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野蛮なやつら

 社会派映画監督オリヴァー・ストーンがたまーに撮りたがる、メッセージ性皆無のB級バイオレンス風映画。『ナチュラル・ボーン・キラーズ』では説教臭がまだ鼻についたが、『Uターン』では方向性が明確に。スタッフもキャストもA級で、かつタランティーノほど「B級性の再現」にこだわらないので、あくまで「B級風」なんだが。
 それにB級映画にしては、よくも悪くも軽さに欠ける。で、全体にそこはかとなく理屈っぽい。紛うかたなきオリヴァー・ストーン印だ。

 大学で植物学と経営学を学んだ若者がイラク帰りの幼馴染と組んで、アフガニスタンの大麻を品種改良して新ブランドを開発する。その儲けに目をつけたメキシコのカルテルが、処刑の動画を送りつけた上で、手を組めと強要する。二人は時間稼ぎをして逃亡しようとするが、彼らが共有する女オフィーリアが拉致されてしまう。

 カルテルのボスが、サルマ・ハイェック。いつの間に、と思うほどの貫録を身に着けている。汚職塗れの麻薬捜査官がジョン・トラボルタ。せこくて小心、しかし良心も捨て切れていない、という役はトラボルタならでは。
 一方、カルテルの始末人で、残虐非道なだけじゃなくて徹底した下種野郎を演じるのがベニシオ・デル・トロ。こういう悪役というのは、突き抜けてしまっていっそ清々しいほどだったり、役者が嬉々として演じているのが微笑ましかったりするものだが、このベニシオ・デル・トロは、そういう観点からですら好感情をまったく持てないという徹底ぶりである。唯一の「隙」と呼べそうなのは、始末されそうになったジョン・トラボルタの必死の舌先三寸に、いつの間にか丸め込まれてしまっている時の間抜け面くらいなものである。
 
 ヒロイン役が地味な金髪碧眼で、若い頃のグウィネス・パルトローに似ている。社会派だったり芸術性が高かったりする監督が目先を変えて撮るバイオレンス映画、という選択も若い頃のパルトローっぽい。実はお嬢様、という役どころも。
 二人の男が一人の女を共有する関係は成り立つのか、という問題は、フィクションだから、という解答を避けるならば、劇中でサルマ・ハイェックが述べているとおり、男たちが互いの絆を深めるための方便と解釈するのが妥当だろう。一人の女をめぐって対立する二人の男にとって、重要なのは実は互いの関係であり、女はダシにすぎない、というのは現実でもフィクションでもありがちだからな。

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ムーンライズ・キングダム

 ウェス・アンダーソンは、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は細部の作り込みが快感を生み出していたが、次の『ライフ・アクアティック』は「細部の作り込みだけ」の人工的でちまちました印象に失望させられて(まあ役者はいい仕事をしていたが)、それきりである。

 そういうわけで、この監督の作品はちょっと久しぶり。1960年代、小さな島に住む少女が、島にキャンプに来ていたボーイスカウトの少年と駆け落ちをする。少女の両親がビル・マーレイとフランシス・マクドーマンド、ボーイスカウトの団長がエドワード・ノートン、島の保安官がブルース・ウィリス。
 気弱なエドワード・ノートンとか、しょぼくれたブルース・ウィリスとか、役者はみんなはまり役。大人たちを振り回す幼いカップルは、どちらも変わり者ゆえの孤独を表現して巧い。

 とはいえ、作り込みが行き過ぎてるのは相変わらずだし、60年代という時代に寄り掛かりすぎている。現代が舞台では成り立たない話だから60年代にしてみました、という意図があからさますぎなんだよ。

