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小説家への迷い道④

 さて、ついに小説を書けるようになった私は、ファンタジーノベル大賞に続いて応募した小説すばる新人賞では三次選考通過となかなか順調であった。
 小説が書けなかった時代、「でも小説を書き上げられたって、落選したら努力が無駄になるしな」などと考えていたのであるが、書けるようになってみると、何を腑抜けたことを抜かしとんねん、と当時の自分に説教してやりたい。落選したら、また新しいものを書けばいいだけの話である(落選作も、リライトして別の賞に応募するという手もあるしな)。

 ただ、一つ困ったことがあった。三次選考レベルでは寸評すらもらえないので、新たなものを書くにも、リライトするにも、どこがいいのか悪いのか判断のしようがないのである。
 他人に作品を読んでもらって意見を聞くしかないのだが、そういうことをしてくれそうな人が、周りに一人もいなかった。小説家志望のくせに小説が書けないことを恥じ、他の小説家志望に限らずアマチュア小説書きとの交流を避けてきたのが仇となったのである。
 小説を読まない時期も長かったので、読書家の友人知人もいなかった。文学部で演劇部で自主制作映画サークルで、とくれば小説好きな人がたくさんいてもよさそうなものだが、いなかったんだな、これが。

 そういうわけで、「読んでくれる人」を求めて創作市民講座のようなところに行くわけだが、これがまったく話にならない。半年コースを計三つ巡ったが、「宇宙哲学」に遭遇したのこそ一回限りだったとはいえ(あんなのに何度も遭遇してたまるか)、すべてに共通していたのは、書かない読まない受講生と、指導どころかセクハラをかましてくる講師であった。

 大学の創作講座を聴講してみよう、という気になったのは、大学なら少なくともやる気のある若者もいるかもしれない、と考えたからだった。指導については、それまでがそれまでだっただけに、鐚一文期待していなかった。
 それが、2002年のことである。当時、東京に住んでいたので、通える範囲で創作講座を開いている大学を探したところ、三つ見つかった(すべて私立)。しかし、いずれも創作講座は聴講対象から外れていた。

 現状を打開したくて必死だった私は、頼み込めばなんとかなるかもしれないと、文学部事務室に電話をしてみた。最初の二つは「すみません、創作講座の聴講はできますか?」「できません」(電話切られる)。取り付く島もないとは、このことある。
 しかし三つめ、早稲田大学では「すみません、聴講はやってないんですよ……」。本当に申し訳なさそうな口調に、とっさに私は尋ねていた。「では、講師の先生に直接お願いするのはどうでしょうか」
「ああ、それは今までにも例がありますから、その先生がいいと仰るのでしたら、もちろん構いませんよ」

 私が小説家になれたのは、直接には佐藤亜紀先生と『SFマガジン』編集長の塩澤快浩氏のお蔭だが、佐藤先生の許に至れたのは、早稲田大学文学部の名前も顔も知らない事務員の方のお蔭である。そして、もぐり受講を許容する早稲田大学の学風のお蔭でもある。本当に、ありがたいことである(いや、正規に聴講できたんだったら、そうしましたよ?)。

 もう一回続きます。

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