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小説家への迷い道⑤

 作品を読んで、どこがいいのか悪いのか評価してくれる人を求めて、早稲田大学の創作講座に潜り込むことにした私であったが、期待していたのは講師の先生ではなく、受講生たちに対してであった。佐藤亜紀先生を選んだのも、当時はファンというほど熱心な読者ではなく、私が最初に応募したファンタジーノベル大賞の受賞者であったから、というのが最大の理由であった。
 指導は期待と異なり一対一だったのであるが、「学生同士に批評させあうほうが講師としては楽だけど、素人同士の潰し合いになってはいけないから」という先生の言葉はたいへん納得できるものであり、かつ市民講座の講師たちにない誠実さに裏打ちされたものであった。

 最初の二、三ヶ月で、それまでに書いた長編や短編を幾つか持っていき、その後、新作を一、二ヶ月ごとに一、二章ずつ見ていただいた。それが『グアルディア』である。
 とにかく何を書いても、何を書いたのか、何を書きたかったのかを理解してもらえる。今までが今までだっただけに、これは本当に舞い上がるほど嬉しかった。
「今まで」とは、たとえば「長いのは読めない」という友人知己に、頼み込んで短編(非SFなら短編も書けるのである)を見てもらうと、「へー、こんなこと考えてるんだー」……あのー、作文じゃないんですけど。
 あるいは、少しは小説を読む人たちに、人でなしを主人公にした長編を読んでもらうと、書いた私まで人でなしだと思われて敬遠される……いやその、作者と登場人物は別ものですよ?
 あるいは市民講座の講師のことごとく(全員60代男性)に、まったく性的な含意のない文章に勝手に妄想を膨らまされ、それを講義時に(もちろん他の受講生の前で)延々と開陳された挙句に、「だけどきみは、男ってものが解ってないなあ。その辺はもっと勉強しないと」などとかまされる……キモっ。

 それが佐藤先生は、毎回ちゃんと意図を理解してくれるだけでなく、おもしろかったと褒めてくれて(もちろんどこがどうおもしろかったか具体的に)、その上で、「でも、あなただったら、もっと書けるでしょ」とか「ちょっと書きすぎちゃってるね。それはあなたが巧いからだけど、もう少し抑えたほうがいい」という言い方をする。具体的にどうしろ、とは言わない。おそらく、指図されると脊髄反射で逆のことをしようとする私の曲がった根性を早々に見抜いておられたのであろう。
 そして私は、巧いなあと思いつつ、毎回しっかり乗せられて、乏しい脳みそを捻りに捻って限界を超えて頑張った。主観的にも客観的にも、当時の私ほど幸せな小説家志望はそういないだろうと思う。
 あとそれから、「有能な指揮官」に必要な資質というものを、よっく理解できましたよ。「きみにならできる」「きみにしかできない」という言葉だけで、部下をその気にさせる能力だ。言われるほうは、どうせおだてだろうと思ったとしても、それをほかの誰かではなく自分に言ってくれるのが嬉しくて乗せられてしまうという。

 完成した約1000枚の『グアルディア』を、佐藤先生は塩澤快浩編集長に紹介してくださったわけだが、その際、私のことは「創作講座の学生」とだけ、作品についての説明も一切なかったため塩澤編集長は困惑し、そのまま三ヶ月放置したそうである。
 三ヶ月経ってから取り出して、一読してすぐに刊行を決めてくださったそうだが、打ち合わせの時、佐藤先生が『グアルディア』を送った時のメールをわざわざプリントアウトしたものを見せてくださった。
 本当に、「先日お伝えした学生の作品です。よろしくお願いいたします」としか書いていなかった。
 あまりのシンプルさに、まじで全身から血の気が引きましたよ。いや、これはつまりきっと、それだけ『グアルディア』の出来を信頼してくださったのだということなのでしょうけれど、あの時は心、いや魂の底から思いましたね。「放置が三ヶ月で済んでよかった……!」

 デビューが決まった後にお会いした際、佐藤先生は「一年に一冊は本を出しなさい」と仰られた。そのとおりにできたのは、かろうじて『ラ・イストリア』までである。情けない教え子(「弟子」とはよう言わん)だ。
 書きあぐねる原因は、突き詰めればただ一つ、「私は小説を書ける人間だ」という自己暗示が巧く掛からないことである。これができないと、書いては直し、を延々と繰り返す上に、書き上げても没の憂き目を見ることになる。
 自己暗示に必要なのは、とにかく雑念を捨てることである。これは家でネットをしなくなったら、だいぶマシになった。ネットは無数の人間の雑念の集合体だからな。
 あとは、その時点での自分の力量を大きく超えたものを書こうとするのをやめること。もちろん労せず書いたのでは成長もないわけだけど、あまりに分不相応な高みを目指しても、失敗して地べたを這うことになる。

 そういうわけで、デビュー十年目の仁木稔の目標は、コンスタントに作品を発表できる作家になることです。あ、書いてて情けなくなってきた。あと、SF短編を書くこと。

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