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小説家への迷い道⑤

 作品を読んで、どこがいいのか悪いのか評価してくれる人を求めて、早稲田大学の創作講座に潜り込むことにした私であったが、期待していたのは講師の先生ではなく、受講生たちに対してであった。佐藤亜紀先生を選んだのも、当時はファンというほど熱心な読者ではなく、私が最初に応募したファンタジーノベル大賞の受賞者であったから、というのが最大の理由であった。
 指導は期待と異なり一対一だったのであるが、「学生同士に批評させあうほうが講師としては楽だけど、素人同士の潰し合いになってはいけないから」という先生の言葉はたいへん納得できるものであり、かつ市民講座の講師たちにない誠実さに裏打ちされたものであった。

 最初の二、三ヶ月で、それまでに書いた長編や短編を幾つか持っていき、その後、新作を一、二ヶ月ごとに一、二章ずつ見ていただいた。それが『グアルディア』である。
 とにかく何を書いても、何を書いたのか、何を書きたかったのかを理解してもらえる。今までが今までだっただけに、これは本当に舞い上がるほど嬉しかった。
「今まで」とは、たとえば「長いのは読めない」という友人知己に、頼み込んで短編(非SFなら短編も書けるのである)を見てもらうと、「へー、こんなこと考えてるんだー」……あのー、作文じゃないんですけど。
 あるいは、少しは小説を読む人たちに、人でなしを主人公にした長編を読んでもらうと、書いた私まで人でなしだと思われて敬遠される……いやその、作者と登場人物は別ものですよ?
 あるいは市民講座の講師のことごとく(全員60代男性)に、まったく性的な含意のない文章に勝手に妄想を膨らまされ、それを講義時に(もちろん他の受講生の前で)延々と開陳された挙句に、「だけどきみは、男ってものが解ってないなあ。その辺はもっと勉強しないと」などとかまされる……キモっ。

 それが佐藤先生は、毎回ちゃんと意図を理解してくれるだけでなく、おもしろかったと褒めてくれて(もちろんどこがどうおもしろかったか具体的に)、その上で、「でも、あなただったら、もっと書けるでしょ」とか「ちょっと書きすぎちゃってるね。それはあなたが巧いからだけど、もう少し抑えたほうがいい」という言い方をする。具体的にどうしろ、とは言わない。おそらく、指図されると脊髄反射で逆のことをしようとする私の曲がった根性を早々に見抜いておられたのであろう。
 そして私は、巧いなあと思いつつ、毎回しっかり乗せられて、乏しい脳みそを捻りに捻って限界を超えて頑張った。主観的にも客観的にも、当時の私ほど幸せな小説家志望はそういないだろうと思う。
 あとそれから、「有能な指揮官」に必要な資質というものを、よっく理解できましたよ。「きみにならできる」「きみにしかできない」という言葉だけで、部下をその気にさせる能力だ。言われるほうは、どうせおだてだろうと思ったとしても、それをほかの誰かではなく自分に言ってくれるのが嬉しくて乗せられてしまうという。

 完成した約1000枚の『グアルディア』を、佐藤先生は塩澤快浩編集長に紹介してくださったわけだが、その際、私のことは「創作講座の学生」とだけ、作品についての説明も一切なかったため塩澤編集長は困惑し、そのまま三ヶ月放置したそうである。
 三ヶ月経ってから取り出して、一読してすぐに刊行を決めてくださったそうだが、打ち合わせの時、佐藤先生が『グアルディア』を送った時のメールをわざわざプリントアウトしたものを見せてくださった。
 本当に、「先日お伝えした学生の作品です。よろしくお願いいたします」としか書いていなかった。
 あまりのシンプルさに、まじで全身から血の気が引きましたよ。いや、これはつまりきっと、それだけ『グアルディア』の出来を信頼してくださったのだということなのでしょうけれど、あの時は心、いや魂の底から思いましたね。「放置が三ヶ月で済んでよかった……!」

