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300 帝国の進撃

 前作『300』は、甚だ不快な作品であった。いろんな方面に対する露骨な差別や玉砕の賛美といった無神経さについては言うまでもないが、私はマッチョが嫌いなのである。というか、全般に男の筋肉には根強い不信感がある。
 これらのことを、ある程度は事前に知っていたのに、じゃあなんで観たのかと言えば、ワイヤーを使っていない白兵戦が観たかったのである。質にもよるが、殴り合いや撃ち合いより斬り合いのほうが好きだ。ほかに理由はない。そしてこの点については、かなり満足できた映画であった。

 数年前、『300』続編製作の噂を初めて耳にした時、最初に口をついて出た言葉は「どうやって?」であった。全滅してるじゃん。
 で、二年くらい前だったかな、サラミスだと聞いて、なるほどそう来たかと感心したものの、前頭葉を使わない展開になることは容易に予想がついた。

 そもそもテルモピュライの戦いは、ヘロドトスの『歴史』においては非常に、いや唯一の特異な例外である。『歴史』に記された他のエピソードは、説話的な要素を取り除けば、どれも極めて小市民的で地に足がついている。つまり、良くも悪くも超人的な人物はいない。勇敢さも悪辣さも賢明さも狡猾さも、偉大さですら地に足がついたものである。間抜けさについは言うまでもない。華々しい玉砕に一直線のテルモピュライは、ひたすらに異質だ。
 だからテルモピュライとほぼ同時進行だったサラミスの海戦も、ひたすらに人間臭いアンチ・ヒロイズムのエピソードの集積である。ペルシアの大軍の侵攻ルートに対し、より前方に位置するので切羽詰ったアテナイのテミストクレスが、より後方にある余裕から日和見を決め込もうとする他の国々(およびペルシア軍)を小細工の限りを尽くしてサラミスでの決戦に引きずり込む、というのがその全貌である。テミストクレスが弄する工作はいずれも「小細工」以外の何ものでもなく、智謀とか奇計といった上等なものではまったくない。

 散々日和った挙句に、小賢しい策にまんまとのせられた間抜けさまで上塗りすることになったギリシア軍は、いよいよ決戦となると腹をくくって勇敢に戦う。映画ではそこに至る過程はすべてカットされていたのは予想どおりであったが、じゃあなぜわざわざ映画館まで行ったかと言えば、海戦が観たかったからである。ほかに理由はない。
 その点は期待に違わず、衝角でバリバリと真っ二つになる船を迫力ある映像で観られたので、それだけで充分満足である。いや、素晴らしかった。

 だから、後は要らん。

 当然、クライマックスは決戦となるので、それまでの間繋ぎにテミストクレスとギリシャ勢の駆け引きを全部カットしてしまった代わりに、前哨戦が入れられている。ここでオーソドックスな「衝角で敵船を真っ二つ」戦法をやってしまったので、決戦にはもっと凄いことをやらなきゃとばかりに時代考証を無視したトリッキーな戦法が捻り出されている。時代考証を無視したトリッキーな戦法が大概そうであるように、おもしろくない。
 さらに、それでもまだ間が持たないので、アルテミシアがペルシア全艦隊の指揮官にされた上に、すごくどうでもいい過去設定を付加されて出ずっぱりとなる。演じるのは目の周りを真っ黒に塗るのが好きな女エヴァ・グリーン。今回は黒く塗ってる面積がいつもの三倍はある。
 で、間をもたせるためにテミストクレスとやったりもする。あれは『ダーク・シャドウ』の「プロレス」の「続き」にしか見えなかったんだが、もしかしてネタではなかったんだろうか。

 それにしても、役作りのために鍛えたという割には、全然筋肉が付いてなかったなあ。明らかにスタントを使っていないカットでもちゃんと動いてたから、筋肉が付いても外見に現れにくいというだけなんだろうけど(女の筋肉は結構好きなので残念)。

 まあ今回は極端な軍国主義のスパルタではなく、民主主義の国々が主体なので、野郎どもは農民や職人、商人にあるまじきマッチョばかりとはいえ、前回ほど異様に膨れ上がった筋肉を誇示してはいない。ヒロイズムも一般市民レベルにまで下げられている。
 テミストクレス役のサリバン・ステイプルトンは、なんか今いちぱっとせんな。地元の映画館では、公開からわずか二週間で上映回数が激減したのだが、原因はこいつが地味だったからだろうか。傍にくっついていた「詩人」は劇中では一回も名前を呼ばれてないはずだが、アイスキュロスだそうだ。だから何?
 
 ともかく、この一作で本格的な海戦映画の技術が確立されたわけだから、今後が非常に楽しみである。リドリー・スコットあたりが何かやってくれないかな。

ヘロドトスの『歴史』と佐藤哲也氏の『サラミス』の比較検証

前作感想

『ダーク・シャドウ』感想

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