパーコンピュータ「知性機械」が検討、調整し、最終的な決定がなされた。「遺伝子管理局」など、どこにも存在しなかった。
20世紀半ばに活動を始めた「組織」の創始者たち(人数は不明)は、テイヤール・ド・シャルダンの弟子と自称していた。彼らはカトリック聖職者にして科学者の若者たちで、少なくとも幾人かはテイヤールと同じくイエズス会士であったと思われる。
発達した遺伝子工学のお蔭で、20世紀末までに老化防止や若返りの技術が確立しており、絶対平和の成立を目前にした2210年代の時点でも彼らは健在であったはずだが、その後については今のところ不明である。
なお、老化防止や若返りには延命効果はない。延命技術の研究は違法とされているが(「人間らしく」あることが建前であるため)、その禁令がどこまで守られていたかは不明。
絶対平和の時代、かつて存在した「組織」のことはよく知られていた。ただ、その活動はあまりに多岐にわたり、またそれ自体の輪郭も曖昧なため、便利な通称として「遺伝子管理局」が用いられるようになる。 亜人拒絶派がなんでもかんでも遺伝子管理局のせいにしたという歴史もあって、「遺伝子管理局の陰謀」は世界共通の古典的冗談となった。穏やかで賢くなった人類(思春期の子供を除く)にとって、陰謀論など笑い話でしかないのである。
ところが22世紀末、世界各地で変異微生物を原因として疫病が発生し始めた。未だ真の災厄は遠かったにもかかわらず社会不安が広がり、陰謀論が息を吹き返した。その筆頭が「遺伝子管理局の陰謀」であり、遺伝子管理局はやはり世界を陰で操っているのだとされた。十二基の知性機械は遺伝子管理局の支配下にあるとも、遺伝子管理局の正体そのものだとも言われた。
以下、ネタバレ注意。
存在しないとされた遺伝子管理局であったが、災厄の規模が拡大し、それに伴って復活した人間同士の暴力も激化していく2239年、遺伝子管理局の「管理者たち」の名で「封じ込めプログラム」が断行された。 封じ込めプログラムとは、戦争およびパンデミックによる人類絶滅を防ぐため、一定距離を移動した船舶、航空機、遠戦兵器を衛星から照射されるレーザーによって破壊する、というものであった。
世界はパニックに陥ったが、それは自分たちが「封じ込め」られたこと、あるいは遠戦兵器が使用不可になったことに対してである。当時は陰謀論がますます蔓延していたことが確実だから、「遺伝子管理局」の実在はほとんど通念となっていただろう。そのため「実在」が確証されたことに驚いた人は少数だったと思われる。 いずれにせよ、人々は遺伝子管理局の頂点に立つ「管理者たち」を捕らえて封じ込めプログラムを解除させようと、少しでも遺伝子管理局に関わりがあると見做した組織や個人に襲いかかった。すべて濡れ衣であり、プログラム解除どころか、社会の崩壊を加速しただけに終わった。
実在した「遺伝子管理局」の実態は、今のところ一切不明。連作〈The Show Must Go On〉のエピローグで、違法兵器「生体甲冑」の開発に関わる人物「オブセルバドール」(observador: observerのスペイン語形)が登場するが、彼女(?)とかつての「組織」のエージェントの一人、「オブザーバー」との間には、明らかに繋がりがある(同一人物ではないと思われる)。 オブセルバドールと実在した「遺伝子管理局」との繋がりは不明だが、2139年に封じ込めプログラムを実行した「管理者たち」もまた「組織」の後継者であると考えていいだろう。
実在した「遺伝子管理局」は、2239年になるまで沈黙していたわけではない。それより40年ほども早くから、知性機械サンティアゴの「生体端末」、知性機械ミカイールの「守護者(ハーフェズ)」といった、「滅び行く文明の遺産の守り手」を生み出す研究が密かに進められていた。しかしそれに関わった研究者たちでさえ、「遺伝子管理局」の実態はほとんど知らなかったようである。
関連記事: 「大災厄」 「知性機械」 「亜人」 「絶対平和」 「コンセプシオン」
| 固定リンク