 デビューが決まった後にお会いした際、佐藤先生は「一年に一冊は本を出しなさい」と仰られた。そのとおりにできたのは、かろうじて『ラ・イストリア』までである。情けない教え子(「弟子」とはよう言わん)だ。
 書きあぐねる原因は、突き詰めればただ一つ、「私は小説を書ける人間だ」という自己暗示が巧く掛からないことである。これができないと、書いては直し、を延々と繰り返す上に、書き上げても没の憂き目を見ることになる。
 自己暗示に必要なのは、とにかく雑念を捨てることである。これは家でネットをしなくなったら、だいぶマシになった。ネットは無数の人間の雑念の集合体だからな。
 あとは、その時点での自分の力量を大きく超えたものを書こうとするのをやめること。もちろん労せず書いたのでは成長もないわけだけど、あまりに分不相応な高みを目指しても、失敗して地べたを這うことになる。

 そういうわけで、デビュー十年目の仁木稔の目標は、コンスタントに作品を発表できる作家になることです。あ、書いてて情けなくなってきた。あと、SF短編を書くこと。

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小説家への迷い道④

 さて、ついに小説を書けるようになった私は、ファンタジーノベル大賞に続いて応募した小説すばる新人賞では三次選考通過となかなか順調であった。
 小説が書けなかった時代、「でも小説を書き上げられたって、落選したら努力が無駄になるしな」などと考えていたのであるが、書けるようになってみると、何を腑抜けたことを抜かしとんねん、と当時の自分に説教してやりたい。落選したら、また新しいものを書けばいいだけの話である(落選作も、リライトして別の賞に応募するという手もあるしな)。

 ただ、一つ困ったことがあった。三次選考レベルでは寸評すらもらえないので、新たなものを書くにも、リライトするにも、どこがいいのか悪いのか判断のしようがないのである。
 他人に作品を読んでもらって意見を聞くしかないのだが、そういうことをしてくれそうな人が、周りに一人もいなかった。小説家志望のくせに小説が書けないことを恥じ、他の小説家志望に限らずアマチュア小説書きとの交流を避けてきたのが仇となったのである。
 小説を読まない時期も長かったので、読書家の友人知人もいなかった。文学部で演劇部で自主制作映画サークルで、とくれば小説好きな人がたくさんいてもよさそうなものだが、いなかったんだな、これが。

 そういうわけで、「読んでくれる人」を求めて創作市民講座のようなところに行くわけだが、これがまったく話にならない。半年コースを計三つ巡ったが、「宇宙哲学」に遭遇したのこそ一回限りだったとはいえ(あんなのに何度も遭遇してたまるか)、すべてに共通していたのは、書かない読まない受講生と、指導どころかセクハラをかましてくる講師であった。

 大学の創作講座を聴講してみよう、という気になったのは、大学なら少なくともやる気のある若者もいるかもしれない、と考えたからだった。指導については、それまでがそれまでだっただけに、鐚一文期待していなかった。
 それが、2002年のことである。当時、東京に住んでいたので、通える範囲で創作講座を開いている大学を探したところ、三つ見つかった(すべて私立)。しかし、いずれも創作講座は聴講対象から外れていた。

 現状を打開したくて必死だった私は、頼み込めばなんとかなるかもしれないと、文学部事務室に電話をしてみた。最初の二つは「すみません、創作講座の聴講はできますか?」「できません」(電話切られる)。取り付く島もないとは、このことある。
 しかし三つめ、早稲田大学では「すみません、聴講はやってないんですよ……」。本当に申し訳なさそうな口調に、とっさに私は尋ねていた。「では、講師の先生に直接お願いするのはどうでしょうか」
「ああ、それは今までにも例がありますから、その先生がいいと仰るのでしたら、もちろん構いませんよ」

 私が小説家になれたのは、直接には佐藤亜紀先生と『SFマガジン』編集長の塩澤快浩氏のお蔭だが、佐藤先生の許に至れたのは、早稲田大学文学部の名前も顔も知らない事務員の方のお蔭である。そして、もぐり受講を許容する早稲田大学の学風のお蔭でもある。本当に、ありがたいことである(いや、正規に聴講できたんだったら、そうしましたよ?)。

 もう一回続きます。

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るろうに剣心 京都大火編

 前後篇の前篇。長い原作から実写映画の「エピソード2」として志々雄真実篇を選択したのは妥当なとこだと思います。
 前作は敵の黒幕が小悪党の武器商人だったのに対し、今度の敵は原作随一の巨悪だけあって、何もかもがレベルアップ。キャストやセットやロケ地が豪華になってるだけじゃなく、アクションもさらに凄くなってます(前回は眼鏡を忘れて細部までは目が付いていけなかったのですが、先日TVで放映した際、一部観た上での比較)。

 藤原竜也が志々雄というのは、軽すぎやしないかと観る前には思っていたのですが、実際に動いて喋ってるのを観ると、「あ、志々雄だ」。決して特殊メイクのお蔭だけではなく、いや、こんなにドスの効いた声も出せたんだなあ、と。
 瀬田宗次郎とか巻町操とか翁とか四乃森蒼紫も、巧く実写に変換したものだなと感心しましたが、ただ、原作と違ってこれが初登場となる蒼紫については、少なくとも前篇の段階では単なる場違いな奴に……

 前作で原作どおりに蒼紫を出してれば、こんなことにはならなかったわけですが、しかし第一作でキャラクターの紹介もしなきゃならんのに、御庭番衆なんか出したら収拾が付かなくなってたしな(薫の出番も減るし)。
 京都を舞台にするなら御庭番衆を、御庭番衆を出すなら蒼紫も外さない、という原作へのこだわりに満ちた姿勢は得難いものではあります。

 気になったのは、ところどころ台詞が聞き取りづらかったこと。私が邦画をあまり観ない理由の一つは、台詞が聞き取りづらい作品が少なくないからです(おそらく音響と役者の滑舌の双方の問題)。これは観賞中、かなりのストレスになります。前作は特にそういう問題はなかったと記憶してるだけに、残念です。

 前作を観に行ったのは公開からかなり時間が経ってからで、劇場は空いていて、お客は原作かアニメが昔好きだったので来てみました、という感じの人がほとんどでした。そういうお母さんに連れられた、アニメをDVDで観てそうな子供たちも。あと、一人だけいた年配の男性は時代劇ファンだったと思われます(果たしてお気に召されたのでありましょうか)。
 しかし今回は、前回ほどではないものの、そこそこ日が経っていたにもかかわらず、夏休み中でレディースデイというせいもあったんでしょうが、若いお嬢さんばかりで大入りでした。原作連載中は生まれてたかどうか、見た感じ原作やアニメの存在すら知らなさそう、という彼女たちが、劇場に貼られた巨大ポスターを盛んに撮影してたのはまあいいとして、エンドクレジット後、「終わってないじゃん」と文句を言っていたのが一人や二人ではなかったのには、少々驚かされましたよ。

 というわけで後篇も観に行きますが、一番関心があるのは、原作でも捌き切れていなかった十本刀を、残り二時間かそこら(前篇では宗次郎と張と方治以外は完全にモブ扱いだった)でどう処理するつもりだ、ということだったりします。

後編『伝説の最期篇』感想 

第一作『るろうに剣心』感想 

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小説家への迷い道③

 私はまったくの無神論者で、信仰というものが理解できない。大学で正規の仏教教育を受けたわけだが、釈尊にせよ親鸞上人にせよ(大学ではこう呼んでいた)、その説法の多くには感心するものの、だからと言って、なぜそれが「信仰」となるのか理解できない。だいたい、仏教は無神論だしね。
 仏教のように合理的なものが信心できないのだから、非合理なものはなおさらである。私が作品に原理主義者や陰謀論者を登場させるのは、非合理なものを信じる心性を解析したいからだ。

 しかしその私が、「自分はいつか小説が書けるようになり、小説家になれる」と固く信じていたわけで、それは一切根拠もなく、また一度として信じようと努力したわけでもない。信じるのをやめようとしたことは数限りなくあるが、不可能だった。まるで、未来の既成事実であるかのように、心から消すことができなかった。 
 あるいは、信心とはそういうもの、理屈じゃないものかもしれない。ということは、信じようと努力する必要があったり、信じることをやめられるのなら、それは本物の信心ではないということになるのだろうか。

 もちろん、「本物の信心」だったとしても、それが事実である、あるいは事実となる保証など一切ない。確かに私は信じていたからこそ努力してこられたのだが、その努力ができるようになったのも、まずは「小説が書けるようになる」という最初の壁を突破できてからのことで、そもそも小説が書けない段階では、小説を書く努力すら不可能である。少なくとも私はそうだった。
 じゃあ小説を書けるようになる以前は何をしていたのかと言えば、これまで述べたように、いつか小説を書く役に立つと信じていろんなことに手を出してきた。それらの経験が役に立っているのは事実だが、それがなかったら小説家になれなかったというわけでもないしな。

 だから、「信じて努力すれば叶う」なんて、無責任にもほどがある言葉だ。「信じる」ことはなんの保証にもならないし、努力してどうにかなることもあるが、どうにもならないこともある。で、駄目だったとしても、信念か努力のどちらかが(あるいは両方)が足りなかったんだと本人のせいにして、言った奴は責任を取らなくていいんだからな。
 だから私は、もし小説家になれていなかったら、いやそれ以前に小説を書けないままだったら、今頃どうなっていたか、恐ろしくて想像もできない。

 さて、本屋の女王様によって就職氷河期の只中に蹴り出された私(当時25歳)は、なおも「いつか小説が書けるようになり、小説家になれる」と頑迷に信じ続けていたものの、「いつか」がいつなのか判らないので、とにかく一番近い職種として編集者を目指すことにしたのであった。
 とは言うものの、関西で編集者の求人は少ない。とりあえずそれを第一志望として、自分にできそうな仕事があれば片っ端から応募した。もちろん連戦連敗である。

 そんなある日、とある出版社の求人を見つけた。一般書籍のほか学習教材も出版している、かなりの大手である。ダメ元で説明会に行ってみると、最初の一年は営業、すなわち教材の訪問販売をしなければいけない、と言う。しかし二年目には希望の職種に移れるという。
 一年くらい耐え抜いてやる、と面接を受け、無事採用と相成った。初日、営業所に出勤した私に所長が告げたのは、「一年半経ったら、職種異動願いを出せる」。
 詐欺じゃねーかよ、と唖然としたが、そう言って席を蹴って立つには、もはや切羽詰まりすぎていた。

 少しして知ったことだが、異動願いを出したところで、長い人で七年も訪問販売に釘付けにされていたし、最も成績優秀な人は勤続三年目だったが、「来期は異動確実」と羨望の目で見られていた。
 訪問販売員として日々は、思い出したくないので思い出さない。とにもかくにも、きっかり二ヶ月で解雇されたため、それほどダメージを受けずに済んだのだった。これを不幸中の幸いなどと言いたくはないが、実際、心身ともに変調を来した子もいた。
 

 彼女は短大を出て新卒で、つまり私より半年ほど早い採用で、その半年間の成績はそう悪くもなかったらしい。私が入社した当初の彼女は、明るくて礼儀正しい子だった。
 それが、半月ほどして突然成績が下がり始め、比例してどんどん雰囲気が暗くなっていった。菓子を貪る姿が目に付くようになり、痩せて細面だったのが、体型は変わらないのに顔だけが日に日に丸くなっていった。同時に、顔色はどす黒く変わっていった。皆の挨拶に返事もしなくなり、ある日、トイレに行った私が見たのは、鏡に向かって何やら呟いている彼女だった。挨拶は、もちろん無視された。私がトイレを出る時も、呟きは続いていた。
 彼女が辞めたのは、それから数日後のことだった。

 その一ヶ月後、私は解雇され、そして突然小説が書けるようになった。単に一定量の「作文」ができるようになったというのではなく、「本当に」小説が書けるようになったのだということは、二ヶ月で書き上げた350枚ばかりのその原稿が、日本ファンタジーノベル大賞の一次選考を通過したことから明らかである。ちなみに、日本ファンタジーノベル大賞は一次選考の次が最終選考ですよ。
 書けるようになった理由は、いろいろ考えられる。一番大きいのは、「私は小説を書ける人間だ」と自己暗示を掛ける方法を編み出したことである。実は、未だにこの自己暗示は必要である。自己暗示が巧く掛かれば巧く書けるし、掛かり方が今いちだと、書きあぐねて地獄の苦しみを舐めることになる。

 最初に、「小説を書くのは念動力で建物を屋根から下に向かって造っていくようなもの」云々と与太を飛ばしたが、この喩えに従うなら、私の「念動力」は「私は小説を書ける人間だ」という自己暗示があってようやく発動するのだということになる。
 あるいはひょっとしたら、これも「主体として行動するのが苦手」であることと関係しているのかもしれない。「主体として行動するのが苦手な私」と「小説を書く(主体として行動する)私」とを切り離す必要があるのかもしれない。
 それとクビになる少し前、大学時代の先輩から中古のワープロを譲ってもらったのだが、そのお蔭で自己暗示を掛けるのが容易になったのだろう。私はひどい悪筆である。丁寧に書いても悪筆な上に、特に小説を書いて(書こうとして)いる時など、考えるのと同じ速度で書こうとするため悲惨なことになる。下手っくそな自分の字を見ると、げんなりして我に返らざるを得ないのである。手書きしかない時代だったら、作家になれなかった可能性は高い。

 しかしひょっとすると、初めて就職した会社を短期間でクビになったことで、もう本当に後がないのだと腹を括ったのかもしれない。自覚はないんだが。
 学生時代に熱心にやってきたこと(漫画、映画、演劇、歴史研究)はどれ一つとしてモノにならず、巧くいっていると思っていたアルバイト先(本屋)からは追い出され、ついには社会人として無能だということも証明されてしまった、もう小説を書くしか道はない、と。
 小説を書けなければ、もう私には何一つ残らない、という自覚こそなかったものの、社会人として無能なんだという意識がはっきりと刻み込まれたのは確かである。

 そして、時は流れて2010年代、「ブラック企業」という名称を耳に(目に)するようになり、挙げられている条件を眺めてみると…………くっそー、あの会社、ブラック企業そのものじゃねーか。あそこでやっていけなかったのは、私に問題があるからだと十年以上も思い込んでたけど、問題があったのは会社のほうじゃねえか。

 ……まあね、あの会社の後もバイトや契約社員として職を転々として、どれも長続きしなかったから、やっぱり私は社会人として無能なんだろうけどさ。それに、あの時「もう後がない」と思わせてくれたお蔭で小説が書けるようになったのだとすれば、そのことについてはどんなに感謝しても感謝しきれない……わけねーだろ、クソ会社め。

 ちなみにその後の仕事の中で一番長続きしたのはパンフレット制作会社で、そこでの肩書きは「エディター」でしたが、メインの仕事は校生でした。その経験は小説家として役に立っているはずです、たぶん。

 もう少し続く。

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トランスフォーマー ロストエイジ

 一作目は映画館で観て、おもしろかったけど満腹を通り越して胃もたれが、という感じであった。二年後の二作目公開時にもまだ胃もたれが続いていたので見送り、どうせDVDで観たっておもんないだろうと未見のままである。三作目は、もうどうでもよかった。

 妹が、どうしても観たいというので一緒に観に行きました。前三部作はまったく観ていないのだが、『テッド』でマーク・ウォルバーグが気に入ったからだという。
 新シリーズということで、前シリーズは一作しか観てなくても、あるいは全然観てなくても、それほど問題はない(まったく問題がないというわけではなく、いいロボットと悪いロボットとの関係が少々解りづらいが)。

 どのみち筋なんて、あってなきが如きで、妹は終わって外に出るなり、ケラケラ笑って「すっごい、くだらなかったねー」。おまえが言うなや。
 まあ彼女も、アクションがおもしろかったことは認めてましたよ。技術の向上に加えて3Dのお蔭で迫力もスケールアップしてたし、動きが速すぎて何がなんだか、という問題もいくらかは改善していた。
 でも一番おもしろかったのは、マーク・ウォルバーグとCIAエージェントによる香港の高層アパートでの格闘だったんだけど。

 第一作では、明らかに大量に人が死んでるのに、死体も重傷者も死にゆく人も一切画面に登場しないことに呆れ返ったのだが、今回はもはや呆れるのを通り越して、何かものすごくどうでもいい。いや、一人だけ序盤で悪玉ロボットによって無惨な焼死体にされたんだが、善玉ロボットも善玉人間も立派な人殺しだよ!
 
 とにかく、小さなものから大きなものまで景気よく壊されるのを思考停止して楽しむ映画である。TVサイズの画面で観たら、すっげーつまんねーだろな。

 地理感覚が狂ってることにも(香港にあんな深山幽谷はない)、思考停止は必要。

「トランスフォーマー」(一作目)感想

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闇の列車、光の旅

 ホンジュラスの少女の許に、アメリカに不法滞在していた父が強制送還されて戻ってくる。再び密入国を試みる父に、少女は叔父と共に同行する。徒歩でメキシコ南部まで至り、そこからほかの密入国志願者たちと共に、列車の屋根に無賃乗車することになる。
 一方、少女の故郷と同じくらい貧しくて行き詰っているそのメキシコの町では、ギャングに所属する一人の少年が、縄張りの見張りをさぼって恋人と逢瀬を重ねていた。それが露見して、少年は制裁を受け、恋人はギャングのリーダーによって殺される。

 リーダーは少年を連れて列車に乗り込み、屋根上の無賃乗客から金目のものを強奪する。ホンジュラスから来た少女に襲い掛かったリーダーを、少年は衝動的に殺してしまう。そのまま走り続ける列車に乗って逃亡する彼を、ギャングたちが報復のために追う。

 以下、ネタバレ注意。

 ネタバレも何も、結末は予想どおりの悲劇である。非合法の暴力組織に属する少年(あるいはもっと年齢が上でも)と他所者の無垢な少女との悲恋という、背景となる設定をちょっと変えれば、ほぼ世界中のどこででも成り立ちそうな古典的なプロットだ。
 ありていに言えば陳腐で手垢のついた物語を目新しくしているのは、中米という舞台のエキゾティシズムである。しかしそもそもこのプロット自体、「非合法の暴力組織」のエキゾティシズムに寄り掛かったものなわけで、鑑賞者にとって比較的身近な舞台(日本人だったら国内とかアメリカとか中国とか)ではすでにやり尽くされて陳腐になってしまったものを、「馴染みのない」場所に置けばまた新味が出る、というだけの話だよな。
 目新しい場所というだけだったら、たとえば北欧でもいいわけだが(『ミレニアム』とか)、「第三世界」であれば、より過激な暴力が望める上に、「貧困」のエキゾティシズムも加わる。

 と言っても、これは別に批判ではない。エキゾティシズムというのは(たとえそこに差別意識が存在するとしても)、魅力的であることが必須なわけで、魅力的でなければエキゾティックにはなり得ない。暴力はまだしも貧困をエキゾティックに撮るにはそれなりの手腕が必要だ。
 その点、本作はこの条件を充分に満たしている。中米の緑豊かな自然も、がらくたと落書きで覆われたスラムも、同じように絵画的な光景に仕上げられている。
 
 暴力や貧困という現実の問題を「見世物」とすることの是非については、クラインマンの議論(『他者の苦しみへの責任』所収「苦しむ人々・衝撃的な映像――現代における苦しみの文化的流用」)をここでも繰り返すことになる。
 つまり、暴力や貧困を告発するという高尚な意志で制作されたニュースやドキュメンタリーだって結局は「見世物」である、ということだ。そして、「見世物」への好奇心であっても、無視や無関心よりははるかにマシである。

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